046 よあそびと採血
千賀、もう、この野郎(感情の爆発)!
「山村、山村」
風呂から上がってきた俺を、千賀がひょこひょこと呼びに来た。こいつ41なのに定期的にひょこひょこするな、千賀(41)。
「ここに座って」
昨日俺が千賀を座らせたところに、千賀は俺を座らせた。
もうやりたいことが分かったが、黙って指示に従っておく。
「そのまま足を外に向けて」
俺は天邪鬼なので、千賀の膝の方に足を伸ばした。
「違うぞ山村」
千賀は俺の足を押してくるっと反対側へと向かせた。力尽くかよ。
「へいへい」
俺は千賀の指示がある前に、千賀の膝に頭を下ろした。
千賀はニコニコしている。
「俺の山村。俺だけの山村」
「俺はお前のもんじゃないぞ」
俺はすぐさま上体を起こした。
「別にな、俺はお前とくっつくことに何ら喜びを感じているわけではない」
「えっ!? そうなのか?」
「そうだよ」
千賀は俺が自分と同じように喜んでいるものとばかり思っていたらしく、ショックを受けている。
俺はため息を吐いて、
「逆に言えば、俺はお前のために身体を差し出してやってるってことだよ、この鈍チン」
千賀の顔が、段々と輝いていく。
「山村ぁ」
「邪魔ぁ!」
俺は抱きついて来ようとした千賀を腕ガードした。
「突然何をする」
「山村の気持ちを確かめたくなった」
「どんだけ寂しいんだよお前は。ほら、手くらいは貸してやるよ」
「ありがとう。お借りします」
千賀はそう言うと俺にピタッとくっついて肩から先の腕を丸ごと抱きしめている。
「写真としては残すのが難しいから、こうして山村を覚えておきたい」
そうか、千賀は俺が死んだ後、ずっと長い時間を俺なしで過ごさなければならないのか。
「どうして写真に残らないんだ?」
「認識阻害というか、普通の人間が我々の写真を見ても、我々とは認識できない様なんだ」
そう言って千賀は俺と一緒に自撮りをした。
「ほら」
確かに、写真に写っているのは二人の男性だ。だが、俺ではないもう一人がよく認識できない。服の色も分かる。姿勢も分かる。千賀として認識ができない。不思議な感じだった。
「本当に分からないな」
「訓練を積めば分かるという話だけど、才能がないと難しいとも言っていたな」
「そんなもんなのか」
千賀はうんと頷いた。
「寝ないのか」
千賀はベッドで寝ようとする俺の周りでうろちょろしている。とても邪魔臭い。
「何だ、お前の寝床はあっちだ」
俺はソファを指差した。
千賀はソファの背に座って俺をじっと見ている。
「何をしている」
「山村が寝るのを待っている」
「……一応聞くが、俺が寝たらどうするんだ」
「ベッドに潜り込む」
俺ははぁとため息を吐いた。
この男は一体何を言っているんだ。
「俺は、お前の、親じゃない」
「でも大事な人だよ?」
「それはそれ。これはこれだ。大人しくソファで寝ろ。俺は寝る」
そう言って俺は容赦なく電気を消したら、外の僅かな月明かりを反射して千賀の目が光り始めた。
お前、タペタムあるんか。
俺は千賀が気になり過ぎて、全然眠れなかった。
よく考えなくとも、カエルがヘビに睨まれながらリラックスできますかって話である。
しかし、睡魔はいつも襲ってくる。
一瞬、意識を失っていた隙に千賀の目が消えた。
布団にもこんもりとした塊はない。
俺は胸騒ぎがして、部屋の電気をつけてソファまで回り込んだ。
いない。
開け放された窓から風が吹き込み、カーテンがひらひらと踊っている。
しかし玄関には靴がある。
俺は外を見たが、千賀の姿はない。
「夜遊びすんなら門限までにしろよな。あと靴履けよ、文明人」
俺にいまできることは何もない。
電気を消して大人しく寝た。
朝起きたら、布団がこんもりしていた。
俺はもう確認することなく布団を出て、冷蔵庫から千賀が作り置きしたおかずを取り、ご飯を温めて千賀が飛び起き、
「今日も仕事だぞ」
大きな欠伸をする千賀に声をかけた。
牙が少しだけ伸びている。
そういえばここ数日何も食べていなかったから、今日は食事をするだろう。
俺は千賀と共に車に乗り込むと、逃げ場のない千賀を問い詰めることとした。
「お前、昨晩どこに行ってたんだ?」
「昨晩?」
「しらばっくれるな。窓から出て行っただろ」
「あぁ、カヅキを探しに行ったんだ。……カヅキ?」
また知らない名前が出てきた。
千賀自身も頭を捻っている。
「なぜ」
「どうしても会わなきゃいけないから」
それじゃ理由になっていない。
だが、千賀が持ち合わせている言葉でこの状況はこれ以上説明がつかないらしい。
「家の門限は12時だ。それ以降は俺に断ってから出かけろ。いいな?」
「門限あるのか」
「居候なんだから家主に配慮したまえ」
「分かったよ、大事な家主」
千賀はしっかりと頷いた。
仕事も終わり、また俺は千賀に採血されていた。
血が抜かれると共に頭が冷えてクリアになっていくから、俺はこいつの唾液の影響をしっかり受けていたこととなる。
「山村を捕食している気持ちで血を舐めたい」
千賀は腕を広げて俺を待っている。
俺は千賀に近づくと、千賀の目の前で手を叩いた。
千賀は目も瞑らない。こいつ、訓練されてやがる……!
「お前何回俺にやり直しさせるつもりだよ。ちゃんと普通に頼めよ」
「普通に頼んでいるが?」
千賀は本当に分かっていないのか。
「あのなぁ、自分の気持ちを素直に言葉にするようになったのは成長だよ? だがな、そこに俺の気持ちはあるんか?」
「うん? うーん……無かった」
「じゃあ入れてくれ。俺にしてほしいことがあるんだろ?」
「あぁ」
千賀は目を瞑って悩み始めた。
そしてカッと目を開き、俺を真っ直ぐな目で見つめてこう言った。
「恥ずかしくて言えない」
「そうだ、分かったか。お前はいつもその恥ずかしくて言えない行為を俺にさせているんだ」
「ごめ……いや、ありがとう、山村」
「どういたしまして」
今度は俺がそれに照れて、椅子ごと身体を横に向けた。
「山村、お願いします。俺の膝の上に乗っていてください」
「はい、いいですよ」
俺は幼稚園の先生かという言葉が喉元まで出かかったが、何とか我慢して千賀椅子に座った。
※タペタム
ネコなどの目に備わっている反射板。
光を集めて暗い場所でもものが見やすくなるぞ!




