029 にゅういんと貧血
ここから「転」に入ります。
普通に病院送りにされてて草。
おい可哀想だろ、草とか言ってやんなよw
俺は入院した。
当たり前の話だ。
まずは、クロスボウのボルトの貫通痕。
なんと、太さ1cmの極太ボルトが右腕を貫通していた。そりゃ痛い訳だ。
次にそのボルトに塗られていた麻痺毒。
これは麻痺性貝毒に似た性質の毒で、俺は一時期呼吸困難にまで陥っていたらしい。
おまけに、貧血。
これはボルトと千賀のせいだ。
だが千賀のお陰なのか、俺はあと数日で退院できるそうだ。
幸いにも麻痺の後遺症はほとんど残っていない。
「ほんまにかんにんえ〜」
入院して意識を取り戻したその日の内に、氏家と神保が見舞いにやって来た。
氏家は神保の太い腕で無理やりに頭を下げさせられている。
「ごめんで済んだら警察っていらないですよね」
「頼むさかい、かんにんしとぉくれやす……」
「許す訳ねぇだろ」
俺が凄むと、氏家は「ひぇ」っと飛び退いた。
この人、普段はこんなキャラクターなのかもしれない。
まぁ、許さないがな。
「とりあえず、治療費はそちら持ちで」
「勿論だ」
神保が頷いた。
これはでかい財布を手に入れちまったなぁ?
「まだ頼むことがあると思うんで、連絡先を交換してください」
「分かった」
神保は懐から名刺を取り出した。
見知らぬ会社の名前と、見知った宗教のマークが描かれていた。
俺はすぐさまそこにメールを出すと、神保のスマホが小さく震えた。
これで、お互いの連絡先交換が済んだという訳だ。
「では早速、バナナ二房下さい」
「バナナぁ?」
「警察」
「ちっ」
最近、腹が減って仕方がないのだ。
医者によると、身体がせっせと血を作っているらしい。最近身体が少し浮腫んでいる気すらする。これが千賀の言っていた増血作用と、それに付随する食欲増進なのかもしれない。
奴らはよくできた生き物(?)である。
俺は数日かけてバナナを10本近く食べた。
氏家は意地悪のつもりで7,8本まとまったバナナを俺に買って来てくれたようだが、逆にそれが俺にはありがたかった。
職場にも電話はした。
しかも、既に千賀から怪我のことを聞いていたとも言われた。
件の千賀は、しばらくの間休職したいと言って書類をFAXで送って来たそうだ。
まだ奴にも戻る気があると知って、俺はほっとした。
「山村さん、大丈夫ですか?」
土曜日には、海堂女史がお見舞いに来てくれた。
しかも、事前に「食べ物がほしい」と伝えていた通りに、有名店のカツサンドを一箱も持って来てくれた。
「病院の食事じゃ物足りないでしょうから」
海堂女史は、俺の健康に問題ないことを確認した上で、いま俺が食べたいものを持って来てくれた。完璧な対応、今後とも見習っていきたい。
「それで、千賀さんはどうしたんでしょうか」
海堂女史もそこが気になるようだ。
だが、話せることと話せないことがある。
「千賀先生って、今までレールに乗ったような人生だったじゃないですか」
これは俺の予想も入っているが、強ち間違いではないだろう。
「だから、少し色々と見て回ってるんじゃないですかね」
教授と呼ばれた男は、千賀を『子』と呼び、何らかの教育を施すつもりだろう。
俺はいつか、奴が卒業した時に迎えてやれるように、精々席を温めておいてやれば良い。
「そっか」
海堂女史は否定も肯定もせず、柔らかに微笑んだ。
「そろそろ退院できそうですね」
予定日よりかなり早くの退院の知らせに俺は喜んだ。
ここにいると、自分でしょぼい病院内のコンビニで何かを買うか、氏家をパシるくらいでしか追加の食糧が手に入らない。
俺は教団の金で修理してもらったスマホを使って、神保に[そろそろ退院できそうです]と連絡した。
神保からは[それは何より]と短い返信が来た。
あのおっさん、見た目の割にマメでとっつきやすくある。
「うーん……」
夜。
身体が熱を持っているようで寝苦しい。
仕方なく窓を開けると、涼しい風がカーテンを揺らした。
今度はカーテンが揺れる音が気になって眠れなくなったので、カーテンを横に縛ると、綺麗な月が見えた。
月が明るすぎると、他の星は眩んで見えなくなってしまう。だが、きっとそこにあるのだろう。
俺はうつらうつらとしている内に、寝てしまったらしい。
その日は珍しく夢を見た。
病院の窓が開いている。
そこから、するりと夜が入り込んで来た。
夜は影もなく寝ている俺に近づいて、膝をつき、俺の背中に手を回して上体を起こす。
そして、ゆっくりと俺のうなじに顔を埋めていった。
意識が遠のく中、耳元に「許してくれ」と囁かれた。
次の日の朝。
俺はふらつきながらも立ち上がり、鏡の前でチェックしていた。
他の人が見ても分からない程度であるが、首筋の傷が少し新しくなっている。
それとベッドの机の上に、「必ず戻る」という達筆な走り書きのメモが置かれていた。
鼻をつけて匂いを嗅ぐと、千賀の匂いがする。
もしかすると、奴はこうして、俺のところに通って来てくれるのかと思うと、少しだけ心が温かくなった。
「えー、入院は延長です」
最後の血液検査で貧血の値が出た俺は、ベッドに逆戻りとなった。
神保には[入院が長引きました]と連絡をすると、[ゆっくり休め]と返信が来た。
やさしい。
それに比べて、千賀め!
俺の入院を長引かれせてくれやがって!
千賀が出て来ないと言ったな、あれは嘘だ。
いなくなり 初めて分かる ありがたみ(せたを)
というか普通にいるんですけどー!




