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028 ばけものと教授

なんだこの一般人は。

少しはビビりなさい(命令)。

 パチパチパチ……と乾いた音がする。


「えらい泣ける話をおおきに。シンデレラは王子様より継母の方大事やねんな」


 氏家が拍手をしながらこちらに近づいてきた。


「ほな、これどうえ?」


 そのまま、俺の頭に銃口を突きつけた。


「あんたらの、やり方は、こうなのか? 一般人巻き込んで、殺して、いいのか?」


「勿論駄目だ」


 俺の質問に神保が答えた。

 神保は氏家の方を向く。


「氏家。やめろ。それをしたら俺達は、化け物と同じだ。いや……」


 神保は千賀を見た。


「それ以下になる。もう一度言う、やめろ」


「せっかく化け物の弱点分かったのなら、それ突くのも賢い狩人のやり方なんちゃいますか」


「違う。それは人質を取る化け物共の所業だ」


「なら、これどうえ」


 氏家は(ふところ)からもう一つの銃を取り出し、千賀の頭にも突きつけた。


「千賀はん? 動かんといてな。分かるわなあ?」


「……助けてくれ」


 バァン!


 千賀の命乞い(むな)しく、至近距離で撃たれた銃弾が、頭蓋骨を貫通して床に転がった。


「千賀!!」


 俺に倒れ込んできた千賀は、死人のように冷たい。

 それはいつものことだったか。

 血にべったりと濡れており、意識がない。

 だが、恐らく死んで(?)はいない。


「氏家」


 神保が地を這うような低い声を出した。

 恐らくとても怒っている。


「何どすか、神保はん。あんただって、この化け物を殺そうとしとったやないどすか。後何発撃ったら動かへんくなるのんね?」


 氏家はどこ吹く風と言わんばかりに、リボルバーの弾を装填している。


 トントントントン。

 重い扉がノックされ、ガチャリと開いた。


「すみません、掃除に来ました、が……お取り込み中でしたか?」


「そう、取り込み中も取り込み中。掃除は後でええさかい、帰っとぉくれやす」


 氏家は手をひらひらとさせて、掃除の男に帰れと促した。


「そういう訳にはいかないな。助けを求められたのだから」


 その時、一瞬だけ覚えのある甘い匂いがした。


「あん、たは……危ない!」


山村葉一(やまむらよういち)。本当に鼻が効く」


 俺に向けられた銃は、引鉄(ひきがね)を引かれる前に握り潰された。

 神保は昏倒(こんとう)し、氏家は片手で首を締め上げられている。

 男は倒れ込んだ千賀の口を開け、自分の爪で引っ掻いた手首の血を流し込んだ。

 途端に心拍が戻ったかのように起き上がる千賀に、その男は、


「おはよう、千賀睦月(せんがむつき)。人間ごっこは気が済んだか」


 と声をかけた。


(うつぎ)教授、お久しぶりです」


 千賀が起き上がった。

 俺は千賀が生きて(?)いてほっとした。


「どこまで思い出した?」


「あの(かや)の原での約束ならば」


「宜しい」


 千賀は何を言っている?

