129 しゃげきとホラー
発砲音と、ガラスの割れた音。
ショッピングモールのまだ残っていたガラスに跳弾が当たり、砕けた音だった。
千賀は軍手をしながら、片手にペンキのバケツ、片手に瓦礫の一部を持つという、完全に日曜大工の神父という格好で戦っていた。
「千賀、ものを投げたりしないようにな」
ガラスをチラリと見ていた千賀に、俺はそう牽制しておく。
千賀が何か投げたら普通に銃弾より危ないからな。
銃弾が捨てられたソファに刺さる中、千賀はどうするのかと思えばソファごと進み始めた。
銃撃が止んだ瞬間、ナイフを持って飛び出してきた狩人の首に空中で印をつけた。
切り返して斬りかかるその女性の両手両足を一瞬にして拘束、顔を近づけて首元に流れる汗を一舐めして「美味しいね」と言い、そのまま銃弾の刺さるソファに寝かせて千賀は立ち去った。
女性はしばらく放心して動けていなかった。
「人の心を奪うのもダメだ。人の汗を勝手に舐めるのはやめろと言っただろ」
「汗でも駄目なのか」
「逆にいいものなんてねーよ」
俺はすかさず千賀に説教し、千賀はよく分かっていなさそうだったが頷いた。
これはまた説教が必要そうだ。
管制室にまた一人やってきた。
捕まった二人目の男が、首のインクを落としてからこちらにやってきたようだ。
「反省は?」
「相手が人間でないことを前提に動け」
「承知」
そう言って見習いは去っていった。
きっと、ああいう奴が伸びていくのだろうなと思った。
千賀はまた、ふらふらと歩いていく。
何を考えたのかは知らんが、動かないエスカレーターの手すりを滑り降りて遊び始めた。
「エスカレーターは、手すりから身を乗り出さず、黄色い線の内側に立ってご利用ください。今は訓練中なんだから、遊ぶんじゃない」
俺は千賀にそう話すと、千賀もマイクを見つけて話しかけてきた。
なんでマイクの場所が分かるんだ。
「え、だが、本気を出したら一瞬で終わってしまうから、これでも遊んでいる方なんだ」
「それは分かっている。そうではなくて……まぁいいか。そうやって油断してる内に撃たれても知らんぞ」
俺は忠告してやったからな。
神保もあまりに暇そうな千賀の様子を見て、椅子から立ってマイクの場所まで移動した。
「館内放送。神保だ。鬼はいま一階南エスカレーターの下にいる。人間の強さはその数にもある。千賀さんに傷をつけられた奴は褒美を用意しておく」
その館内放送を聞いた千賀は、軽く垂直跳びや屈伸をして、その場に留まっている。
ここで迎え撃つ気なのだろう。
ダァンと、千賀が足を退けたところに銃弾が刺さった。
それを皮切りに、千賀に向かって数ヶ所からの発砲が続いた。
千賀は一段と高く跳んだ後、天井を斜めに蹴り、トイレに駆け込もうとしたので、俺は「閉所はお前に有利過ぎる」と止めると、90度ターンをし、一人ずつ片付けていくことにしたようだ。
まずは、枯れた観葉植物の鉢に座っていた一人の首元を片腕で持ち上げ、締めて俺に「ステイ!」と怒られ、次に止まった自販機の影にいた一人のナイフを避けて足払いをし、顎ごと掴んでインクをつけた。
これで二人脱落である。
千賀が二人目を寝かしている時に、頭の横を銃弾が掠めた。
千賀はそちらを睨むと、すぐに腕の中の人間を置こうとし、しかし、腕を掴まれて一瞬対応が遅れた。
交差する銃弾は、一つは掠めたものの、もう一つは動かせない腕を貫通した。
カランとぼろぼろの床に黒い血のついた弾が転がる。
千賀は一足飛びに、銃の持ち主まで詰め寄って、首を掴んで締めて意識を落とし、もう一つの銃の持ち主の目の前に現れ、鳩尾を軽く突いて胃の中身をぶちまけさせた。
「千賀。やり過ぎだ。もう少し控えろ」
しかし千賀に言葉が届いているのかは分からない。
大分頭に血が昇っているのか、反応もない。
神保の顔と館内放送用のマイクを見ると、神保は頷いた。
