026 タクシーと銃
イエロー(意味深)カブ。
前話までのあらすじ。
宗教の狩人に襲われて逃げた。
粗すぎるわ!
そろそろ20分経過することを左腕の腕時計で確認した。
血は止まる気配がなく、千賀も俺の腕を離す様子もない。
バスに乗るためにこの腕に刺さったボルトは目立つから何とかしたいと思いつつも、こういうものは引き抜いた時が一番出血して危ないとも聞くため、怖くて試せなかった。
「千賀、千賀。時間だぞ」
千賀は俺をぎゅっと抱きしめた。
これ、声聞こえているな。
「千賀、大丈夫だから。病院に行こう」
千賀は嫌がるように俺を抱きしめる力が増した。
病院は嫌か。子どもかよ。
確かに、あの宗教の男たちを見るに、公的機関である病院でも何をされるか分からないと思うのも頷ける。
ただ、このボルトは病院案件だ。
さっき調べたところ、大きめの病院は駅の向こう側にあるようだった。
せめて駅まではバスで行き、そこからタクシーで病院に行けないものか。
今気づいたが、ここからタクシーを呼べばよかったのでは?
俺も十分平常心ではないらしい。
「千賀、頼むから止まってくれ」
千賀の動きがピタリと止まった。
まだ、俺の言葉は有効か。
俺はその隙に、千賀の頭に頭突きをし、驚いた千賀の隙をついて腕の中から這い出して……転けた。
おかしい。
身体がうまく動かない。
千賀も本能ではなく頭で俺の様子がおかしいと気づいたようだ。
「山村?」
「身体が、動かない」
舌にも少し痺れがあり、喋り辛い。
俺は腕に刺さったボルトを見やる。
まさか。
「毒が、塗られていた……?」
「恐らくは、遅効性の麻痺毒だろう。麻痺性貝毒に似たものかもしれない」
千賀がいつもの研究者然とした態度で答えた。
「分かって、いたのか」
「血の味が少し違っていた」
その理由は全く研究とは関係なかった。
期待した俺が損をした。
「病院に行って、治療をしよう」
「狩人、は」
狩人は俺たちの職場まで追いかけて来るかもしれない。
「この際私の社会的な地位よりも、君の命の方が大事だ」
千賀はあくまで冷静だった。
腕の傷口に砂がつかないようにハンカチを巻くと、俺の背中と両膝に腕を回して持ち上げ、そのまま陽光降り注ぐ公園へと身を躍らせた。
「お姫様抱っこじゃん!」
俺は数瞬後に気づいて身体を捻ろうとするも失敗。
仕方なく、恥を堪え忍びながら大人しくお姫様に徹することとなった。
千賀はそのままバス停まで向かい、普通に並び始めた。
幸い他のバス待ちの人はおらず、他人の視線に居た堪れない思いをすることは避けられた。
バスは遅れているようで、まだ来ない。
すると、一台のタクシーが目の前で止まった。
窓が開き、あの独特な匂いがする。
高齢とも見えるドライバーさんが俺たちに話しかけて来た。
「兄ちゃん達、大丈夫か? 急いでいるんだろ? 俺が乗せてってやるよ」
千賀は頷いて車に俺を乗せようとする。
俺は「罠だ」と言うのが遅く、既に千賀と俺は車に乗せられていた。
バックミラーに黄色のお守りが揺れるのを見て、千賀は自分の選択が誤っていたことに気づいた。
車が来た道を戻る中、俺は小声で「催眠は?」と千賀に聞くと、千賀は静かに首を振る。
もうできないらしい。
タクシーの運転手は、何やら無線でやり取りをしている。
「いざとなったら、あんただけで、逃げろ」
俺は千賀にそう言った。
明らかに今の俺はお荷物だからだ。
「嫌だ」
「あんたが殺されるよりマシだ」
千賀は黙り込んだ。
「俺は、自分が生きたいのと、同じくらい、あんたにも、生きていてほしい」
「……私が、既に死んでいても?」
「俺は、今のあんたが、大事だ」
「……」
この先、何が起こるか分からない。
状況は逼迫している。
だから、話せなくなる前に、俺が伝えられることは伝えてしまいたかった。
「兄ちゃん達、ここん人達は皆いい人達ばっかだから。その腕も治してもらうんだよ」
タクシーの運転手はそう言って俺たちをあの宗教施設の前で降ろしていった。
「腕、怪我させられたの、ここなんだけどな」
ちなみにお代は請求されなかった。
本当に、善意というものが一番恐ろしい。
俺が千賀に肩を貸されながら立っていると、施設から二人の男が出て来た。
「待っとったで、シンデレラはん。ガラスの靴はこちらに用意したーるさかいな」
「あんたら、覚悟しておけよ」
「なんで?」
氏家は不思議そうな顔で俺を覗き込んだ。
「こんなことをして、タダで済むと思ってんのか」
「あんたが怪我したのは意外やったけど、いけるやろう。あんただって、警察に化け物を庇うて怪我をしたなんて言えへんどっしゃろ」
「いや、普通に、言えるが」
氏家は黙った。
俺は、足がもつれて転びかけた。
そろそろ、歩くのもしんどくなってきた。
千賀はそんな俺を見かねてまたお姫様抱っこをした。
俺は抵抗のしようもなく、されるがままに身を委ねるしかなかった。
「あっはっはっは、あんたらやっぱウケるわ」
氏家は手を叩いて大笑いしている。
元はと言えばお前が撃ったクロスボウのせいなんだが。
「あなたにとって、この男は何なんだ」
神保はそう千賀に話しかけた。
千賀は、いつぞやの時と同じように、
「山村は、俺の大事な人です」
そう言った。
俺たちが連れて来られたのは、少し広めの教会のような部屋だった。
重厚な木で作られた長椅子が整然と並び、大きな窓からは西日が差している。
正面には、よく分からないが神棚の祠のようなものと、長い机が置かれていた。
俺たちが部屋に入ると、重々しい扉ががっちり閉められ、鍵がかかった。
これは、二人で逃げられなさそうにはない。
「ほな、『悪魔祓い』を始めるとしまひょか」
氏家の手にはサプレッサー付きの拳銃が握られていた。
銃刀法違反だ!
