035 密会
ラーメンに無限に酢と生ニンニク入れたいけど、迷惑かなぁと思っていつも普通だと思われる量に抑えている。
「記録から見るに、密会は恐らく夕方から夜にかけてだろう。俺は土曜の13時までここにいる」
神保は暗に俺に無理して来なくとも良いと言った。
だが、俺に行かないなんて選択肢はない。
すっかり日も落ちた道を、俺はつらつらと考えながら歩いて帰った。
俺にとって、千賀は何なんだろうか。
実際俺が暮らしていく上で、現在千賀はあまり必要ない。
普通に就職の面倒見ると言いながら消えたのは癪だが、会田に瀉血もしてもらってるし、千賀がずっと俺に唾液を入れなければその効果も薄まっていき、俺は普通の人間となる。
別に星や神保たちと無理に連絡を取る必要もないし、俺は研究所で千賀の遺した仕事をしながら、また違う研究者の助手をするか、仕事を辞めて別の場所で働いたっていい。
だがそこに、千賀はいない。
無意識に首元に手をやるが、既に傷は消えかかっていた。
俺は、千賀にいつも自分の気持ちを話させてきた。
奴が自分についてあまりにも無知で、放っておけなかった。
俺は奴にあれだけ自分の欲求を話させていたんだから、俺自身の気持ちについても、しっかり向き合わなければなるまい。
俺の気持ち?
俺は自宅の鍵を開け、窓を開けてから鏡の前に立った。
俺は、今にも泣きそうな顔をしていた。
千賀がいなくなることを考えると。
辛い。
寂しい。
悲しい。
また、会いたい。
俺がいつも千賀に迫っていたことは、こんなにも難しいことだったのか。
奴が帰ってきたら、たくさん抱きついてやらないといけないかもしれない。
いや、まずは怒らなければ。
俺を勝手に置いていったのはあいつなんだからな。
「千賀……」
俺が、お前がいなくてどれだけ大変だったか。
お前のヤバい友達である会田にGPS仕込まれたり。
頭のキレる会田とやり合ったり。
星とかいうお前の同族に襲われかけたり。
氏家や神保と仲良くなったり。
早く帰ってきてくれないかなぁ。
俺の頬を涙が伝っていった。
俺は自分が泣いていたことを隠したくて、いや、普通に風呂に入りたくて風呂に入った。
すぐに出て、しかし、いつものように服を用意する前に入ってしまったため、そのへんにある手近な服を適当に着るしかなかった。
その結果、「シカ」と書かれているのにクマの絵がついた謎のTシャツに、高校の時の体育の短パンという謎の服装になった。
実は昨日瀉血をしてもらったばかりなので、体調は悪くはない。
久しぶりにゲームでもやるかと、埃を被った本体を軽く叩きながらゲーム機をつけた。
「もうこんな時間か」
そろそろ寝るか、それとももう少しやるか。
そんなことを思っていた時だった。
「あっ」
窓から音もなく部屋に入ってきた奴がいた。
「あっ」
千賀だ。
白っぽいワイシャツにジレを着て、首元にはコードタイが巻かれている。
さらりと肩に髪が落ちた。
然程時間は経っていないのに、大分髪が伸びている。カツラか?
窓枠にかけた手は更に白く、本当に死人のようだ。
爪は全体的に黒ずんでいる。
こちらを射抜く目は、随分色素が薄く、縦に瞳孔が伸びている。人間の目ではない。
千賀は驚きすぎて動きが止まっている。
いまだ!
俺はすぐさまゲーム機を置いて、千賀の腕を掴んだ。
「離してくれ……」
本当に千賀の声だ。
俺は嬉しくなる心をぐっと押さえて、
「離さないぞ」
と千賀に凄む。
千賀はやっとまずいという顔をして、俺の手を空かした。
腕の実体が一瞬消えたようだった。
俺は急に掴むものが消えて空を掻いた。
千賀は身を翻すと、夜闇に消えていった。
「会いに行く!」
俺は夜闇に向かって声を上げた。
「……待っている」
その言葉は、夜風に乗って俺の耳に確かに届いた。
そして、俺は夜中にそこそこの声を上げた上で、すごい格好で窓を開け放していたことが急に恥ずかしくなった。
土曜日。
早めに駅に着いた俺は、少し早めの昼ご飯を食べていた。
今日はラーメンに半チャーハンの、一般的な昼ご飯である。千賀の唾液が入らなくなってから、少しずつ食欲が落ちてきたのだ。
生ニンニクもたっぷりと入れる。ニンニクが嫌いというのは迷信かもしれないが、今はそれにだって縋りたい。
「来たか」
この前と同じ車で、神保は駅のロータリーで俺を待っていた。
「中華料理でも食べて来たのか」
密室に入るとニンニクの匂いがするのか、神保がそう聞いてきた。
俺は途端に恥ずかしくなったが、
「はい。教授もニンニクが嫌いだといいなと思いまして」
照れずにそう決意を持って答えた。
「その意気だ」
神保はなぜか満足そうである。
しかし俺の胃は既に生ニンニクに負けそうで、しくしくと痛み続けていた。俺は激しく後悔した。
「何か武器は持って来たか?」
神保にそんなことを聞かれた。
「いいえ。俺は戦いに行くわけじゃないんで」
「そうか、必要だったら貸すから言ってくれ」
神保は神保なりに俺を心配してくれているのだろう。
途中、高速のサービスエリアで少し休憩した。
「あっ」
「えっ」
トイレに、ここにいるはずもない氏家がいた。
「氏家!」
「神保はん水臭いんやさかい。化け物退治なら、わしも呼んでくれな」
氏家はチャックを締めて手を洗いながらそんなことを言う。
俺は嫌な予感がした。
森の割合が丘陵は、昼間でも少し薄暗く感じた。
神保が適当に車が一台置けそうな場所に駐車をすると、後ろからもう一台の車が無理に突っ込んできた。氏家の車だろう。
だが、かなり道路にはみ出しているため、これでは路駐で捕まりそうである。
「わしもご一緒さしてもらうなー」
氏家はあくまで俺たちを逃す気はないらしい。
そんな時、スマホに一件の通知がきた。送り主を確認した俺は「お手洗い行って来ます」と言い、トイレの個室に入ってスマホを確認した。
送り主は、なんと千賀だった。
[父さんが政府との集合場所を変えると言い始めた。場所は◯◯病院。時間は17時から]
早速◯◯病院を探すと、ここから数キロ離れた場所だった。
丘陵の中を地図上では見えるか見えないかくらいの細い道がのたくっており、今から歩いていけば何とか間に合いそうな距離でもある。
俺は悩んだ。
教授と会うのに、一人では怖い。
かと言って、戦闘になったら勝ち目はないし、神保はともかく氏家はすぐに引鉄を引くだろう。
しかし、神保だけついて来てもらうわけにもいかない。
そして、俺は決心した。
俺が、千賀に会いに行くんだ。
様子を伺うと、神保は氏家に説教をしており、氏家はどこ吹く風と言うように受け流している。
しかも、氏家の部下と思しき人物も二人ほど後ろにいた。
俺は神保に[お昼のニンニクで腹が痛いので先に行っててください]とメールをし、トイレの裏の出口からこっそりと別の道を進み始めた。
そして後で腹が痛くなることはない!
私は山村に(胃の強さで)勝った……!




