031 てがみと体調不良
とりあえず草。
部屋に帰って、俺もトイレ行こうかなと鞄からタオルハンカチを出そうと思った時、違和感があった。
俺はいつもファスナーを片方寄りにして閉めるのだが、ファスナーはきっちり真ん中で閉まっていた。
最近ぼぅっとしているから、自分のやったことも定かではなくなっているのかと思うと、少し怖い気がした。
帰宅後。
俺は近くの百均で買った手紙に文を綴っていた。
千賀にはスマホで連絡できない。
それならば、と首筋を撫でる。
傷はまだ、治らない。
まず、俺が寝る。
千賀が来る。
俺の上にある手紙を持ち帰る。
読む。
そういった作戦である。
だが、俺は内容が決まらなくて何度も書き直していた。
[拝啓 そろそろ日差しが夏めいてきましたが]
奴は日中外に出ていないだろう。
それに拝啓と時候の挨拶は堅苦しい。
却下。
[千賀へ 俺は心配だ。お前がちゃんと飯を食ってるか]
飯は俺だ!
ダメだダメだ。
[千賀へ 槍に無理されてないか。いつ研究室には戻るんだ。俺は寂しいし、仕事がなくて困っている。早く戻って来い]
俺は奴の親か。
気恥ずかし過ぎるだろ。
[千賀へ 俺はお前がいなくても適当にやってる。罠は俺一人なので動かせないが、カメラは相変わらず見続けている。最近クマのような黒い影が映っており、警戒している。あと、ネズミは会田に返した。あんたは嫌がるかもしれないが、あのネズミ、俺の未来の姿なんだろ? 俺は、自分の身に何が起きるのか知っておきたい。どれもこれも、あんたがいてくれれば何でもないことなのにな。最近俺は、食欲が増した。まだ病み上がりなのか、運動すると息が切れる。あんたは大丈夫なのか。海堂さんも心配している。俺だって、あんたのことを……]
俺は食後で風呂入った後ということもあり、段々と頭がふわふわしてきて、手紙の書き途中で眠ってしまった。
次の日の朝。
自分のくしゃみで目を覚ました。
俺は机に突っ伏したまま眠ってしまったようだ。
しかし、手元にあった手紙は消えている。
顔を上げると、手の届く位置に手紙が置かれていた。
[山村へ 槍……父さんは厳しい。俺はまだ思い出せないことがある。俺は何者なのか。君の血は美味くなった。ただ、俺が生きるための修行は終わらない。毎日化け物として生きるのは、悲しい。君の側にいる時だけが、癒しになっている。父さんは近々、日本を離れるとも言う。いつまで君の側に来られるか。会田に知られたか。あいつは地の果てまで俺を追いかけて来るだろう。お前も何かあったら頼るといい。それと、これを使ってくれ。暗証番号は◯◯◯◯だ]
手紙の上には、銀行のカードが置かれていた。
矢印で「食費」と書かれている。
カードを持ち上げると、下にも文字があった。
[君に会いたい]
「マジであいつ、シンデレラなのかよ」
分かったよ。
俺は継母として、あいつを家に連れ帰ってやってやるよ。
ちなみに、隣に置いたゴミ箱に捨てたボツの手紙も全てなくなっていた。
俺は小さく悲鳴を上げそうになった。
なんだあいつ! 怖い!
俺は仕事中に、ぼーっと千賀のことを考えていた。
「山村さん、最近調子悪そうですが大丈夫ですか?」
「まぁ、はい」
恐らく増血作用から来る多血症の症状なのだろうが、こればかりはどうしようもない。
お昼の時間になったので、俺は冷蔵庫から弁当を三つ取り出した。
「最近よく食べますよね」
「腹が減るんですよね。成長期?」
「うーん?」
海堂女史は俺を覗き込んだ。
俺の回答が腑に落ちないらしい。
「私も大人ですから。山村さんは、千賀さんが心配なんですよね。私が聞けることであれば、何でも相談してください」
「ありがとうございます、海堂さん」
やはり海堂女史はできた大人であろうとしてくれる。俺は無意識のうちに首筋の傷を撫でていた。
ふと、槍が言っていた「餌者」と、以前千賀の同族が「エモノ」と言っていたのが、同じことなのではと思い始めた。
恐らく人間で最もそういったことに詳しいのは、神保だろう。
俺は俺の体調と、同じように噛みつかれていた氏家のことについても神保にメールで質問してみた。
神保から返信が返って来た。
要約すると、エモノが何かは分からないが、恐らく噛みつかれた相手を指すのだろう、吸血鬼は数が少なく情報がないためこちらでも探ってみる、氏家も同じような症状で、仕事に少し支障が出ている、そんな話だった。
氏家はあれから噛みつかれていないようだから、俺の方が症状が重いのだろう。
後の手がかりは、会田からの調査結果と……。
俺は千賀の机を見た。
千賀を同族と呼んでいた、あの男から受け取った名刺だけだろう。
手紙持ち帰るの草。




