040 えきと安全
ここから、同棲してからが本番です。
「起承転結」の「結」になります。
普通にこの「結」だけで10万字を軽く超えます。
何が言いたいかというと、今までの四天王の三人を全て足したよりも多いってことだ。
私も何を言ってるか分からないです。
朝から小鳥がうるさい時期になってきた。
これが恋愛の話なら、朝チュンという朝を迎えるのだが、残念ながらこれはそんな物語ではない。
そのはずなのだが、布団に何かでかいものが入っている。
それは、蹲って俺にひっついている千賀だった。
恋愛の話ならば、ここで千賀が起きて「おはよう……」とか甘い声で言うのだろう。繰り返すようだが、この話はそういう話ではない。
従って、
「死んでる……」
こうなる。
呼吸なし、心拍なし、温かさなし、ご臨終です。
そういえば死後硬直とかしているのかと思って触ろうと思ったがやめた。
寝ぼけた獣に手を出すほど、俺は愚かではない。
「茶碗がない」
茶碗を探すと、冷蔵庫の中にご飯が盛られた状態で入っていた。
皿には冷凍食品が並べられており、これをおかずとして食べろということだろう。
電子レンジをつけた瞬間、千賀がガバっと起き上がった。
滑るように俺の前にまで来て、俺と音の正体を確認してまた布団に戻っていった。
俺は何だかなぁと思いながらも、朝ご飯を食べ始めた。
そういえば、千賀は昨日のワインレッドのシャツそのままでベッドに入っていた。
皺になるし、汚いしでやめて欲しい。
だが、千賀の身体に合うような服は家にはない。
今日の予定が決まった。
千賀の家から荷物を取ってくるのだ。
「千賀、千賀」
俺は遠くから声をかけた。
千賀は動かない。ただの屍のようだ。
よく考えなくても、夜行性の生き物であるし、今日は日曜日だからまだ寝ている人もいるなと思いつつも、明日は月曜日であるし、千賀は出勤する気でありそうだから、今日の内から慣らしておいた方がいいだろうという結論に至った。
俺は考えた末に、掃除機のスイッチを入れた。
千賀は飛び起きて、部屋の天井の隅に張り付いた。
アル◯ックのCMかな?
「悪いけど、あんたの家に荷物取りに行きたいんだけど」
千賀はすぐさま警戒を解くと、ベッドに降り立ってから「分かった」と返事をした。
日焼け止めを塗り込み、タオルを頭に被って行こうとする千賀を止めて、俺の帽子を貸した。
千賀は何だか嬉しそうだった。
「空いてる? では今日から。日割りで。分かりました。ありがとうございます、では」
俺は早速大家さんに電話をし、俺のアパートの駐車場の契約をした。
契約書は後で投函してくれるそうだ。
「お待たせ」
俺は千賀に手を振った。
千賀はアパートの植え込みを具に確認している。
うちに危険物はないぞ。
「ほら、行くぞ」
千賀はすくっと立ち上がると、俺に手を伸ばしてきた。
無言で手を繋げと言っている。
「また後でな」
俺は千賀の手を叩くと、駅の方に歩き始めた。
千賀も俺の隣で歩き始めた。
「山村の家は安全だな」
千賀がそんなことを言い始めた。
「日本の家は大体安全だな」
「いやそうではなくて、周囲の人間が静かだ」
「それはそうかもしれない」
このアパートには子ども連れも暮らしているのだが、壁が厚いからかうるさいと思ったことはない。
「それに、探したが火器や銃器も見当たらないな」
「普通ないですねそれは。あんたは一体どこで何やってきたんだよ」
「えっ……どこかの紛争地域で、あの、同族と、殺し合い」
「マジでか」
「あぁ」
千賀が嘘を言っている気配はない。
教授は一体千賀をどうしたいと言うのか。
戦争帰りの人間は、心にトラウマを抱えるとも聞く。
俺はもう少しだけ千賀に優しくしてやろうと思った。
駅は、人でごった返していた。
日曜日だから遊びに行く人間も多いのだろう。
俺は匂いの奔流に口呼吸で落ち着きつつ、千賀の様子を伺うと、大分参っているようだった。
戦場帰りなら、もしかすると、このものすごい数の人間の危険度をスクリーニングしていたりするのかもしれない。
俺は手早く千賀の分の切符を購入し、手を引きながら電車へと乗り込んだ。
「頑張れ。我慢しろ」
千賀が俺の方に手を出してくる。
俺はぺしぺしとそれを跳ね除けている。
堪え難いのだろう、俺だって千賀の甘い匂いに身を埋めてしまいたいとも思ってしまう。
ただ、ここは公共交通機関。
そんなに奴の我儘に付き合ってもいられない。
「しんどい」
「そうだな」
「後で抱っこさせて」
「いいぞ」
千賀の顔が少し明るくなった。
「手も繋ぎたい」
「いいぞ」
「抱きしめたい」
「い……それはまた今度な」
危ない。
抱きしめることを最大の褒美に設定しておかないと、俺から差し出せるものがなくなってしまう。
こういうところが、会田が千賀を「飼ってる」と言うことなのかとも一瞬思ったが、俺が手綱を握らないとこいつ、暴走するぞ?
近くの席に座っていた女性が、俺たちの会話を聞いて顔を真っ赤にしていた。
居た堪れなくなった俺は、ドアが開いたのをいいことに、目的の駅へと降り立った。
「少し休憩しよう」
俺は適当なカフェに入って、コーヒーを注文した。
千賀のカモフラージュ用に持ち帰れるクッキーも頼み、千賀の前に置いておいた。
千賀は俺がコーヒーを飲む姿を興味深そうに見ている。
「なんでそんな見てくる」
「山村が生きているのが嬉しい」
「当たり前だろ」
とは答えたものの、戦争では目の前の人間が次の瞬間には死体になることもザラだろう。
「ほら」
俺は机の下から手を伸ばして千賀の膝に触れた。
千賀は俺の意図をすぐさま察知し、自分の手を伸ばしてきた。
俺はコーヒー飲み辛いなと思いながらも、千賀の充電に付き合った。
俺は空になったコーヒーの器を置くと、
「行くぞ」
と千賀の手を離した。
何か物言いたげな千賀に俺は、
「お前の家に行くんだろ」
と言うと、明らかに何かを期待して喜んでいる。
なんと単純な奴なのだろうか。
俺はこうして少しずつ餌をやりながら、目的地までこの男を連れて行く必要があるのだろう。
逆ヘンゼルとグレーテルかな?
私を電車で二人を見ているお姉さんにしてください。
お願いします。




