020 せんせいと同族
飲み会の時に昔の自分の暴露話されるのって居た堪れなくなりますよね。
千賀の車に乗り込むと、千賀は以前行った駅ビルの駐車場に駐車した。この辺りで一番栄えているのはこの近辺だから仕方がない。
駅ビルから出て繁華街を歩いてしばらく、高齢男性と女性が店の前で話している。
「ご無沙汰しております。高嶋教授、藤山先生」
「おお千賀君! 元気だったか?」
気さくに片手を上げて挨拶したのが高嶋教授か。
頭は白髪がほとんどで、かなり恰幅がいい。
歳は60を優に超えていそうな男性だ。
匂いはうっすら加齢臭があるかどうか、その程度だ。
「学会ぶりかな?」
縁のしっかりとした眼鏡を上げながら返事をしたのが藤山先生か。
この業界に多い、全く化粧っ気がなくショートヘアの妙齢の女性だ。歳は分からない。50代?
匂いは、微かに洗剤の匂いが服から漂ってるかな、という程度。
二人とも、恐らく白だ。
「店、入れるかな」
「確認してきますね」
千賀はあくまで優雅な態度を崩さずに颯爽と店の中に入っていく。
先ほどまで俺を膝の上に乗せたいことすらうまく伝えられなかった情けなさすぎる男と同一人物とは思えない。
俺はスマホのメッセージで[特に変な匂いはしない]と千賀に送っておいた。
「入りましょう」
千賀はゆるりと微笑んで、俺たちを店中へと導いた。
「最近どうかね?」
「ぼちぼちやらせてもらってます」
「◯◯とかの投稿論文も読んだぞ」
「恐縮です」
高嶋教授はビール片手に枝豆を摘みながら千賀に話しかけている。何も変なところはない。
「ビールもう一杯お願いします」
藤山先生は既に一杯目を飲み干していた。
早すぎる。酒豪か?
「ところで、彼は?」
高嶋教授の視線が俺に向いた。
「はじめまして。山村と申します」
「学生さん?」
藤山先生にもそう聞かれた。
「いえ、違います。研究所で千賀先生の助手やってます」
「あらあら、千賀『先生』って。あなたも偉くなったわね」
藤山先生の言葉には全く嫌味はなく、素直に千賀の成長を喜んでいることが伺えた。
千賀は少し照れている。珍しい。
「山村君。千賀は研究所でうまくやってるか?」
高嶋教授の声には少し心配の色が混ざっていた。
「千賀先生、昔からそんな問題児だったんすか?」
俺が試しに聞いてみると、高嶋教授は「そうじゃなくてだな」と話し始めた。
「千賀君はな、昔から何でもそつなくこなす子だった」
隣では藤山先生もうんうんと頷いている。
千賀を見やると、既に話を止めることを諦めている。
諦めるのが早い。
「だがな、共同発表と言っているのに、他二人には何もさせずに自分一人で発表したりだとか」
「一度財布も昼ご飯忘れてきたのに、何も食べないし何も言わなかった時もあったわね」
「裏でロボット説が囁かれていたりしてな」
「自分の育てていたサボテンひっくり返された時も、何も言わなかったってこともあったわ」
「一度千賀君が好きだという子から恋愛相談をされたんだが、お前、『自分は人と会う付き合う資格はない』とか言って断ったと聞いたぞ」
「そう、千賀くんは優しいし、人のこともよく見てて面倒も見てくれるからモテモテだったわね」
高嶋教授と藤山先生は、千賀の話を肴にして酒を飲み合っている。
千賀はまるで説教を聞いているかのように無言だ。
「山村君は大丈夫か? 千賀君で困ったことがあったら何でも聞くぞ?」
いま高嶋教授に何か話しても、基本全て酒の肴にされることが目に見えていた。
「そうですね……俺はいま、色々と千賀先生のサポートをしていますが、千賀先生は研究所でうまくやれてますよ」
今のところは、な。
「それにしても、千賀くんが助手をつけるなんて驚いたね。山村くんとはよくやってるの?」
「はい。山村は俺の……大事な人です」
千賀の告白に、俺はビールを吹き出しかけた。
千賀の足を小突いてやると、何が問題なのかよく分かっていなさそうな顔を向けてきた。クソッ、素でこれかよ!
