021 がくせいと宗教
何かついでだからネットの賞か何かに応募してみよう(タグつけるだけ)と思って、七万字? とか必要らしいんで、そこまではスイスイと投稿しようかなと思っています。
毎日一万字くらい書いているんで、ストックには余裕があるんですよね(基地外)。
次の日の朝。
千賀の手という逆カイロでひんやりを堪能していると、千賀が「誰か来た」と言うので不自然にならない程度の速さで席へと向かった。
「おはようございます、あの、海堂先生のお部屋はこちらですか?」
学生と思しき、あまり派手さのない若い女性だ。鞄には黄色のお守りが揺れている。
それに、すごく強い独特の線香の香りがする。仏家の人なのか?
「そうですよ」
「あの、私、◯◯大学三年の貴志と言います。今日から海堂先生の研究のお手伝いで来ました」
「でも、まだ海堂さんは出勤されてないですね」
俺はそう答えた。
あの几帳面な海堂女史が、俺たちに何も言わずに、しかも自分が出勤せずにこの子を待たせておくとは思えない。
何か理由がありそうだ。
「あなたは?」
貴志と名乗った学生は俺を無視して千賀に向かってそう尋ねた。
俺は早速何だよこいつと思った。
「千賀だ。海堂さんとは同室で、動物を研究している」
千賀は普通にそう答えた。
「千賀さんって言うんですね! そのマスクはおしゃれなんですか?」
貴志とやらは速攻でデリカシーのない質問を繰り出してきた。
千賀がなぜマスクをしているかといえば、無意識に牙が伸びるとまずいという理由からだ。
本人(?)からそう聞いている。
「これは、あまり喉の調子が良くないからです」
そして、そういうカバーストーリーにしている。
「えー! もったいない。千賀先生、とってもイケメンなのに」
こいつ今なんて言った?
「お前、本当にマスクが必要な人にもそれ言うのか?」
「うーん、はい! 事実なので!」
俺はブチギレた。
「お前今自分が何言ったか分かってんのか?」
「え、何か良くなかったですか?」
「あのなぁ……」
「あっ、もう来てる!」
その時、海堂女史が慌てて部屋に入ってきた。
「午後からって話じゃなかったでしたっけ?」
「時間があったから来ちゃいました! 先生のお手伝いをいっぱいしたいです!」
「はぁ……分かりました。午後からのつもりだったので、午前中は空いていますが……」
海堂女史はちらりと俺を見る。
「山村さん。無理にとは言いませんが、山の見回りにこの子を連れて行くことは可能でしょうか?」
俺は正直御免被ると思った。
だが、と思い、千賀を見やる。
千賀は俺を見ている。
この幼気な怪物の千賀に、このふざけた学生を近づけておきたくはない。
千賀も千賀で何のボロを出すか分からないし、この学生はどんな失礼なことを言い出すか分かったものではない。
「わかりました。今日だけですよ」
と言った俺が馬鹿だった。
普通に午前中仕事して、午後一人で見回りに来る方がよほど賢かった。
「ねぇ、千賀先生の下のお名前って何なんですか?」
「自分で調べろ」
「千賀先生って、奥さんいるんですか?」
「知らん」
「千賀先生って、」
「俺はどうでもいいのか」
こんな失礼な女に千賀の名前を連呼されるのを止めたくて、俺はわざと貴志に突っかかった。
「んー、どうでもいいっていうか、普通? で、千賀先生ってさ」
「何なんだよお前」
「◯◯大学のぉ、貴志です!」
「だから何なんだよ……」
足を止めて振り返ると、貴志は本気で理解できないという顔で俺を覗き込む。
「俺は千賀のことは話さないからな」
「えー、ケチ! 他に話す内容といったら……そうだ!」
貴志は満面の笑みでこう言ってのけた。
「あなたは神を信じますか?」
「はぁ?」
もしもし、俺山村。
いま宗教勧誘に遭ってるの。
「この世界って、神さまが作ったものなんだよ。知ってた?」
「あーはいはいそうですか」
俺はシカの餌を撒きながら適当に話を流す。
まともに話をしても無駄だからな。
ちなみに彼女は「ちょっと持てません」とかほざいたので荷物は俺が持っている。
なんでついて来た!
俺が許可したからだ!
くそったれ!
「ええと、あなた名前は?」
失礼すぎる、なんだこいつ。
「山村」
「山村くんって、真生訳三千世界聖書って読んだことある?」
「あーはいはい」
「ね! あれを読むと全部がわかった気がするよね! ね!」
貴志は俺の周りをぴょんぴょんと跳ね回る。
邪魔。
お前も罠にかけてやろうか?
