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002 きになる日常

私は昔の逃げ回っていた小説家とは違うんだ。

自分のやる気の無さに妨害される危険が少しでもあるなら、

書き上がっていない小説を投稿すると思うかね?


昨晩の内に、

18:50まで、3万2千字を14話までを10分おきに予約投稿したよ。

しかも小説自体は約18万字、書けている。


だから安心して読んで下さいね。

 今日は、森に仕掛けたカメラの回収日だ。俺は千賀と電池やSDカードなどの荷物を分け合い、山へと入る準備をする。

 並んだロッカーでお互い無言でダニ避けのレインウェアに着替えていると、ふと、昨日のものと似た甘い香りがした。


「先生、香水変えました?」


「香水など持ってはいないし、これから山へ行くのにハチが来る可能性がある。君も気をつけてくれ」


「はぁ」


 ふと何を思うことなく聞いた疑問も、当たり前過ぎる言葉で返されると怒りも湧かない。

 ただ、千賀が言いたかったのはそういうことではないらしい。


「はぁではない。香水の(たぐい)は今後やめてくれ」


「はぁ? 俺がそんなのつけるように見えますか?」


 意味が分からない。

 苛立ちを紛れさせた言葉にしかし、しばしの沈黙と、息を呑む音、そして、「そうだな、その通りだ。悪かった」とだけが返ってきた。


 森を歩き出したが、千賀はいつにも増して喋らない。何か考え込んでいる様だ。広いようで華奢(きゃしゃ)にも見える背中に無言で着いていく。落ち葉と枝を踏む足音だけが、静かな森に消えていった。


「あっ」


 野生動物用のトレイルカメラの点検中、ふと指に痛みが走った。


「っ悪い……ッ!」


 SDカードの受け渡しの際、千賀の爪に引っかかって指先が少し切れた様だ。

 ただ、千賀はまるで俺が大怪我をしたかの様に傷に視線が固定されている。


「別に。あ、爪切りでもしたらどうですか」


 いつもの意趣(いしゅ)返しとばかりにそんなことを言ってみるも、千賀は聞いているのか聞いていないのか分からない。


「ほらSD。受け取ってください」


 奴の手首を掴んでSDカードを握らせると、やっと「ああ」という返事が得られた。全肩透かしにも程がある。その時千賀の爪を見てみたが、短く引っかかることのないつるりと丸い爪であった。


 千賀の返事が遅かったことを気にしつつも、何か鳥でもいたのかと思い、それよりも傷の方を確認することとした。

 傷の方は、中指の指先が少し深めに裂けて血が滴っていた。

 よく千賀は血液を汚いと評する。

 だが、傷口に細かな砂利が入っているとまずいので、血は少し出しっぱなしにしておくことにする。


 帰り道、千賀は何が気になるのか、後ろを歩く俺の様子をちらちらと伺ってくる。


「何ですか鬱陶しい」


「血が、出ている……」


 千賀が消え入りそうな声でそう言うではないか。

 いつもの理路整然とした態度はまるでない。


「だから?」


「……そう、止血をしよう」


 奴はポケットからタオルハンカチを取り出した。

 だが、いつトイレで使われたか分からない他人のハンカチで傷を拭きたいとは思えない。


「もう大丈夫です。血止まってますから」


 ほら、と見せた手を千賀はすっと握って傷口をつぶさに確認する。

 あまりにまじまじと見るものだから、俺は、


「大丈夫ですから。……母親かよ」


 と言い、奴の手を振り払って先を歩き始めた。

 奴はいつも、気分で過剰に世話を焼いて、勝手に満足する。

 無意識のうちに弄っていた傷口からは、また少し血が(にじ)み始めた。


 研究室に帰る時には、丁度お昼時間になった。

 傷を水で洗い流して絆創膏を貼る俺よりも早く、千賀は自分の弁当を温め始めたのだが、電子レンジの方から異臭がする。

 すごく生臭いそれの正体に思い当たった時、


「レバーか!」


 とつい口をついて出た。


「鼻がいいな」


「いや……すごい臭いですよ……」


 千賀は感心している様子だったが、この異臭はまずい。俺はすかさず被害拡散防止のため研究室の開け放しになっていた扉を閉め、窓という窓を開けた。


「……そんなに、臭いか?」


「はい」


「そ、そうか」


 何故か千賀は少し言葉に詰まったが、俺はそれよりもいつものお高く止まった奴ではないことに違和感があった。


「調子悪いなら早退すればいいのに」


「いや、試したいことがあってな。夜まで残る」


 温め終わったレバー弁当を持って自席に帰ろうとする千賀に声をかけると、平然としてそう答えた。


「君も体調は大丈夫か? 早退してもいいぞ」


「別に何ともないんで」


 また母親のようなことを言う奴に苛立ちを覚えたが、単に会話の流れでそう聞いただけかと思うこととする。

 食事中も、何か様子がおかしい千賀の様子をちらちらと伺うが、別に普通に食事をしている様に見える。

 いつも通り、何が楽しいのか分からないような顔で一口ずつレバーを口に入れ、咀嚼し、またレバーを拾い、口に入れる。

 別におかしなことはない。

 ただ、時折風に乗ってレバーの臭いがこちらに届き、俺の食欲が失われていくだけである。


「こんにちはー! うわ、何か臭い?」


「こんにちは、海堂さん」


「こんちは」


 そんな中、海堂女史が出勤してきたが、やはり臭いと感じるらしい。


「千賀先生のレバーです」


 俺は真っ先に奴を告発した。


「あぁ! 千賀先生、レバーは血抜きしなかったり、高音で加熱し続けるとこんな臭いになるそうですね」


「……そんなに、臭いますか?」


「あ、そうですね、はい」


 海堂女史の回答を聞き、千賀は本気で落ち込んでいるように見える。もしかしたらこの調子では、普段食べている弁当の味だって当てにならないなと俺は鼻で笑った。


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