025 とうぼうと公園
山村はかわいいですね。
勇気ある子は一歩前へ。
「君たちがただの人間であることを、俺たち狩人に示してくれ」
千賀が顔を上げた。
俺は、その言葉にはっと気づいた。
彼らが、狩人だったのか。
彼らにだけは、千賀が化け物だとバレてはいけない。
「千賀、行くぞ」
俺は小声で千賀に言った。
千賀も小さく頷いた。
俺たちが立ち上がると、
「今からどこに行くんどすか? お手手繋いでデートどすか?」
氏家がそんなことを言い始めた。
「そうですね。天気もいいので楽しめそうです」
しかし神保が扉の前に立ち塞がる。
「通す気はない」
「これって、監禁罪に当たりますよね?」
俺はスマホで録音を始めた。
「あんさんらの意思でここにおるんやなかったどすか? うちらの記憶違いでっしゃろか」
「いいえ違います。俺たちは脅されて来ました」
「証拠は?」
「この閉じ込められている状況で必要ですか?」
俺の逆質問に、氏家は「はぁー」とため息を吐いた。
「神保はん、もうええ子ぉの振り、やめにしまへんか?」
「まだだ。まだ尻尾を出していない」
神保は俺のスマホを顎で指した。
「どうしてそんなに俺たちを疑うんですか。こんな部屋に閉じ込めて尋問めいたことまでして、何がしたいんですか!」
俺は録音を意識しながら芝居がかった台詞を喋る。
そんなことをしていたから、初動が遅れてしまった。
ガシャ、バシュン!
俺は痛みのあまり、スマホを取り落とした。
「あーもう邪魔臭くてかなわんわぁ。疑わしきは罰したらええんどすえ」
氏家の手には、小型のクロスボウが握られていた。
俺の右腕にボルトが刺さり、血が流れ出る。
千賀が動いた。
「退いて下さい」
千賀の甘い匂いが強くなると、神保がすっと扉の横にずれた。
「山村!」
千賀は痛みで悶える俺の手を引き、走り出した。
嫌なことに、幾度も繰り返した採血のお陰で、多少痛みには強くなっていた。
右へ左へ、元来た道が分からないものの、千賀は迷いなく進んでいく。
途中人と出会うも、突き飛ばさん勢いですれ違ってかわす。
とうとう、非常口の階段の前まで来た。
しかし、鉄の扉が閉まっており開かない。
ここまで来れば俺でも分かる、この扉のすぐ先は外だ。
「山村、俺に乗ってくれ」
千賀が背中を差し出した。
俺は迷いなく背中に乗った。
俺をおぶさった千賀は、非常口から一番近い窓を開けて、身を乗り出した。
風が俺の頬を撫で、血が千賀の服を濡らす。
千賀は器用に窓枠を掴み、次の突起を掴み、突起がない時は爪を隙間に挟み、俺を背負いながらボルダリング選手顔負けの方法で非常階段を目指した。
俺はブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」で、確か城の外壁を爪で引っ掛けて登り降りするシーンがあったなと思い出した。
千賀は外に出たことで少し元気になったが、降り注ぐ日の光にダメージを受けているようだ。
カカカカカと千賀は人を背負っていると思えないほどのスピードで階段を下っていく。
「山村、大丈夫か?」
「あんたの方が心配っすよ」
「私はまだ心配ない」
とうとう階段の下まで着いたが、やはり扉が開いていなかったので、千賀は華麗な身のこなしで手すりから外へと飛び出した。
「待っとったで、わいらのシンデレラはん」
その瞬間、千賀の身体が揺れた。
両腿、腹、胸と、連続して太いボルトが刺さっていく。
千賀は俺を背負っているから、逃げ切れていない。
「まだ12時にはなってへんさかい、王子様の前から逃げんといてくれ」
氏家はクロスボウを構え直した。
神保が後ろから追いついて来る。
「氏家。これで催眠が使えるだけの一般人だったらどうするつもりだ」
「別に構わへん。上の人揉み消してくれるはずや。それに」
