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なれと紫外線

 その後、俺と会田は適当に昼ご飯のおにぎりやサンドイッチを食べながら何となく千賀の観戦をしていた。


 千賀は結局、あれから一度も銃弾に当たらなかった。

 ナイフは言わずもがな。

 女性達はそれぞれ別の理由で千賀に向ける銃口が揺れ、男性達はそれぞれの思いを募らせていった。


「今日の訓練はこれで終わりにする」


 来た時よりも更に崩れたショッピングモールの中で、神保は見習い狩人を一列に並ばせていた。


「それぞれの反省は既に伝えた通りだ。狩人に向いていないと思った者は武器を置け」


 しかし、あの女性たちを含めて誰も武器を置かなかった。


「今日は良い勉強をさせてもらった千賀さんに挨拶を」


「ほんまおおきに」


 真っ先にそう言ったのは氏家だったが、その他の面々も三々五々に千賀に声をかけた。


「あざっす!」


「勉強になった」


「あ、あありがとうございました……あの、連絡先とか」


「千賀の連絡先はやらん」


 俺はとりあえず女性をブロックしておき、千賀に「なんか返事しとけ」と言うと、千賀は、


「遊びにはなったかな」


 そう一言告げて、俺にマントのように被さった。


「他に何か聞きたいことがある者はいるか」


 あの千賀にホラーを仕掛けられていた女性が手を挙げた。


「あの、あの。その、あなたに聞いてみたいのですが」


 女性は俺に何かを聞きたいらしい。

 俺は「どうぞ」と言うと、右を左を見てから、決心して話し始めた。


「あなたは、その、千賀さんが怖くないんですか? あなたの後ろにいるのは、あなたを殺して余りある化け物ですよ?」


「あー、そんなの慣れたわ」


「慣れた?!」


 女性は目を白黒させている。

 俺はまた何かやっちゃいましたかねと千賀を見ると、「山村」と愛おしそうに俺に擦りついてきた。


「千賀さ、最初飢えてる時に自縛して『殺してくれ』とか言ってたんだぞ? そんな奴、怖くも何ともないわ」


「はぁっ? えっ? なに?」


 女性は理解できていなさそうだったので、俺は補足してやった。


「極限まで飢えてるのに、俺が血を近づけても涎垂らして必死に我慢して耐えられる奴が、腹が満たされている今、そう簡単に人を傷つける訳ないだろ。現に、おい。千賀に傷つけられた奴はいるか?」


 狩人見習いたちは、誰一人として手を上げなかった。


「そういうことだ。こいつはちゃんと約束を守ろうとしてくれるんだよ、一応な。人間とは違うが、この社会で生きようとしてるんだ。あんたらにはまた付き合ってもらえると助かる」


 俺はそう言って、彼らに頭を下げた。


「山村君。それはこちらから頼みたいことだ。千賀さん、これからもよろしく頼む」


 神保が両手を出してきた。

 俺はそういうことかと理解して、千賀に「握手すればまた遊んでくれるってよ」と囁いて、千賀の右手を神保の右手まで持ち上げた。

 俺は左手を神保の手に重ねた。


 今度こそ、神保は俺たち二人としっかりと握手を交わしたのだった。


「それでは、解散!」


 それぞれ帰っていく狩人見習いたちを尻目に、千賀は俺に自分のいつも使っている骨ガムを手渡してきた。


「投げて遊びたい」


「あんまり時間ないぞ?」


「何回かでもいい」


「分かった、ほれっ」


 俺が投げてやると、千賀はうまい具合にキャッチし、両手で掴んでガジガジと噛みついている。

 少しして満足すると、また俺のところに自分の涎まみれのそれを持ってきた。


「汚い」


 俺がそう言って受け取らないと、千賀はひどくショックを受けていた。


 狩人見習いたちは俺たちの様子を見て、笑ったり、呆れたり、驚いたりと様々だ。


「今度はタオルを持ってこような」


「そうだな」


 俺と千賀は頷き合い、千賀の新たな遊び場を後にした。


「じゃあ、また後で」


 入り口で見送る神保と氏家に別れを告げ、車に乗り込んで一度帰宅した。

 ちなみに、神保は千賀に修道服をくれた。

 千賀は、修道服だと俺が喜ぶと思ったらしく、なるべく傷つけずに持ち帰りたかったようだ。


「今度はなんかツナギでも買ってくか」


「それが良いな」


 千賀は驚くほど白い肌を晒しながらパッパと元の服に着替えた。

 いつぞやも着ていた、教授にもらったというワインレッドのシャツである。

 千賀は腕のところに穴が空いた修道服を悲しそうに眺めている。


「山村、繕えるか?」


「俺はそういうの無理。会田は?」


「僕の特技は生き物の腹を縫うことだよ、任せといて」


 千賀は半信半疑で修道服を会田に渡すと、会田は荷物からソーイングセットを取り出し、あっという間に銃痕を繕ってしまった。


「おぉー」


「会田! ありがとう!」


 千賀はよほど嬉しかったのか、自慢げに服を返して来た会田を持ち上げてくるくると回した。

 会田は喜んでいるのかと思えば、すっかり静かになった。


「酔った」


 会田は三半規管が弱いタイプだった。


 今日の予定は盛り沢山だ。

 この後は、教授のところに行く前に千賀の食事の店にお土産を買いに行く予定である。


「きつい……つらい……」


 炎天下で千賀は日傘で真っ黒装束だが、それでもダメらしい。


「服を増やしてもダメなのか?」


「日中に外に出る行為そのものがきつい。日陰なら少しだけマシだが、道路の照り返しもある。これ以上厚着すると流石に怪しいだろう」


「既に結構怪しいが」


「これ以上薄着は無理!」


 千賀は僅かにでも日陰を求めて、身を屈めながら歩き始めたから、「不審者やめろ」と腕を叩いた。


「それなら山村が日の光を遮って欲しい」


 千賀がそんなことを言うので、俺は別に必要ないのにおぶさわれていた。

 ちなみに千賀は片手で俺の尻を支え、片手で傘を差している。

 やはり筋力が段違いだ。


「これ逆に辛くない?」


「背中がマシになった」


「さいですか。だが駅に着くまでだからな」


 そう言ったら、本当に千賀は駅に入る一歩手前まで俺を背負っていた。

 駅の人の目が厳しい自覚がある。

 その様子を、会田はずっと笑いを堪えて見ていた。


「お前な、人目があるところで俺を背負うのは控えてくれないか?」


「夏だけ、夏だけは頼む!」


 俺を降ろした千賀は珍しく手を合わせて頼み込んできた。


「そんなに嫌か」


「絶対に嫌だ。紫外線は俺の敵」


 俺は自分の恥と千賀の切実な願いを天秤にかけ、こう答えた。


「俺も嫌だ。だから、紫外線を通さないような素材を探そう。薄手なら中に着ててもバレないだろ。それに、男を背負っている奴よりも夏に厚着している奴の方が怪しくないと思うんだが」


「えっ」


「お前俺にくっつきたいだけだろ」


「……」


 千賀のその沈黙が答えだった。


「いいか、公共の場では接触は基本なしだ。俺は色眼鏡で見られたくない。頭の中で期待しておけ」


「山村!」


 千賀は俺に抱きつこうとしてきたので、奴の胸に手を当てて止めた。


「ほら、さっさと店に行くぞ」


 俺は千賀に先んじて駅の改札を通った。

 振り返らなかったのは、決して周囲の視線が痛かったからとかそういう訳ではない。

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