024 しせつと狩人
きな臭くなってきましたねぇ!
わたしゃ生き生きしてきましたよ!!
嘘、この物語書いている時、私、ずっと生き生き。
終業後、俺はいつものように採血されていた。
さすがにここまで繰り返すと採血の感覚にも慣れてきた。
「俺がやっといて何ですが、なんでこの格好がいいんすか」
俺は千賀の膝に座りながらそう聞いてみた。
「いや、その……温かいものが私の腕の中にあるのが、心地良くてな。良い匂いもして、美味しそうで、食事に熱が、あっ」
うなじに生温かいものが垂れてきた。
千賀が俺の血を垂らしたようだ。
「そ、その……舐めて、良いか?」
血生臭い息が耳元に何度もかかる。
かなり興奮しているのか。
「だーめ」
俺はハンカチを出し、千賀の腕を退かしながら首元を拭った。
「そう、だよな」
千賀の声には落胆と安堵が滲んでいた。
日曜日。
俺は◯◯駅で千賀と待ち合わせをした。
千賀は駅のロータリーにある木の陰に落ちていた。
いや、千賀は物ではないのだが、その表現が一番しっくり来る。
「お待たせしました」
「……」
千賀は無言でゆらゆらと立ち上がった。
これは相当ダメかもしれない。
「ほら行きますよ」
冷たい千賀の手をぐいぐいと引っ張り、事前に確認しておいたバス停に並ばせた。
俺たちが並ぶと、すぐさま後ろには長い列ができた。老若男女様々であるから、恐らく信者たちなのだろう。
この人々が全員敵に回った瞬間を想像し、俺は身震いをした。
千賀がバスで交通系ICカードをタッチすると、10967円と表示された。
大分金入ってんなと思った。
俺は千賀を席に座らせ、カーテンをかけてやり、自分は座らずに横に立っていた。
「次はー、◯◯前ー、お降りの方はブザーでお知らせください」
俺がブザーを押すよりも早く、様々な人がブザーに触れていた。
やはり皆信者で、聖餐会とやらに参加しに来たのだろう。
「……山村、やっぱり」
「行けばすぐ終わります。あんたに……社会人でしょ? 嫌なこともやらなきゃならんのです」
俺は行きたがらない千賀を無理やり引っ張って進む。散歩拒否大型犬かよ。
いや、分かってはいる。
きっと、千賀は招かれていないことを本能的に嫌がっている。
もしかしたら中に入れるかも分からない。
だが、と千賀を見やる。
千賀は顔を伏せて、不自然にならない程度に拒否を示しながらも、俺に手を引かれている。
濃いサングラスの隙間から長い睫毛が瞬いているのが見える。
千賀は、人間でいることを選んだ。
選択には、責任がつきものだ。
変な形の建物はしかし、真新しく清潔であった。
ゴミ一つないエントランスが、俺たちを迎える。
まぁ、さすがに取って食われることはないだろう。
本来取って食うはずの怪物も、隣で大人しくしている。
俺はあくまで堂々と、受付に向かった。
「こんにちは」
「こんにちは、そちらに呼ばれて来た山村と千賀です」
「山村さんとお連れの方ですね。ご案内します」
受付の男性が俺たちをエレベーターへと誘導する。
まずいな、別の階となるといざとなったら逃げ辛い。
俺の心配をよそに、マスクとサングラスで分かりづらいが、千賀はとにかく気分が悪そうである。
何も話さないし、そういえばずっと手を繋いでいるのだが、建物に入ってから小刻みに震えている。
きっと、汗がかけたのなら、額に脂汗が浮かんでいたはずだ。
エレベーターはスムーズに上がり、3階で止まった。
ギリギリ飛び降りられる高さである。
案内は、右へ曲がって、左へ曲がって、小階段を上がり、部屋を通って、また右へ曲がり、鉄扉を通って……とかなり複雑な道を通る。
これはよくない、理由は分からないがかなり警戒されている。
