033 ともだちと瀉血
なんで先にリーチって言ってくれなかったんだよ!
「ビンゴ」
その声は確かに、会田のものだった。
「……会田」
「知り合い?」
星は明らかに不機嫌そうである。
そりゃあ据え膳引き上げられたのだから当たり前か。
「何しに来たんですか、それとどうしてここが分かったんですか」
「君の鞄にGPSを仕込んだ」
俺は星を本気で振り払って、自分の荷物をごそごそと漁った。
鞄の底に、小さな見知らぬ機械が入っていた。
「犯罪です」
「君は助けを求めていなかったかい?」
俺は図星を突かれて何も言い返せなかった。
「なになに? この人君のストーカー? オレが何とかしようか?」
星は立ち上がり、会田を睨んでいる。
「待ってください、この人は……」
ストーカーであり、怪しい人であり、特に接点がない人でもあるので、何も言えなかった。
「とにかく、皆さん座ってください。情報を整理しましょう」
そういうことになった。
「僕は、むーちゃんの手掛かりを探すために、彼を追ってきた」
「俺は飯を食おうと思ったら、この星さんと会いました」
「オレは、知り合いの子の山村くんが体調悪そうだったから、治療しようとしていただけだよ」
三者三様、きっと全員が全て真実を話してはいない。
会田はどこまで知っているか不明だし、俺はともかく星は人間に握らせてよい情報までしか話さないだろう。
「山村君、体調悪いの?」
会田がそう聞いて来たので、俺は今の症状を掻い摘んで話した。
「それって、僕の預かったネズミと似たような症状だね」
怖い怖い。
会田はピースが揃わなくとも、答えに辿り着けるだけの推察力がありそうだ。
「星さんは、ここでどんな治療をしようとしてたの?」
会田はそんなことを聞く。
俺は会田に見えないように、星に対して×マークを作って見せた。
「俺が、体調を話したら星さんが治療できるところを紹介してくれるって話だったんです」
代わりに俺がそう説明した。
完全に嘘という訳ではないが、詭弁である。
「へーぇ、そうなんだ。ちなみに、何の治療?」
「それをいま聞くところでした」
「あんなに密着して?」
俺は今度こそ何も言えなかった。
代わりに星が口を開く。
「それは詮索だよ。それとも、君が彼を治療してくれるのかい?」
「僕のところには設備が揃っているからね」
会田は自慢げにそう言った。
星は少し考えた後、
「そう、君に任せられるのならそっちのが良いかもしれない。そうだな、山村くん。これ渡しておくから、いつでも連絡していいよ」
と、胸ポケットから名刺を取り出した。
俺は暗くて文字が読めないそれを、自分の財布の中に入れておいた。
「僕には?」
「あげないよ」
会田は厚かましく名刺を強請ったが、星にすげなく断られていた。ざまぁ。
「それじゃ、外まで見送るよ」
俺と会田は、追い出されるように外へと出た。
俺は、駅のロータリーに路駐していた会田のクロスビーに乗り込んだ。
「君は、むーちゃん……千賀睦月について、どこまで知っているのかな」
俺は少し考えた後、
「◯◯大卒で、高嶋教授と藤山先生が指導教員で、◯◯研究所に勤めている男性、ですかね」
そう答えた。
しかし、会田はその答えに不満そうだ。
「それはむーちゃんの表面的な話だよね。そうじゃなくて、中身の話」
「ええっ、そんな急に一人の人間について語れと言われても難しいですよ」
「君はそれだけむーちゃんのことを知っているってことかな?」
俺は小さく息を呑んだ。
何を言ってもこの男には見透かされてしまいそうだ。
だから、俺は会田の話を聞くこととした。
「会田さんは、その、千賀先生とは、どのような関係だったんですか?」
「むーちゃんはねぇ、僕の一番の友達さ!」
そこから会田の職場に着くまでずっと、会田は千賀との思い出話を俺に話し続けた。
一言で言うと、会田はプライドと頭の良さを拗らせたストーカー予備軍だった。
千賀との話なのに、千賀の言葉よりも表情とか、態度とか、そうした曖昧なものに重心が置かれている。