俺は千賀によって長椅子の一つに座らされた。
椅子は千賀よりも硬くて冷たい。
「少し待て。話がしたい」
意外なことに神保が待ったを入れた。
神保は千賀の方に向き直った。
「あなたは、一体何だ」
「それは私にも分からない……」
神保の抽象的な質問にしかし、千賀は自分の今の状況を素直に答えた。
「あなたは人間か? それとも化け物か?」
「私は、少なくとも人間でいたい」
神保はその言葉に偽りがないことを確認して頷いた。
そして氏家に向き直ると、
「俺達は早まってしまってはいないか?」
そう問いかけた。
「はぁ? 何言うてるんどすか先輩。『人を害する化け物は死すべし』、そうと違うんどすか?」
「これはまだ人を害していない。お前と違ってな」
氏家ははっとした顔で千賀を見る。
そうだぞ、千賀はきっとあんたらを傷つけることの方が容易いのに、それをしなかったんだ。
「事実を、みとめろ」
俺は舌をもつれさせながら神保の援護射撃をした。
「あー、もうやかましい! こいつの化けの皮を剥いだら分かるやろ!」
不意に、銃口が俺に向いた。
俺は真っ暗なマズルの穴に身を竦ませた。
「氏家。それは駄目だ」
神保が氏家を諌めた。
「狩人がそれをやってはいけない」
「やったら、どないしたらええか教えとくれやっしゃ!」
「こうだ」
不意に神保が動き、千賀から強い甘い匂いが漂った。
神保の手には、硬質な輝きを放つ刃物が握られていた。所謂脇差というものか、細身で美しいその刀身には、黒いばかりの血が塗られていた。
「千賀!」
千賀なら避けられたはずだ。
だが、千賀は黙って動かずに神保に刺された。
なぜなら、千賀は俺を氏家の銃口から守っているから。
事ここに来て、俺の存在が千賀の足を引っ張っている。
だが、逃げようにも身体が動かない。
それに恐らく、千賀を人間側に縛りつけているのは、俺の存在だ。
俺がいなくなれば、千賀は化け物になる。
キィンと澄んだ音がした。
千賀が伸びた爪で器用に神保の刃を弾いている。
また俺は一瞬、気絶していたのか。
気をしっかり持て、俺が千賀の楔なんだ。
氏家は俺を狙ったまま動かない。
クソッ、俺は人質かよ。
千賀は時々攻撃を受け損ねては傷つき、その度に傷は治っていく。
あの再生だって無限ではないはずだ。
ふっ、と千賀が俺の視界から逸れた。
タァン!
火薬の匂いと共に、俺の頬に鋭い痛みが走る。
「シンデレラはんあかんやないか、王子様もちゃんと見てへんと」
氏家の撃った弾は椅子に当たり、跳弾が俺の頬を掠めていったようだ。
「ガァあっ!」
千賀が吼えた。
神保の刃を腕を斬らせて受け止めると、一瞬動きが止まった隙に神保の鳩尾を蹴飛ばした。
あの大男が冗談のように軽く吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。
千賀は俺の側まで駆け寄り、俺を抱き締めて氏家の攻撃から守ろうとした。
「的止まってくれておおきに。狙いやすおしてええなぁ」
タァン!
タァン!
タァン!!
火薬の匂いが広がり、銃弾が千賀の背中に撃ち込まれる度に俺にも衝撃が走る。
千賀は目を瞑って必死に耐えている。
俺はのろのろと動かない腕を上げて、そんな千賀の頬を優しく撫でた。
俺の頬から流れる血を見て、千賀の表情が抜け落ちた。
まずは頬を舐め、少しずつ下へ移動し、遂にうなじへと行き当たった。
千賀は執拗にそこを舐めている。
俺は迷った末に、
「無理、するな。俺は、大丈夫だ」
そう声をかけてやった。
だが千賀はその声に我に返り、
「ぃ、やだ。嫌だ嫌だ嫌だ!」
俺を突き飛ばすような勢いで立ち上がった。
「あなたは……」
神保が腹を押さえながらこちらに来ていた。
神保が氏家の射線上に入っているから、銃撃されなかったようだ。
神保の声に、千賀ははっと顔を向けた。
「……吸血鬼、だったのか」
神保は呆気に取られた顔をしている。
千賀の唇からは、牙が覗いていた。
この話で唯一とも言える貴重なバトルシーンです。
千賀が痛めつけられる姿を目に焼き付けよう!




