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045 おふろと弱点

 家に帰ると、まだレバニラ炒めが少しだけ残っていた。

 炒めは、俺が食べないとなくならないぞと主張している。

 千賀は俺の顔を見ている。


「なんだ?」


「まだ食べ頃じゃないなぁ」


「俺はバナナか」


「私は完熟が好きだからね」


 こうして見ると本当に吸血鬼なんだなこいつと思えてくる。


「お前にとって、俺は食べ物なのか?」


「食べ物……?」


 千賀はピンと来ていないようだ。


「バナナは食べ物で、おやつだぞ」


「いやお菓子ではないのか?」


「俺はおやつとお菓子、どっちなんだ?」


「うーん……」


 千賀は真剣に考えている。


「強いて言えば主菜かな。餃子みたいな感じ」


「餃子は主食だろ」


「山村は食べ物っていうより、人だからなぁ」


「当たり前だろ、何言ってんだよ」


 千賀が俺の顔に手を伸ばして来た。

 俺は「食事中はやめろ」と左手でペシペシと跳ね返した。


「お前な、自分が俺の食事中に暇だからってちょっかい出してくんなよ、鬱陶しい。お前いくつだよ」


「41」


「ほら普通におっさんじゃん。自重しろ自重」


「同族の中ではきっと一番若い方だと思う」


「この前まで人間だったことは忘れちまったのか?」


 俺は呆れ返って千賀にこう言ってやると、千賀は小首を傾げてこう言った。


「普通に覚えているよ。ケイゴのこと」


「ケイゴ? 誰のことだ?」


「……分からない。私は今、何と言った?」


 今日も何か歌っていたし、千賀は何となくおかしい。


「ケイゴとか言ってたぞ」


「そう、か」


 千賀は自分の胸を見下ろしている。

 そこには動かない心臓があるだけではないのか?


「風呂入れてくる」


「頼んだ」


 千賀は立ち上がって風呂の方に向かったので、俺も急いでレバニラ炒めと餃子を口に放り込んで皿を洗うこととした。

 ご飯と一緒に出てきたことから、本当に千賀は餃子をおかずと判断しているらしい。

 確かに最近の中華料理店はおかず感覚で餃子の皿を出してくるからそういうものか。


「山村には知っておいて欲しい事がある」


 いつになく改まって千賀が俺の前に正座した。

 俺もつられて正座した。


「私の弱点の話だ」


「おう、俺が聞いても大丈夫なのか」


「同棲してるからな」


 一応俺が聞くと、千賀は何か恥じらっている。


「そりゃそうか」


「そうだよ、俺の大事な人」


 これは不意打ちだったので、


「そうだな、俺の大事な人」


 俺も不意打ちをしておいた。

 千賀は俺の言葉に悶絶(もんぜつ)した。勝った。

 少しすると千賀は再起動して話をし始めた。


「まずは太陽。これは光というより紫外線で、私の皮膚はメラニン色素を作れないため、細胞まで直接ダメージが来る。そして、それを修復するためにエネルギーが必要となる」


「じゃあ、物理的に血とかがぶ飲みしながらだったら砂漠でも歩けんのか?」


「エネルギー吸収量が定まっているから無理だ」


「ほぇー」


 何か新手の生物の生態みたいで面白いな。


「次に火。これは以前説明した通りだ」


 可燃性のガスを(まと)っているってやつか。


「家がガスコンロじゃなくてよかったな」


 正確には、ガスは来ているがガスコンロはないため、電気のパネルヒーターみたいなもので調理している。

 ガスは高いからな。

 最近は遠慮なく風呂で使ってるけどな。


「本当にな」


 千賀はしみじみと頷いている。

 生きた(?)まま焼かれるのは壮絶だったろう。

 俺は千賀の頭を撫でてやった。

 千賀はなぜ撫でられているのか分からず、困惑しつつも恥ずかしそうにしている。

 こうじゃないんだよなぁ。


「他は、銀もそうだ。以前俺が神保さんに撃たれた事があっただろう。あれは銀を含んだ弾だったらしい。父さんにそう聞いた」


「銀ってアクセサリーとかあるけど、それもダメなのか?」


「普段触れる分には肌が弱くなければ問題ないみたいだが、体内に入ると拒絶反応を起こすというか、傷の修復プロセスの阻害をするというか、まぁ、弱点だ」


「ほぇー」


 本当に銀って効果があるんだなぁ。銀で殺菌とかカビみたいな性質持ってんな。


「まだあるぞ。エネルギー不足による死亡だ。まずは再生が滞る様になり、次に身体が動かなくなる。最後に死ぬ。ちなみに我々は特殊な脳波を出しているかどうかで生死が判別できるぞ」


「見ただけでは分からないのか」


「瞳孔反射でも良いが、私以外にそれをやったら殺されるだろうな」


「しねえよ」


 お前以外にそんなことをする相手はいない。


「普通に新鮮な血液に反応するので、怪我をするだけでも起きると思うが、私以外には絶対にやらないでくれ」


「お? 嫉妬か?」


「そうだ」


 嫉妬らしい。

 何とも心の狭い化け物さんですこと。


「十字架は?」


「信仰と救済。神の愛の形です」


「千賀はキリスト教徒なの?」


「いや違うが」


 違うならどうしてそんなことを言う。


「じゃあ弱点じゃないってこと?」


「特に以前目にした時は何も感じなかったな」


「日本人だしな」


「そうだな」


 俺は頷いた。

 もし、日本人が吸血鬼になった時に信仰物が弱点となるなら、普通に白米とかじゃないかな。


「ここまでは前振りだ」


「前フリ長すぎだろ」


「今一番困っているのが、流水が苦手という事だ」


 そういえば昨日風呂ですごい音を出していたなと思い出した。

 あれはどこに何をぶつけた音だったのだろう。


「風呂は大丈夫だった。ただし風呂に入っている時に襲われたらまずい」


「どこのバトル漫画だよ」


「戦場ではまず水など無かったし、あっても川から掬って使っていたから問題無かった。他にも皮袋のシャワーなどもあったが、流れた水は砂に染み込むか板があったりしたかで、触れる事は無かった」


「つまりさ、シャワーのお湯に当たるのはいいのに、床を流れる水があるとダメってことか?」


「そうだ。身体が動かなくなってしまう」


「悪魔の実の能力者よりひでえな」


「違いない」


 俺は茶化したのに千賀はいつになく真剣な顔で頷くもんだから、俺は笑ってしまった。


「山村、人が真剣に話してるんだ」


「だってよ、化け物がシャワーが浴びれなくて悩むなんて面白過ぎるだろ」


「……否定できない」


 千賀はしゅんとなった。

 本当に情けないなこの男は。


「あれだろ、お前が言いたいのは……まさか、風呂も介助しろとか言うのか?!」


「そこまでは言わないが、気にかけてて欲しい」


「子どもかよ」


 と言ってから、なりたてなんだから実質子どもみたいなものかと思い直した。

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