「はっはっは、千賀君をサポートできるとはなかなかの逸材だな!」
高嶋教授は愉快そうに笑っている。そういう方向で捉えてくれてありがたい。セーフ。
「大事な人、ね」
藤山先生はニヤニヤと千賀を眺めていた。これはアウトくさい。この流れはよくない。
「別に俺は彼女いますし、千賀先生とは仕事上の付き合いだけですよ」
これは嘘だ、彼女はいない。ネカマのネット友達ならいる。
千賀がまた何か余計なことを言いそうだったので、足を軽く蹴飛ばしておく。
千賀は俺になぜ謂れなき暴力を振るのかと悲しげな目で困っていたが、また変なことを言って困るのはお前なんだからな。
「千賀君は本当に食べなくて大丈夫なのか?」
高嶋教授は千賀が何も食べないことが心配なようだ。そりゃそうだ、さっきからミルクだけを飲んでるのは普通じゃない。というかよく居酒屋にミルクなんてあったな。
「車で来てますし。それに、いま胃を痛めていまして」
「そりゃ大変だ。あまり根を詰めるんじゃないぞ」
なかなかうまい言い訳である。
千賀、こういうところはそつがない。
「高嶋先生、お酒はもう控えた方が」
「いまから良いところなの」
「あの、心拍が乱れています。不整脈をお持ちですか?」
「何故知ってる?」
好々爺然としていた高嶋教授から急に低い声が出た。
「最初に飲まれていた薬、心臓の薬ですよね。祖父もよく飲んでいましたから」
千賀はよく人を見ている。
以前も俺の心拍について言ってたから、きっと現在進行形で本当に拍動が乱れているのが分かるのだろう。
「そうだな、今日はここまでにするか」
「はい。すみませんチェイサーで水を下さい」
「私は芋をもう一杯お願いします」
千賀が手を挙げて店員さんに水を頼むと、藤山先生は酒を追加注文した。
千賀が何も言わないってことは、この人はまだ大丈夫なのだろう。恐ろしいほど強靭な肝機能だな。
ちなみに俺はそんなに酒が強い方でもなく、酒を楽しむ質でもないので、最初にビールを頼んだ後は炭酸飲料を飲んでいる。炭酸はうまいぞ。
「私が高嶋さんを最寄駅まで送りますから」
藤山先生は高嶋教授よりも遠くに住んでおり、駅で降りたことを見届けてくれるそうだ。
俺は彼らとはまた違う方向に帰ることとなる。
千賀は車だ。
「今日はご足労いただき、ありがとうございました」
「水臭いじゃないか、君に呼ばれればまた来るよ」
高嶋教授はあの段階で飲むのをやめてよかったと思う。少し足取りが覚束ない。
「千賀くん、体を大事にね」
藤山先生は千賀に別れを告げた後、
「山村くん、千賀くんを頼んだよ」
俺にそう言い残して去っていった。
俺は少し考えた後、
「別にそんな関係じゃないですから!」
と藤山先生に向かって大声を出すと、
藤山先生はカラカラと笑い、ひらひらと俺たちに手を振って高嶋教授と歩いていった。
「じゃあ、俺たちも帰りますか」
俺がそんなことを言ったその時、
「へぇー、珍しい。同族じゃん」
千賀と同系統の、腐りかけた甘い果物のような匂いを纏った男が現れた。
「俺たちに何の用ですか」
俺は千賀の前に立って牽制した。
男は、草臥れたスーツを羽織ってふらふらと歩いて来る。
「君は何? エモノ……じゃないか。じゃあ何?」
「あんたが化け物だってことは分かってる」
「へーぇ。わかるんだぁ? じゃ、狩人?」
にやりと三日月のように歪められた口からは牙が覗く。
一触即発の空気に、しかし千賀は俺を背に庇い、
「教えてくれ、私達は何なんだ? 何になってしまったんだ?!」
きっと今まで誰にも聞けなかった、そんな切実な疑問をぶつけた。
「ふーん、あんたなりたてかぁ。見たとこ親は近くにいないみたいだけど。まぁいいや、これオレの名刺ね」
男は質問に答えず、「じゃねー、今度酒でも飲もうや」と去っていった。
「危害を加えられずに良かったな」
やっと緊張の解けた千賀はふぅと一息吐いた。
「狩人がいるのか……」
俺は少し行動方針を変えた方がいいのではと考え始めた。
あまり目立つのは、よくないかもしれない。
しかし、トラブルというのはいつも思いがけないところからやってくるものだ。
ここの欄を自分のスペースだと勘違いしている作者
「ここは占拠させてもろたで江藤!」