俺も警戒レベルを最大まで上げた。
千賀は今すぐにへたり込みそうだが、何とか俺の手を握りしめてついて来ている。
「こちらです」
案内はノックをし、返事を聞いてから「失礼します」と扉を開けた。
小さなオフィスの会議室のような部屋だったが、部屋の四隅に太い蝋燭が燃えており、あの独特の匂いを放っていた。
中には二人の男がいた。
一人は神経質そうな細面、一人は色黒の筋肉質な男だった。
匂いは蝋燭の匂いで分からない。
「お掛けください」
俺たちは、男たちと対面になるように席に着いた。
「こんにちは。うちは氏家どす。よろしゅうお頼申します」
「神保だ」
細面で京都弁が氏家、色黒で無口が神保というらしい。
二人とも、俺たちに手を出して握手を求めてきたが、千賀は握手ができない。
俺は千賀のことを思って、手を出さなかった。
「握手もしてくれへんなんて悲しおすなぁ?」
氏家は本当に悲しそうな表情を作るが、
「脅しで呼びつける輩に礼儀を払う必要があるか?」
と俺は千賀以外とは繋ぐ気のない右手をひらひらとさせた。
「安心しとぉくれやす。わしらも、『悪魔憑き』とは仲良うする気はあらしまへん」
氏家は細い両目を更に細めて笑みを作った。
「とはいえ、お客はんにお茶を出さへんのは失礼どすなぁ。お客はんも、出されたお茶を飲まへんのは失礼や思わしまへんか」
すると神保が別の机に置かれていたお茶を俺たちの前に置いた。
俺は、目の前のお茶をよく観察する。
色は普通、容器も普通。
しかし、匂いにやや薬臭いものを感じた。
「歓迎のお茶ならありがたくいただくが、こんな異物が混入しているもの、飲食店だったら一発アウトだな。あんた京都の人だったら早くぶぶ漬け出してくれよ」
氏家は目を見開いた。
「あんた、そないに鼻がええのなら、隣の男の異変に気づいてるんやないの。それとも、知った上で協力してるんか?」
「異変?」
俺はすっとぼけた。
「うちの奴が一人、荷物も持たずに帰ってきた。これを異変と呼ばずに何とする」
神保が口を開いた。
まるで、苔むした岩のような迫力がある。
本当に堅気の人間なのか怪しい。
「俺もその場にいましたが、こちらは普通に千賀先生を追いかけて来たので、『用事がないなら部屋に帰れ』という意味で追い返しただけです。彼女が本当に帰ったのなら、それは彼女の意思なんじゃないですか。知りませんよ」
俺は冷や汗をかきながらも、男たちに事の顛末を掻い摘んで説明した。
恐らく彼らには、千賀が催眠のような力を使ったことがバレている。
だから、俺は、少しだけ事実を捻じ曲げる。
「彼女は『帰りなさい』と言ったと聞いた」
「そうです。『帰りなさい』と言いました」
「どちらが、言ったんだ?」
俺は咄嗟には答えられなかった。
少し流れた沈黙に、千賀が「私です」と答えた。
二人の男の目が一気に千賀へと向かう。
まずい。
「俺も彼女に『帰れ』と言いました」
「あんた、催眠術を使えるのか?」
ダメだ、俺の話はもう聞かれない。
千賀は本当に知らなさそうに、「催眠術?」ととぼけているように見える。
「それか魅了か? どちらにしろ危険だ」
神保が立ち上がった。
かなりデカい。
「俺たちは、どうしたら帰してもらえますか?」
俺はダメ元でそんなことを聞いてみた。
「そらあ、うちらの気ぃ済むまでやで、お嬢はん?」
氏家は目を細めてニヤリと笑った。
「じゃあ、どうしたら気が済みますか?」
俺はさらに食ってかかった。
チャンスはここにしかない。
「君たちがただの人間であることを、俺たち狩人に示してくれ」
おぉ!
ドン!!
ついに敵が出たぞ!!
やっちまえ!!
とはならないんですよね。残念。




