042 いのちと約束
ちなみに、明日の弁当もお稲荷さんとレバニラ炒めだった。
風呂から出た俺を、千賀という椅子が待ち構えていた。
俺は「約束だったからな」と前提をしっかり示した上で、千賀の上に座った。
すぐに腕シートベルトで固定され、俺は身動きが取れなくなった。
「そういや、お前の同族……星も人肌恋しいとか言っていたな」
そう言った瞬間、「誰?」と背中の圧が強まった。
ヤバい、失言した。
とは思ったが、切り出し方が最悪なだけで、俺は千賀と離れていた時のことを共有したかったので結果オーライということにした。
「以前、高嶋教授と藤山先生に会った帰りに同族と会ったろ。お前を探すために、あの男と接触したんだ」
「二人きりで?」
「あ、はい」
これは、千賀の説教が始まりそうだ。
「どこで?」
「あの、駅からすぐ近くの店で」
「個室で?」
「はい」
「何かされなかった?」
「とりあえず、何もされませんでした」
「とりあえず?」
俺はここで嘘を吐いたらバレると思った。
かと言って、嘘を吐かないわけにもいかない。
俺は正直に答えることとした。
「しばらくお前が来なくなって、俺は多血症に苦しんでいた。星はその治療だと言い、俺に無理強いしない形で血を飲もうとした」
千賀の拘束が段々と強まっていく。
「本当に襲われなかった?」
千賀は千賀の本能が信用できないように、他の同族の本能も信用できないのだろう。
「襲われかけたところで、会田が来ました」
千賀は、「はぁー」と長くため息を吐いた。
「今度は、俺がいない場所で、同族に会うのは駄目だ」
「はい」
「約束してくれ」
「分かりました。約束します」
俺は千賀と腕をクロスさせて、指切りげんまんまでやらされた。
「星も、今度は千賀を連れて一緒に飲もうと誘っていたな」
「俺は飲めないよ?」
千賀は不思議そうにそう言った。
「星は血みたいなの飲んでいたから、そういうお前たち向けの店もあるんじゃないか? ちなみに俺はおいしい牛乳を奢ってもらった」
「ふーん」
千賀は興味ないのか興味あるのか分からないような返事をした。
「そういえば、血はいいのか」
俺は千賀が血を求めないことを不安に思っていた。
「……」
千賀は何も言わない。
「無理するな」
「無理させたくない」
「お前から見て、俺はそんなに余裕がないのか?」
千賀は少し黙ってから、
「健康な若い成人男性。多血症も治りかけている」
なるほど、千賀はそこが引っかかっていたのか。
「多血症の時が食べ頃と聞いたが」
「誰がそんなことを言った!」
千賀が俺の耳元で怒鳴ったので、俺はびっくりして萎縮した。
「ごめん……」
「びっくりした」
「……吸血は、命の徴収だ。吸血鬼同士の争いは、先に相手の命を吸い尽くした方が勝つ。それで俺は、何体かのなりたてを、食った」
千賀は次第に喋り辛そうになっていった。
まぁ、レバーでは足りないだろうな。
「父さんは、頑丈だから、死ななかった。だが、君は、こんなにも、温かくて……魅力的だ。俺は、自分が、止められる、のか」
「それは知らん。自分で止めろ」
「えぇ……」
俺が突き放すと千賀は困っていた。
「お前は俺の体調も分かるなら、ちゃんと加減しろ。多血症にしたくなかったら唾液をあまり入れるな。二回に一回は採血にしろ。俺で足りなかったらバーに行ったりこっそり人襲ったりしろ。それじゃダメなのか?」
「人、襲って、いいのか……駄目、じゃないか……」
「現時点で俺が襲われてるんだが?」
「山村は、いいの」
「ダメだろ、俺だって人間だぞ」
「……分かった。山村は、俺を煽った、責任を、取ってくれ」
俺は千賀の顎にアッパーカットを入れた。
「俺の話を聞け。俺の許可を取れ。俺の体調を見ろ。それが約束できないなら、俺はお前をこの家から叩き出すからな」
「それは、嫌だ」
「じゃあ約束しろ」
俺は千賀と腕を交差させて、無理やり指切りげんまんをさせた。
「嘘ついたら本当に針飲ませてもいいんだからな」
「……勘弁して、くれ」
もしかしたら、石くらいは飲まされた経験があるのかもしれない。千賀は本当に嫌がっていた。
「うなじは舐めてもいいが、噛みつくと傷が見える位置だからやめてほしい」
「バレない、よ」
「お前は他の同族が首に傷つけた人間を連れ歩いていたらどう思うのか」
「そうした、ら、誰も、その人間に、手出しは、しない」
そうか、千賀は俺にマーキングをしたいのか。
シンプルにキモいが、まぁ、俺もここまで絆されては否定もできない。
俺はお前の大事な人で、お前は俺の大事な人だ。
「なるべく目立たない位置にしてくれ」
「分かった」
千賀は俺の鎖骨の窪みに目をつけた。
ざりざりと舌で一点を舐め続ける。
ざりざり……ざりざり……。
「いい、か?」
随分長い時間舐めていると思ったら、俺の許可待ちだったらしい。
「いいぞ。少しずつな」
噛みつかれた瞬間は、あまりに小さな痛みでわからなかった。
噛みつくというよりは、皮膚に小さな傷をつけてそこから滲み出した血を舐め取っているようだ。
以前氏家が教授にされていた、乱暴に牙を食い込ませる方法とは違う。
ただやはり我慢しているのか、時々皮膚に牙の先端が当たる。
俺はその度に千賀の腕を叩き、千賀ははっとして牙を離すことを繰り返していた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
このやり取りも久々だったが、千賀は覚えていてくれたようだった。
うーん、いい味出てますね。




