027 かりうどと吸血鬼
千賀の唇からは、牙が覗いていた。
「そうか、ならば、いやしかし」
神保はなぜか俺と千賀を交互に見ながら混乱している。
「千賀、今だ」
俺は千賀だけでも外に逃げるよう促した。
だが千賀はゆるゆると首を振り、俺の両脇に手を入れて持ち上げた。
俺を置いていくという選択肢はないようだ。
タァン!
「わしらを置いてどこに行くつもりや?」
氏家が千賀の足元を撃ったが、千賀は怯むことなく扉へと近づいていく。
そんな千賀の前に、神保が立ち塞がった。
「悪かった」
そう言いながら、神保は脇差を鞘にしまい、床に落とした。
硬質な音ががらんどうの教会に木霊する。
千賀の冷たい身体から、少し緊張が解けたのが分かった。
「あなたも苦しかっただろう」
千賀はビクッと驚くと、また身体を強張らせ、急いで俺をまた違う椅子の上に座らせた。
俺は何とか少しずつ後ろを向こうと努力している間、カチャ、カチャと神保の方から金属同士が触れ合う音がした。
「今、楽にしてやる」
何とか俺が後ろを振り返った時に見えたのは、銀色のリボルバーを千賀に向ける神保の姿だった。
胸元から腹にかけて何か冷たいものを感じる。
頑張って触れてみると、服が黒く濡れていた。
これは、千賀の血だ。
千賀に抱えられている時に付着したのだろう。
ダァン!
ダァン!
ダァン!
サプレッサーの付いていない銃から、弾丸が放たれていく。
「ぐぅッ!」
千賀が初めて痛みに声を上げる。
銃弾は過たずに千賀の両腕と右腿を撃ち抜き、千賀はバランスを崩して床に崩れ落ちた。
「日中無理に活動し、碌に食事も摂っていない。彼も餌というよりはまるで保護者。我々に対し攻撃の意思は無く、暴走すらしない。これではまるで、弱い者いじめではないか」
神保は千賀の襟元を掴み、無理やり持ち上げて銃口を口に突っ込んだ。
「しばらく眠れ。誇り高き者よ」
ダァン!
くぐもった音が響くと、千賀はどさりと倒れた。
「千賀! 千賀!!」
俺は動かない身体を無理に動かして、床に倒れ込むと芋虫のように千賀の元へと這い進んだ。
途中、冷たい床の上に黒々とした液体が落ちている。千賀の血だ。
突然目の前に磨かれた革靴が現れた。
神保だ。
「残念ながら、この程度で死ぬ化け物ではない」
神保はしゃがみこみ、俺を近くの長椅子の横に座らせた。
「山村君だったか、その毒は放置するとまずい。手当をさせてくれ」
神保が俺の右腕を持ち上げようとしたその時、強い甘い匂いと背筋が冷たくなるような寒気に襲われた。
目を動かして千賀を見れば、痙攣しながらゆっくりと重力に逆らって起き上がろうとしている。
その目標は、神保だ。
「危ない!」
影のように襲いかかってきた千賀に、神保は咄嗟に腕でガードした。
布が破れた下には、金属板が嵌められた腕甲があった。
ダァン!
「いっ……」
銃は外れ、神保の足はかまいたちに遭ったかのように引き裂かれた。
一瞬痛みから油断した神保に千賀はするりと忍び寄り、両腕を羽交締めにして顕になった首元に、
「ダメだ! 千賀!」
神保は動けない。
千賀は恍惚とした表情で首元を舐め続けている。
すぐに噛みつかないのは何なのか知らないが、まだチャンスはある。
言葉は届かない。
俺は、自分の腕を見た。
これしかない。
「ゔっ!」
俺は腕のボルトに噛みついた。途端に慣れていた痛みが別種のものとなる。
それでも、千賀を喪う苦しみの方が、俺はもっと辛い。
重力に任せて腕を傾け、俺はボルトを引き抜いた。
途端に血が吹き出した。
顔を上げると、千賀と目が合った。
獣のような目だ。
俺のだらんと垂れた右腕を見ている。
「いいぞ」
俺が許可を出すと、まず千賀は右腕を両手で持ち、傷口を気にしながらも肘に垂れていく血を必死に舐めていく。
「慌てるな」
千賀の動きが心なしゆっくりになり、俺の右腕を握る両手に力が入る。
広い部屋に、千賀が血を舐め取る生々しい音だけが響く。
次第に傷口に近づいてきたので、
「感染症」
と言うと千賀の動きが止まった。
千賀は傷口から顔を離した。
「やま、むら……」
「そうだ、俺は、ここにいる。無事……ではないけどな」
千賀の目には理性が戻っていた。
この後に及んで感染症の危険性を危惧すること研究者。
草。