「千賀ぁ! お前やり過ぎるんじゃねーぞ」
俺は館内放送で千賀を一喝すると、千賀は驚いたのか猫のように飛び退った。
俺は気が済んだので、席に座り直し、観戦を続ける。
千賀は匂いを嗅いで、ふらふらと店があったスペースに歩いて行った。
そこには一人の狩人がおり、千賀の足元をダダダっと銃撃した。
銃口が定まっておらず、銃の扱いに不慣れということが分かる。
千賀はすっかり楽しくなったのか、その狩人をターゲットとしたようだ。
狩人が逃げると、千賀は追いかける。
狩人が振り返ると、千賀が天井からぶら下がる。
狩人が走ると、千賀は回り込む。
「ひぃっ……はぁ、はぁ」
置いてあったマイクが、彼女の短い悲鳴を拾った。
千賀はじわじわと嬲るように、彼女を追い詰める。
最後、女子トイレに駆け込んだ彼女を、千賀はまず個室をノックした。
その後、扉ごと引きちぎって、「見つけた」と言い、優しく首を掴んでインクをつけた。
「会田、これどう思うよ」
俺は隣の会田に一連の流れの感想を聞いてみた。
「うーん、アウトじゃない?」
「やり過ぎだよな、ただ、それを伝えるのはとても難しそうだ」
会田と俺はうんうんと頷き合った。
「でも、サイコスリラー的な映画みたいで、ドキドキハラハラするよね?」
会田はそんなことを言い始めた。
俺は会田に感想を求めるのはやめようと思った。
「神保さん。うちの千賀がすみません」
「いいや、良い訓練をさせてもらってるよ」
俺は神保の言葉を世辞だと思ったので、「正直に言ってください」と伝えた。
「世辞ではない。本当に助かっている。我々がよく駆除するのは、千賀さんより遥かに弱い相手だ。だが、中には人間の姿を真似るものもいる。銃を向けても平気で、普段はお目にかかることも難しい討伐対象がこんな訓練に付き合ってくれるなんてことはまずないからな」
「そうですか」
俺は神保の話を聞いて、そんなものなのかなと思った。
俺にとって千賀は最早当たり前の存在なので、そんなことは意識したこともなかった。
そんな話をしている内に、先ほどやられた四人が管制室にやってきた。
「強過ぎるっす、勝てっこない」
「勝つ必要はない。自分に何が出来るかもう一度よく考えろ」
一人目の鉢の裏に座っていた男はすごすごと立ち去った。
二人目の男は、何やら怒っている。
「あんなの理不尽だ。神保さんはいつもあんな化け物と戦ってんのか」
「あ、俺たち神保さんに襲われましたから」
俺がそう言うと、男は驚いている。
「千賀さんとは一度刃を交えたことがある。俺の目的のためには、どんな手段を使っても相手を殺してやるという気概が必要だからな」
男はその言葉に何か思うところがあったからか、何も言わずにインクを落としに行った。
「ほら、わしが銃弾を当てたんやさかい、褒美をくれや」
そう言ってゴーグルを外したのは、氏家だった。
「氏家じゃん」
「久しぶりぃ」
俺を見て氏家は相好を崩した。
「まぁお前だろうと思った。褒美は俺の刀匠に何か刃物を作ってもらえるように頼む権利だ」
「おぉ〜」
氏家は、神保の褒美に嬉しそうだ。
「お前は早く戦線に復帰して、千賀さんの遊び相手になってやってくれ」
「分かってんでー」
氏家も手をひらひらさせながら去って行った。
「殺せなかった」
最初に千賀を殺すと言っていた見習いが残った。
「ちなみに千賀は弱点の銀の銃弾だが、ボロボロの飢餓状態の時に何発か撃ち込まれても死ななかったぞ。後なんか丸焼きにされたとかも言ってたから、本当に滅多なことでは死なないのだと思う」
俺がそう千賀のことを語ると、まるで化け物を見るかのような目で見て、「化け物がよ」と吐き捨てて去って行った。
「まぁ、化け物だからな」
俺の独り言に、会田はうんうんと頷いた。
こわいね。
多分千賀さん女子トイレ全部ノックしてるよ。
どこにいるか分かった上で、わざとね。
なぶってるよこれ。




