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043 おふろと膝枕

毎度いちゃつきやがってよ!

誰だ、こんな文章書いてる奴!

出てこい!


私だ。

「お前さ、風呂入らないのか?」


 俺は服を正しながら千賀にそんなことを聞いた。


「私は発汗しないし、皮脂も落ちないから……」


「でも砂埃とかはつくんだろ、入れよ。まだ温かいはずだ」


 俺はぐいぐいと千賀を押して風呂へと押し込んだ。


「ちゃんと身体があったまってから出てこい、いいな」


「……分かった」


 千賀はしぶしぶと風呂に入って行った。

 しばらくすると、ドコンと大きな音がした。

 風呂場からだ。


「千賀、大丈夫か?」


「シャワーが駄目だった」


「なんで?」


「多分、流れる水だからだ」


「はぁ?」


 意味が分からない、と思ったところで、あの本にも流水が苦手とか書いてあったなと思い出した。


「風呂は大丈夫なのか」


「動きが鈍るが、平気そうだ」


「あれだったら、俺が先風呂入るからさ、お前は風呂のお湯で身体洗ったり髪洗ったりしていいよ」


「ありがとう、そうさせてもらう」


 その言葉から30分、まだ千賀は出てこない。


「千賀ー、生きてるかー、俺もう寝たいんだけどー」


「出時を見失った」


「そんなもん見失うな、出てこい」


「分かった」


 そうこうしている内に、千賀が風呂から出てきた。

 裸にタオル一枚で。


「幸せな気持ちだ。まるで生き返ったようだ」


「俺は不審者に部屋を彷徨(うろつ)かれている気分だよ、早く服を着ろ」


 千賀はしかも、なぜかタオルを腰に巻かずに胸元から垂らしている。

 後ろを振り返った時にアレが見えて、俺は生物学者の端くれとしてどうしても気になる疑問が出てきてしまった。

 主に今後の俺のためにも必要な質問だと正当化し、千賀に聞いてみることとした。

 ここは俺の部屋なんだからな。


「これ、聞いたら悪いかもだけどさ、お前はさ、その……生殖機能とかどうなってんの」


「死んだ。無くなった」


 千賀はあっけらかんと答えた。

 俺はデリケートな質問をしてしまったことを申し訳なく思った。


「そうか……ごめんな」


「気にしてない。山村も年頃の男だからな。私が邪魔だったらいつでも言ってくれ」


「いいよ、トイレでする」


 それでも、千賀があまりにも平然としているから、俺は申し訳なさが募っていく。


「別に私は男性機能で為人が評価されるとは思っていない。相手を作る気も、使う気も無かったものが無くなっても何も気にしていない」


「そこだよ、あんた相当モテたって会田から聞いたぞ。あんたが言うなら女性と付き合うのも人生経験の一つだったんじゃないか?」


 俺は千賀の言ってることが気に食わなくて真意を問い正した。

 なんでこいつはこんなに自分の本能を認めないんだ、と思ったところで、そういえば最初からそうだったなと思い出した。

 血を舐めたいのも、温かさを求めるのも、全て自罰的で、俺が一つずつそれを解きほぐしてやったようにも思う。


「私には、それが出来なかった」


 千賀はぽつりとそう呟いた。

 千賀のことをもっと知るには、こいつの実家の家族に会ってみるしかないのかもしれない。

 それが、俺が千賀を知る一歩となるだろうから。


 俺は千賀を労わりたくなった。

 もう寝る時間は過ぎているが、俺はソファの端っこに座った。


「千賀、おいで」


 千賀はひょこひょこと何かを期待して来た。


「そこに座れ」


 しかし俺が指定したのは、俺から少し離れた場所。

 何かを疑いつつも、大人しく腰を下ろした。


「向こうを向いて足をソファに乗せろ」


 千賀は俺の言う通りに動いた。


「そのままゆっくり上体を後ろに倒せ。いいか、ゆっくりだぞ」


 千賀は本当にリクライニングチェアのようにゆっくりと動いた。どんな筋肉の制動してんだよ。

 ぽすん、と千賀の頭が俺の膝の上に乗った。


「膝枕だ」


 俺は千賀の湿った髪を撫でながらそう言った。

 千賀は信じられないという顔をしている。


「信じられない」


 とうとう言葉に出し始めた。


「信じろ」


 千賀は手を伸ばして俺の腕を掴み、自分の頬に当てた。

 風呂から出たばかりなのにひんやりしている。

 眠気が吹っ飛びそうだ。


 千賀と目が合った。

 人間とは違う目はしかし、赤茶を基色とした万華鏡のように、様々な色が飛び散っていた。


 縦に細かった瞳孔が、次第に丸に近づいていく。


「駄目だ!」


 千賀はサッと寝返りを打って、俺から顔を背けた。


「何がダメなんだ?」


「……こんなの反則だ」


 千賀は消え入りそうな声でそう言うが、俺はゆっくりと千賀の髪を撫でる。

 こいつ本当にストレートヘアだな、羨ましい。


「別に俺の部屋なんだから何やってもいいだろ」


「良くない」


「じゃあ起きればいいじゃないか」


 しかし、千賀は起きる気配がない。


「ならいいんじゃないか? 俺が好きでやってんだし」


「私は君に、(おぼ)れてしまいそうになる」


 俺は千賀の髪を耳にかけてやる。

 少し人間の耳と形が違うか?

 ということは、ここも失ってから再生したのかもしれない。


「俺もお前に世話を焼かれると腑抜(ふぬ)けてしまいそうになる。なんだ、同じじゃないか」


 俺は千賀の肩を優しく叩き始めた。


「初めてのことなんだ、ゆっくり距離を測っていけばいいんだよ。ゆっくり、ゆっくり……」


 千賀は動かなくなった。

 呼吸もない。

 脈拍もない。

 毎度死体と区別がつかないが、恐らく安心して寝たのだろう。

 赤ちゃんかよ。


「あー、どうすっかなぁ」


 俺はここで寝るか、ベッドで寝るかを考えて、千賀よりも俺のが睡眠を欲していると考えて、クッションを身代わりとしてベッドに帰って普通に寝た。

伏線仕込んじゃうよ〜!

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