038 調教と同棲
会田さぁん!
やっちまってくださいよ!
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺たちは会田の車で送ってもらうこととなった。
「ありがとう、助かるよ」
千賀はふにゃりと会田に微笑んだ。
会田は「えっ? えっ?!」と千賀を指差して驚いている。
「指さすな」
俺は会田の指を折り曲げてやったが、会田は放心している。
「むーちゃんが俺に、むーちゃんが」とかずっと呟いている会田に、俺は、
「むーちゃんを無事に送り届けるのが今日のミッションだ」
と囁くと、会田は再起動して、
「どうぞお乗りください!」
ドアを開けて千賀をエスコートし始めた。
その上で、千賀は俺をエスコートし始めた。
なんなんだ、エスコートごっこかよ。
俺は黙って車に乗り込もうとしたが、千賀に「待って」と止められた。
千賀は何するつもりかと思えば、先に車に乗り込み、俺の両脇に手を入れて持ち上げ、そのまま自分を下にして俺を膝に座らせた。
「道交法違反」
俺は千賀の腕をどかして普通に隣の席に座り、すかさずシートベルトを締めた。
会田はその様子を血走った目で見つめていた。
この男は時々怖い。
「よろしく頼む」
会田は電池を入れ直したおもちゃのように再起動し、車に乗り込んでエンジンをかけた。
俺を膝に乗せられなかった千賀は残念そうに空の膝の上を見つめていた。
「山村」
千賀が長い腕をこちらに伸ばしてきた。
「ちゃんと言え」
「手を貸して欲しい」
「はいはい」
俺は左手を千賀に差し出した。
千賀は俺と手を繋いだ。
相変わらず冷たい。
「くぅぅ」
運転席から会田の声が聞こえる。
「どうだ、これが俺の千賀だ」
「……結構なお手前で」
俺がここまで育ててやったんだと誇れば、会田はそんな返しをしてきた。
千賀は自分の話をされているのに意味が分からずに首を傾げている。
「僕は、むーちゃんの一番の友達だと思っていた」
会田がそんなことを語り始めた。
「今もむーちゃんの一番の友達は僕だ」
「はぁ」
そんなこと本人の前で勝手に決めるなよと思いながら俺は適当に返事をした。
「でも、山村くんがむーちゃんの飼い主だった」
「はぁ?? 違うが」
一体何を言い出すんだこの男は。
「違うよ、山村は俺の大事な人だ」
「お前は黙っててくれ。話が拗れるから」
俺は素早く千賀の口を塞いだ。
「そういうところだよ。僕も君の手腕には敵わないね」
「そうだよ、山村は俺のことを理解しようとして大事にしてくれるんだ」
千賀は俺と繋いだ手の上からもう一方の手で摩り始めた。さすりさすり。
「んーー! なんなんだこの空間は! まともな奴はいないのか!」
「まとも……?」
千賀はまともという意味を考え出して思考の迷宮へと入っていった。
「と、とにかく、君には感謝してるんだ。こうして千賀と会わせてくれたしね」
車で乗せてくれている手前、こいつが勝手に来たとは言い出し辛かった。
「それでさ、さっきの化け物がってどういう意味なの?」
そして追及の手を緩めない、それがこの会田という男だった。
「また会おうねー」
俺の家の最寄駅のロータリーに俺たちを下ろして、会田は帰って行った。
結局、会田に全てを話すのはリスキーと判断した俺は、会田の質問をのらりくらりとはぐらかし続け、話の矛先を変え続けた。
会田は途中で、「話せないことなら仕方ないか」と言いつつも、恐らくは諦めていない。
俺はいまから、千賀を健康診断のために連れて来いと言われたらどうしようと悩み始めた。
「千賀は帰るんだろ」
「山村」
千賀は足を止めた。
千賀と手を繋いでいる俺も足を止めた。
「俺は、化け物だ」
「そうだな」
「山村が、俺を見張っていて欲しい」
千賀の目はいつになく真剣だ。
「何が言いたい?」
「俺も山村の家に住む」
「はぁ?」
千賀は何か言い出した。
確かに俺の家は単身者用でもないし、ベッドとでかいソファがあるからどちらかで寝ればいい。
だからと言って、俺は上司と同棲する趣味はない。
「お断りだ」
「そこを何とか!」
千賀は食い下がった。
「山村が近くにいたら、俺が人を襲う前に止められるだろう? 俺が何かまずいことをしようとしたら、隣で止めてくれるだろう?」
「まぁ、はい、そうだけど」
現在進行形で俺はお前にパーソナルスペースを襲われているとは言わなかった。
「それに、山村はもっと健康的な生活をした方がいいと思う。俺が山村の面倒を見るから、山村は俺の面倒を見てて欲しい」
何か一番最初と同じような話をし始めたぞこいつ。
「俺に何かメリットはあるのか」
「私が君の弁当を作ろう」
それは少し魅力的な話だった。
千賀の弁当はいつも美味しそうだったし、会田のお墨付きもある。
「それと、家賃と生活費は折半だ」
それもまた、魅力的な話だった。
俺は薄給だから碌に貯金ができていないが、千賀がいれば貯金も捗るだろう。
「送り迎えで車も出すよ」
千賀自身が日の光を避けるためだろうが、満員電車に揺られないで住むのはありがたい。
「それだけか?」
俺はこのままなし崩しで受け入れるのが癪で、千賀にそう聞いてやった。
「後は……後は……俺が、いるよ」
千賀は消え入りそうな声で答えた。
俺は手を伸ばして、千賀の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「合格」
俺は千賀を置いて道を歩いて行った。
振り返ると、千賀はついて来ていない。
「どうした、家に帰るぞ」
「……ああ!」
千賀は顔を輝かせて、俺について来た。
なんだこのおっさん、メロすぎだろ。
犯罪だ、早く捕まって被害者を減らす方が先決だ。