千賀に刺さったボルトは、少しずつ体内から押し出されて地面に落ちた。
血も出ていない。
「ちゃあんと化け物やったみたいで、安心したわぁ」
「千賀!」
千賀は動かない。
いや、動けないのか。
息が荒い。
千賀の甘い匂いが少しずつ強まっている。
何かをするつもりだ。
「止まれ」
氏家と神保がまるでビデオの一時停止のようにフリーズした。
ついでに俺も千賀にしがみついていた腕が硬直し、危うく落ちそうになったところを千賀に支えられた。
千賀、こんなこともできるのか。
我が軍は無敵じゃないか。
「行く、ぞ」
いや、千賀は何かを抑えている。
何か代償があるに違いない。
千賀は俺を背負いながら、何とかその場から逃げ仰せた。
近くの公園に来る頃には、俺の金縛りも解けて来ていた。
公園は木陰が多く、心地よい風が吹いていた。
千賀は見つけたベンチの前で俺を降ろすと、ベンチに凭れ掛かるように座り込んだ。
千賀の顔には、ちらちらと木漏れ日が当たっている。
「あっち」
俺は、子ども用のドーム型の遊具を指し示した。
あそこなら、日の光からも逃れられるだろう。
千賀はゆるゆると立ち上がり、俺と共に遊具の中に入った。
大人の俺たち用には作られていないそこは、這って入らなければならなかった。
せっかくの服に砂が付くのも構わず、二人で一番陽の当たらない場所を探し、そこで腰を下ろした。
状況はかなりまずい。
千賀の催眠能力がバレた上で、化け物であることが露呈してしまった。
しかも、俺の右腕にはクロスボウのボルトが貫通しており、血が出続けている。
徒歩で来られる程度の公園に、あの男たちがすぐ来ないとも限らない。
千賀は不意に俺の右腕を持ち上げた。
肘から持ち上げるように押し戴き、顔を寄せて肘から少しずつ血を舐め取っている。
ガス欠か。
最初は遠慮がちだったが、次第にエスカレートしていき、遂に牙を当てて甘噛みしようとして来たので、俺は空いている左手で千賀の頭を軽く引っ叩いた。
引っ叩かれた千賀は少しフリーズした後、見る見る内にまずいという顔をし、
「違うんだ」
とか言い訳をし始めた。
「何も違わないだろ」
現に千賀は俺の右腕を離そうとしない。
俺の右腕は奴の唾液で濡れている。
正直キモい。
だが、千賀がいなければ、俺はあそこから脱出できなかった。
千賀は必死に俺を守りながら、相手にその攻撃性を向けることなく、その場から逃げた。
状況は悪いにしろ、千賀の対応は間違いとは言い切れない。
今のベストを尽くした結果だと思う。
「スマホ、持ってるか」
俺のスマホは、ボルトが刺さった時に床に落としてそのままだ。
千賀は胸ポケットから自分のスマホを取り出し、パスコードを打ち込んでから俺に差し出してきた。
俺はフリーの左手を使い、地図アプリを開く。
駅からは少し離れているものの、バス停は公園の裏側にある様子。
バスも、30分に一本程度はあり、今は行ったばかりのようだ。
「あと20分したらここを出て、バスに乗って駅に行くぞ」
千賀は俺の腕を舐め続けており、俺の話を聞いているんだか聞いていないんだが分からない。
俺は右腕を引こうとしたが、びくともしない。
何という怪力。
千賀は獲物が逃げると思ったのか、俺の腕を片手で持ったまま、俺の両腿の下に腕を回してひょいと俺を持ち上げ、自分は胡座をかいてそこに座らせた。
左腕で俺をがっちりとホールドしながら、延々と流れてくる血を舐め続けていた。舐められ過ぎた腕が少し赤くなってきている。
俺は抵抗しようと身を捩ったが、千賀の腕が動く気配はない。
今更ながら俺は、肉食獣に捕まった、哀れなウサギであることを思い出した。
違うんだ、は草。
確信犯だよコイツ、マジでタチ悪いな。
うさちゃん捕まえてて、うれしいですか?
えぇ??
(ガラの悪い作者)