ただ、千賀がやめろと言えばやめるだけの分別はあるようだ。
いまの千賀ならば、会田と会っても問題ないだろう。
俺は小さな診療室のような部屋で、ベッドに寝かされた。
「俺は今から、何をされるんですか?」
会田はカチャカチャと何やら道具を用意している。
「本当はね、まずは骨髄生検をしたいところなんだけど……君の症状は深刻だから、先に瀉血しようかなって」
「瀉血? 血を抜くんですか?」
「そうだよ。じゃあチクっとしますねー」
会田は何かと判断が早い。
俺の左腕に針が刺されて、そこから赤黒い血が抜けていき、パックに少しずつ溜まり続けた。
「それでね、君の知っていることを洗いざらい話してもらおうか」
逃げられない俺に、会田は尋問を始めた。
「何が聞きたいんですか?」
俺は腹を決めて会田の質問に答えることとした。
「まずは、どうしてむーちゃんがいなくなったか。次に、君はどうしてこの症状になったか。最後に、君たちはさっきの個室で何をしようとしていたか、なんだけど……」
会田はそこで言葉を切った。
「君に直接聞いてもはぐらかされそうだから、僕の推測を話してみようか」
会田は俺の一番嫌な方法で攻めて来た。
俺はごくりと唾を飲んだ。
「最初に解き明かせるのは君の症状かな。これが一番ヒントが多い。ネズミと君の症状は似通っており、今回は同条件に置かれたと仮定する。そして、この症状を引き起こしたのは、恐らく液体だ」
会田は机をトンと叩いた。
「シリンジを溶かさない程度の化学反応性は低い液体だ。それをネズミは皮下に注射され、君は」
会田はそこで言葉を切って、俺の腕を見た。
「恐らく注射されていないね」
「確定しているのは、むーちゃんはとある液体の生物への影響を調べようとしていたこと。何のために? 現段階では分からない。だが」
会田は俺の腕から伸びる管に触れた。
俺はその様子をじっと見ていた。
「人間への症例が確認されるかもしれないものを、事前に動物実験で試したかったように思える。むーちゃんの分野ならば、例えば未知の哺乳類からの咬傷や体液による影響、とかね」
俺は努めて顔に出さないようにしているが、内心冷や汗をかいていた。
会田はそんな様子はお構いなしに、自分の推理を披露していく。
「その場合、ウイルス活性などの問題から、なるべく新鮮な液体を用意したい。ただ、君たちの実験室では、飼育されている動物はネズミだけだった。別に、何か飼っていたわけではないのだろう?」
「山で野生動物は飼っていましたがね」
俺は冗談めかしてそう言うも、会田はそれを勘定には入れてくれないらしい。
「そこで、むーちゃんがいなくなった理由だ。君も知っての通り、最近むーちゃんは外ではサングラス、中でもマスクをし、非常に体調が優れていなかった。それなのに研究に打ち込んでいると職場の人間から聞いたぞ? 君がついていたのなら止めるべきだ」
「俺は止めましたよ」
「まぁむーちゃんは頑固だからな。そこで僕は、一つの仮説を立てた。むーちゃんの体質が変わってしまい、それに付随する何らかの液体の効果をネズミで調べていたが、運悪く君も被ってしまった。そして、むーちゃんはその根本を解決するために、どこかへ行ったのではないかな?」
会田の推察は、当たらずとも遠からずというところだった。よくこれだけの情報で、そこまで辿り着けたなと感心してしまう。
「それで君は、私のこれからの追求を止めるためにどこまで認めてくれる?」
あぁ、会田も千賀のことが心配で堪らないんだと思った。
「君の症状だって原因があるものだろう。私はこれから君の治療をしようと思うが、そのために必要な情報くらいは共有してほしいものだ」
「分かりました」
千賀の言葉もある。
俺は、最低限の情報共有だけはしといても悪くないのではと思った。
俺は渡す情報を精査しながら、少しずつ話し始めようとした。
「その前に、そろそろ400取れたかな」
会田が「抜きますよー」と俺の腕から針を抜いた。会田の採血は、動物で慣れているとか言っていた千賀の何倍も上手だった。