「あっつ」
俺は山ではあまり良くないが、暑さのあまり長袖を肘まで捲った。
「山村くん、献血なんてやってるの? ダメだよ」
貴志は俺の腕を見て、ノンノンと手で小さくバツを作った。
「あぁ?」
「いかなる生き物の血も、決して食べてはならない。すべての生き物の命は、その血だからである。それを食べる者は断たれる。だーよっ!」
俺は胃に冷たいものを感じた。
それは、まさに千賀のことだったからだ。
「輸血ってさ、他の人の血を食べることになるじゃんね。だから、それを助長する献血も、すっごく良くないことだと思うんだよね」
「……輸血をしなければ、死ぬ人間がいてもか?」
口が乾燥して、舌が口蓋に張りつく。
貴志の信じる教義は、千賀の存在を真っ向から否定する。
「うん! だって、輸血したら世界の終末で生き返れなくなっちゃうんだよ? そっちのがイヤだよね」
ダメだ、貴志と俺たちは相容れない。
「だからさ、そういう人がいたら、私達が悪魔祓いをしてあげるの」
貴志は屈託のない笑みを見せた。
「一つ聞いても良いか?」
「なぁに? 山村くん」
つい口をついてどうして歳上をくん付けして呼ぶんだと言いそうになったが、そこは堪える。
「お前、『エロヒムの救済』の信者で合ってるか?」
「そうだよ」
線香、黄色いお守り、そして輸血拒否。
世界でも有名な新興宗教の名だ。
俺はそれを聞き、スマホを取り出して千賀に連絡をする。
[貴志はエロヒムの救済の信者だ。あんたの存在を否定する。警戒しろ、この女は危ない。]
「何打ってるの?」
ひょいと貴志が覗き込む前に、スマホの画面を閉じることができた。本当に危ない女だな。
「千賀に連絡しといたんだ。ちょっと気になる足跡があったってな」
罠場には、朝晩の気温差で湿気たシカの餌と、見覚えのない大きな足跡があったのだ。
俺はそれを写真に撮って、千賀にそれを送ったと貴志に説明した。
「え、でも、これからすぐに帰るんじゃない?」
「もし俺たちがこのままクマに襲われたらどうする。報告、連絡、相談だ」
「あっ、ほうれん草ですね! 知ってますよ」
知ってても使ったことあるのかこいつと思いつつも、俺は努めて貴志を無視しつつ、適当にあしらいながら研究室へと急いだ。
「ただいま帰りました。後はよろしく頼みます」
俺は挨拶もそこそこ、厄介な貴志を海堂女史に受け渡してトイレへ向かった。
これでミッションコンプリートである。
トイレで用を足し、手を洗ってからスマホを見ると通知が来ていたことに気づく。
千賀からだ。
[宗教で差別するのは良くない。それに、私の存在は否定されて然るべきだ]
また懲りずにこんなことを言ってきやがる。
俺はすぐさま、
[違う! とにかく、あんたは貴志と話すな。情報を渡すな、いいな?]
と返信し、急いで研究室に帰った。
「私は、献血が悪いことだとは思わないよ」
千賀は心なしか優しげに貴志にそう返事をしていた。
なんで、こう、ピンポイントでまずい話をするんだよ!
「だったら、どうして山村くんを咎めないんですか?」
会話になってない。
千賀もこれには頭を抱えた。
「君が何を信じるのも自由。彼や私が、何を信じるのも自由なんだ。分かってくれるかい?」
「でも、神を信じないと救われませんよ?」
「貴志さん。ここではその話、やめてくれるかな?」
海堂女史が話を止めに入った。さすが海堂女史。
「えっ、でも」
「貴志さんはお昼どうするの?」
ここで海堂女史が畳みかける!
「私、今日持って来てないです」
「じゃあ外で買っておいで。いってらっしゃい」
海堂女史は貴志を部屋から退けた。
これで厄介者は去った。
だが俺は知ってる。海堂女史は、非常食を机にストックしていることを。
「海堂さん、俺、彼女に宗教勧誘されました」
俺はここぞとばかりに海堂女史に告げ口をした。
「それはまずいわね」
海堂女史も真剣に聞いてくれている。
「この時期、私の研究が忙しくなってくるから、手が空いてる学生さんはいるかって母校に聞いてみたのよ。そうしたら、学生さんが私の連絡先をみんなに伝えたみたいで、あの子から連絡があったの」
「そういう経緯だったんですか」
「そう。それで、一度会ってみるかって話になって、この様子よ。山村さんへの宗教勧誘まであったとなると、見過ごせないわね。あの子には悪いけど、断る方向で話を進めようと思うわ」
さすが海堂女史。理性とバランスの取れた大人な対応に、俺は感心してしまった。俺もこういう大人になりたいものだ。
もう遅いかもですが、
この話は現実の事柄とは何ら関係がないです。
モデルはあっても、そのまま使わないように気をつけています。
だから、この宗教もオリジナル要素が盛り盛りです。
残念ながら、この話に出てくる全ては実在しません。
悲しいですね、すべて私の創作です。