 千賀自身も自分が何を答えたのか分からないらしく、口に残った言葉を反芻している。


「山村葉一。君のこともずっと見ていた。千賀睦月に人間を教え込んでいたな」


 男はこちらを向いてそう言った。


「交代だ。これからは私が千賀睦月を育てる番となる。お前は我々の子、次の世代。さあ行こうか」


「嫌だ」


 千賀は男の手を跳ね除けた。

 男は大層驚いている。


「ぽっと出の、男に、奪われて、堪るか、よ」


 千賀は俺の右手を握った。

 俺も握り返そうとしたが、力が入らない。

 そういえば、もう(まぶた)を開けているのも辛くなってきた。


「違うな山村葉一。千賀睦月は私の教え子であり、『子』ともなった」


 大学関係というのは間違っていなかったのか。

 男は千賀に諭すように語りかける。


「千賀睦月。お前は私に『人間でいたい』と言った。私はお前の我儘(わがまま)に付き合った。次は私の番だ」


「俺はまだ」


「お前は私の『子』だよ、千賀睦月」


 男は千賀の首を撫でる。

 千賀はなぜかされるがままだ。


「こんな言い方はしたくないが、山村葉一の生殺与奪(せいさつよだつ)は私が握っている。毒に(むしば)まれた彼を生かす方法も知っている」


「本当ですか?!」


「ああ、簡単なことだ。その前に、お前が私と共に来ると、そう約束してくれれば良い」


 千賀は俺を見た。

 きっと、俺の許可を待っている。

 よく調教された犬のようだ。

 だが、俺は前にも千賀に伝えていたはずだ。


「お前が、選べ」


 俺は息も絶え絶えにそう言った。


「山村……」


 千賀は揺れに揺れている。

 千賀は男に対して、


「山村を死なせたくない」


 と言った。

 男は少し驚いた顔をして、


「お前の頼みなら、山村葉一をもう一人の『子』として迎え入れてもいい」


 そう答えた。

 千賀は食い気味に、


「それは駄目だ!」


 と怒鳴る。

 俺の耳元で怒鳴るもんだから、耳がキーンとした。


「山村に、こんな思いはさせたくない」


 千賀は泣きそうな声で言った。

 そこで男は再度俺に目を向け、俺の側にしゃがみ込んだ。

 黒くて古めかしい帽子から、少しだけ白髪が漏れている。

 目の瞳孔は縦に割れていた。

 人間の目ではない。

 男は俺の右腕を持ち上げて、流れ出る血を上品に指で掬って口元へ運んだ。


「これが山村葉一か。なかなかどうして悪くない」


 千賀から唸り声が聞こえる。

 これは、明らかに威嚇だ。


「そんなに怒るな。このまま(くび)り殺したくなる」


 男は俺の首に手をかけた。

 千賀よりも更に冷たい手にぞくりとする。

 多分、男は俺を殺す気は全くない。

 千賀に不平等な選択を迫る材料としているだけだ。

 ここで、俺の取れる選択肢は。


「どちらか、ずっと選ぶ、必要、ない。俺も、何回か、転職、した」


 千賀は俺の言葉に顔を上げた。


「山村は、俺がいなくなっても怒らないか?」


「怒る、し、悲しむ」


 俺は意味のない嘘を吐かない。


「だが、認める。お前の、選択、なら」


 千賀は俺に頷いた。

 どうやら決心がついたようだ。


「付いて行きます。その代わりに、山村を助ける方法を教えてください」


 千賀はまっすぐに男を見つめた。


「噛みつけ。その首筋に」


「それは」


餌者(えもの)になると? 別に良いではないか。詳しいことは省くが、我々の唾液の作用がこの毒には有効だ」


 男は大したことではないように語るが、それは、千賀がずっと禁忌としていた行為だった。


「……感染症は?」


「問題ない」


 千賀は覚悟が決まったようだ。

 俺の方を向き直って、説明を始めた。


「私たちの唾液には、様々な効果がある。恐らく、鎮痛作用、細胞修復の活性化、そして……増血作用。それに応じた依存性も、あるかもしれない」


「もうそこまで分かっているのか。流石だ」


 千賀は俺にインフォームドコンセントをした。

 男の裏付けがあるなら、それは正しいのだろう。


「俺が、あなたに牙を向けることを、許して下さい」


 千賀は俺の前で三つ指ついて綺麗な土下座をした。


「許さ、ない」


 だが俺は拒否する。

 その上で、


「だから、俺以外に、そんなことは、するな」


「分かった」


 千賀は力強く頷いた。

 そして、力無い俺を持ち上げて、正座した自分の膝に乗せて、


「いただきます」


 と、うなじに牙を埋めた。


 最初に皮膚を破られる痛みがした。

 次の瞬間にはそれが和らいだ。

 これが鎮痛作用とやらか。

 千賀は一生懸命に俺のうなじを舐めている。

 もしかすると、この舐める行為は、相手のことを思っての行為なのかもしれない。

 少しずつ(あふ)れる血を、千賀は時間をかけて舐め取っていく。

 途中、血の出が悪くなってきたからか、もう一度噛みつかれたが、軽く麻酔をかけられているかのように遠雷のように痛みが分かっただけだった。


「あんた、『教授』か」


「そう呼ぶ者は多い」


 目を覚ました神保が男に話しかけた。

 その手には既に銃はない。


「俺達はどうなる」


「どうもしないよ」


 男は神保の切実な問いに、何でもないことのように答えた。


「ただ、この男は気に食わないな」


 男は気絶して転がっている氏家を持ち上げた。

 そして、乱暴に(けい)動脈へと食いついた。


「これで良し」


 男の口の端から血がたらりと垂れたのが、嫌に扇状的(せんじょうてき)だった。


 千賀に舐められている俺は、次第に意識が朦朧(もうろう)としてきた。

 理由はたくさんある。

 千賀は、右手のボルトの刺さっていた穴の方も丁寧に舐め始めた。

 まるで、猫が好意の印としてグルーミングをするようで、俺は少し笑ってから、意識を失った。

ここまでが「承」となります。

これから暫く千賀不在の「転」となります。

仕方ないんです、私も千賀がいて欲しいんですけど、

教授と一緒に行ってしまったんです。

許してください。

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