039 かいだしと山村の家
銀行預金カードとクレジットカードって何で分けられてるのか昔は不思議でした。
「帰る前に寄りたいところがある」
千賀がどこに寄りたいんだと思えば、24時間営業のドラッグストアに入って行った。
千賀はひょいひょいと籠の中に物を入れていく。
歯ブラシ、歯磨き、コップ、ガーゼ、無水エタノール、日焼け止めなどなど。
俺は本当にこの男と同棲するんだなと今更ながらに思った。
「あっ」
千賀の動きが止まった。
「どうした」
「財布がない」
聞けば、使わないと思って自分の家に置いて来ていたらしい。
俺は財布から千賀のカードを取り出して、
「返します」
と渡した。
「使わなかったのか?」
「使えなかったんです」
千賀の質問に俺はそう答えた。
実は一度使おうと思って、カードの預金残高を確認したのだが、あまりの額にビビってしまって使えなかったのだ。
「そうか」
千賀は微笑んで、俺からカードを受け取った。
「そのカードはクレジットカードではありません」
千賀は早速レジで引っかかっていた。
当たり前である。それは預金通帳のカードだからだ。
「俺が払います」
店員さんにそう告げて、俺は財布の背から札を抜き出した。
「ごめんなさい」
「別に」
千賀は俺に金を出させたことを申し訳なく思っているようだ。
足取りもどことなく重い。
「別に、仕方ないよ。あんただって大変だったんだろ?」
俺がそんなことを言うと、千賀は「うん」と頷いた。素直かよ。
俺の家に着くと、千賀は「お邪魔します」と靴を脱いで揃えてから上がって来た。
まるで家庭訪問だなと思いつつ、これから一緒に暮らしていくことを不思議に感じた。
千賀がまず何をするのかと思えば、俺が水に浸けておいた朝ご飯の食器洗いを始めた。
「お前は俺の親か」
「山村は俺の大事な人だからね」
説明になってないが、俺はよしとする。
最近俺は千賀にどんどん甘くなっている気がする。
気を引き締めねば。
洗い物が終わったら、千賀はお風呂場に向かった。
俺はその内に飯を食おうと、冷凍パスタを温め始めた。
だが、気になってお風呂場を覗きに行くと、千賀は思ったよりも本格的に掃除をしていた。親か。
千賀が風呂のお湯を張り始めた音がする。
戻ってきた千賀に、俺は話しかけた。
「俺さ、普段節約でシャワーだけで済ませてるんだけど」
「俺が光熱水費を払うからさ」
「半額でいい」
千賀に生活の全てを握られたら、俺はダメ人間になる。
そんな確信があった。
俺はもさもさと冷凍パスタを食べながら、千賀に聞いてみた。
「千賀はなんか食べなくていいのか?」
「君の血がいいかな」
「後でな」
「……冗談だ。出掛ける前に父さんから腹一杯血をもらっているから今は大丈夫」
千賀が冗談を言うなんて珍しい。
いや、もしかしたら冗談ではなく本気だったのかもしれないが、それよりもその後のことが気になる。
「どうしてあの男を父さんと呼ぶ」
「父さんは父さんだから」
千賀がふにゃりと笑う。
俺はそれが許せなくて、箸を置いて奴の頬を引っ張った。
牙は伸びていないので、本当に腹は減ってないのだろう。
「お前には生物学上の父親がいるだろうが。なんであの男が父さんなんだよ」
「ほれのひまのほうさんはうつひひょうふた」
何言ってるのか分からなかったので頬を離した。
「俺の今の父さんは槍教授だ。どうしようもなく、『親子』なんだ。俺は教授に生かされ、教授も俺を庇護していた」
「教授の手に擦りついてただろお前」
「……ゔっ!」
思い返してみると自分がやっていたことに気づいた千賀は言葉を詰まらせた。
「こうか、これでいいのか?」
俺も千賀の頭を撫でてやるが、千賀は擦りつくというよりは恥ずかしそうに照れている。
違うんだよなぁ。
「父さんの手は落ち着くし、父さんの近くだと安心して眠れる。きっとこれは、本能なのだろう」
「本能、か」
いままで判明しているものも含めて、確かに千賀は既に人間ではないらしい。
そこで、お湯張りが終了したというアナウンスが聞こえたので、俺は食べ終わった皿を素早く洗って風呂の準備をした。
皿を洗おうとひょこひょこついて来た千賀は威嚇して追い払った。
吸血鬼、俺の生活を全て奪わせはしないぞ!
風呂から出た俺を、千賀が迎えに来た。
ほんの数歩の距離なのに、わざわざ迎えに来た。
「山村が見えなくなって少し不安になった。山村の匂いが減った代わりにほかほかになった」
「キモ……なんでだよ」
俺は千賀を小突くと、千賀はとても嬉しそうだ。
キモいももうご褒美になってきているのか。
新たな拒絶の言葉の捜索が望まれる。
「山村、山村。俺の膝の上に来てよ」
千賀は素面でそんなことを言ってくる。
「え……嫌だけど」
俺が普通にソファに腰掛けると、千賀はショックを受けていた。
「ソファに、負けた」
「むしろどうして勝てると思った」
千賀は硬い、冷たい、座り辛いの3点が揃っている。
ソファは柔らかい、ふかふか、座り心地が良いの3点を持つ家具である。
勝負にならない。
「俺は諦めない。ほかほかの山村を抱っこしたい」
「最初のお高く止まったクールキャラのお前はどこに行ったんだ」
「山村の前なら、別に取り繕う必要もないだろう?」
これは不意打ちだ。
俺の心は折れかかった。
「ほら、こういう時は何て言うんだ」
千賀は顔を輝かせた。
「俺が君の椅子になるよ!」
「やり直し!」
そんなこんなで、就寝時間になった。
というか、千賀がそんなことを言い始めた。
「山村、そろそろ寝る時間じゃないか?」
「なんで知ってる」
「見てたからな」
「怖」
普段は俺が明かりを消して寝るまで、遠くから見ていたらしい。
ストーカーがここにいた。
なぜ俺の周りの大人は皆、犯罪を犯すんだ。
俺の癒しは海堂女史だけだよ。
「千賀はどうするんだ」
「俺はゲリラに襲われてから、寝る時間自体を短くしている」
そう言って、一人ソファに座った。
ゲリラ? ゲリラ豪雨のことか?
「そうか、俺は寝るからな」
俺は千賀を気にしないこととして、寝ることとした。
千賀は帰ってきた。
だが、問題が解決したわけではない。
血もそうだし、俺の体質の変化も、千賀にも何か変化があるかもしれない。
ただ、と俺はソファに目を向けた。
千賀と一緒ならば、不思議と大丈夫な気がしてきた。
ここまでで「起承転結」の「転」が終わりです。
ここまでが前座とも呼べるでしょう。
ここから、「結」という本番が始まります。
覚悟はいいですね?
関係が、加速するーー。