会田は血液を持ってどこかへ行き、代わりに自動販売機で買ったホットのお茶を投げて寄越した。
「そういえば、ご飯食べてないね。だが少し休んでからにしよう」
俺の様子を見ながら、会田はそう言った。
その言葉に俺も頷いた。
「千賀先生は、体調の変化に苦しんでいました。色々あって、俺がちょっと死にかけてた時に、その、ネズミで効果を試していた薄めた毒のようなものを使って助けてくれたんです。ただその関係もあって、今はどこかで療養しているんだと思います」
この話には、嘘がある。
ただ、本当のことを全て伝える必要はないし、全て伝えたところで信じてもらえるものでもない。
そう思いながら会田を見ると、目を最大限見開いて俺の話を具に聞いていた。
千賀を連れて来て見せながら説明すれば、この男は疑うことなく信じるだろう。そんなことを感じた。
「そうか……そうか……」
会田はどかりと椅子に腰掛けた。
「千賀睦月は、君を守ったんだな」
「はい」
その言葉だけは、全て本当だった。
その後、俺は会田と飯を食べた。
会田は、先ほどとは千賀の話の仕方が全く異なっていた。
「むーちゃんはな、昔から不器用だったんだ。そりゃあ周りからはハンサムだの何だのもてはやされてたよ? でも、恋愛一つする資格がないとか言ってしまって、周囲が躍起になって争いを起こそうとするほどの罪作りな男だった」
「千賀先生は自分のためにって名目で、争われるのすごく嫌いそうですね」
「そう。むーちゃんはそういう時に、よく図書室に篭っていた。人間じゃなくて動物を選んだのも、そういうところからじゃないのかなぁ」
会田は驚くほど穏やかになった。
まるで、先ほどまで俺が敵扱いされていたようだった。
いまは単純に、同じ人物を知っている者同士で共有できることを喜んでいるように見える。
だから、俺も千賀の成長を彼に伝えたくなった。
「千賀先生は最初、自分の気持ちに無頓着でした。だけれども、次第に俺に対して『ありがとう』や『嫌だ』と気持ちを伝えてくれるようになりました」
ドンと机が振動したと思ったら、会田がコップを机に叩きつけた音だった。
「ずるい」
「へ?」
「ずるいずるい! 僕もそこにいたかった!」
「そ、そう言われても」
俺は慌てて次の話題を探すも、思い起こせば千賀のことばかり。
何言っても会田を煽るような情報しかなかった。
「せ、千賀先生っていつも美味しそうなお弁当食べていましたよね」
「むーちゃんは料理も上手なんだよね。昔もよく宴会の時に手料理を振る舞ってくれてたっけ」
セーフ。
とりあえず、セーフ。
俺はふと思い出したことを聞いてみたくなった。
「そういえば、槍教授はどんな感じの人だったんですか?」
「槍先生? あの人、いまいち考えていることが分からなかったんだよね。でもむーちゃんをはじめ、僕とか何人かお気に入りがいたっけなぁ。ま、気に入られたところで成績がどうとか優遇されるとかそんなのはなかったけど、先生とたくさん話す機会はもらえたかな」
千賀は、槍教授のお気に入りだったのか。
「そういえば、どうして槍先生を知ってるの?」
「え、えーと、論文にお名前が」
「先生はむーちゃんの分野じゃないし、別の名前で論文を出していたような気がするよ」
「直接お会いしました」
俺は白状した。
会田は驚いていた。
「あの人まだご存命だったんだ。連絡が取れなくなってからしばらく経っていたし、生きていればお幾つだろう……結構な歳のはずだよ」
「そうなんですね」
「もしかして、むーちゃんがいなくなったのって、槍先生と関係ある?」
本当に会田と話す時は気が抜けない。
「どうしてそう思ったんですか?」
「昔から槍先生がそんなことを言っていたんだよね。あれ……何て言ってたか思い出せないんだけど。それなら納得だよ」
会田は一人で納得している。
俺はもう少し、槍教授という人を調べてみたいと思った。
※瀉血……なんか中世ヨーロッパとかで流行っていた治療法。悪い血を抜くと病気とか治るとかそんな感じのアレだった気がする。




