くつと狩人
「挨拶が遅れました。ここで狩人をやっている神保です。個人的に千賀さんは一人の人格者として扱わせてもらっています」
神保はすぐさま頭を切り替えて、ふくさに挨拶をした。
ふくさも「チィー」と挨拶を返した。
「ふくさはかわいいなぁ」
俺がふくさを撫でるのを、神保はギョッとした目で見てくる。
「山村君、悪い事は言わない。それは『教授』殿の使い魔だろう。そうして可愛がるものではない」
「あ、でも、普通に喜んでるからいいかなって」
神保は穴が開くほどふくさと俺を長々と見比べてから、「分かった。もう、何も、言うまい」と深く椅子に腰掛けた。
「おっ、さっそく銃撃が来たよ! すごいすごい!」
会田がそう言うので指された画面を覗くと、千賀がひょこひょこと動いているのが見えた。
『く、来るな……来るなぁぁぁぁ!!』
画面から声と銃声が聞こえる。
「一応言葉での駆け引きのためにマイクも仕掛けてあるのだが……」
神保はやれやれと深くため息を吐いた。
画面の千賀はまるで軽妙なダンスでも踊るように狩人見習いに接近し、弾切れのタイミングで「捕まえた」と首元にインクの手の痕を残した。
「これって結構いいノイキャン使ってんの? ちゃんと断末魔も聞こえていい感じだね」
会田はこういった機材にも詳しいのか、神保にそう聞いていた。
「銃声だけ聞こえてもこちらの鼓膜が破壊されるだけだからな。機材はいいものを使っている」
「んー、楽しいね。なんかホラー映画見ているみたいだ」
会田がくるりとデスクチェアを一回転させるさまは、確かにデスゲームの主催者と言われても信じそうな軽さがあった。
さっさと千賀に片付けられた狩人見習いが部屋に顔を見せに来た。
首元にはべったりとインクがつき、なかなか落ちそうにない。
「俺、もう怖いです」
「こんなに優しい化け物はいない。良い機会だからその恐怖をお前の血肉として学んで来い」
神保はにべもなく男にそう言って、部屋から追い出した。
俺はインカムで千賀に「インクつけすぎだと落とすのに時間がかかるから、軽めにした方がいい」と指示を送った。
千賀は俺の指示にカメラを向いて頷き、べったりとインクのついた軍手同士を擦り合わせてインクを落とそうとした。
千賀が一瞬よろけたと思ったら、後ろの壁に銃弾が埋まっていた。
また千賀に目を戻そうとしたところで、カメラから千賀が消えた。
「あ! こっちだ」
違うカメラに、軍手から何とかインクを落とそうとする千賀と、ナイフで斬りつけようとして全て避けられて当たらない見習いが映っていた。
見習いが上段から大振りをして、避けられてつんのめったところで千賀に「タッチ」と首の後ろに手形をつけられていた。
「神保さん。つまらないよ」
千賀は飽きたように欠伸のふりをした。
呼吸をしていないから脳が酸欠になることもないからな。
「山村君。千賀さんに『退屈はさせない』と伝えてくれ。後は『遊び方次第でもある』とも」
「千賀。神保さんからの声、聞こえているか」
「聞こえたよ」
今度はマイクのすぐ近くで千賀の声がした。
マイクの場所が分かったらしい。
つくづく化け物である。
「お前さ、いつか俺を捕まえたいって言ってただろ。お前の前にいるのは、俺と同じ人間だ。俺を捕まえたいという欲求を存分にぶつけてみろ」
「分かったよ、山村」
千賀は狩猟モードに入ったのか、ゆらゆらと身体を揺らしながら歩いていった。
「あぁ、それで大丈夫だ。駄目になるようならそいつが悪い。それに、歯応えのある相手も混ざっている」
神保がそう言うと、千賀は口の端を上げた。
千賀がスン、と空気を吸った瞬間、画面は爆風に飲み込まれた。
「爆発したぞ?!」
「爆弾は許可していなかったんだが」
神保は「あいつだな」と当たりをつけたようで、まずはその闘いぶりを見学することにしたようだ。
画面外の上の方、天井に向かって銃撃されたと思えば、千賀は狩人の位置を割り出したのか、黒い影のように飛び込んでいき、途中でサッと方向転換をした。
「罠が張られていたのに気づいたのか。本来なら爪で切るのだろうが、今は手が塞がれているからか」
一瞬、画面が光ったと思ったら地面に割れた鏡が散乱する。
「咄嗟に鏡を盾にしたか。ラックばかりで防ぐものはそれくらいしかないが……どうする」
千賀は銃弾から避けるついでに、床に踵落としをした。軽々と砕ける床の大きめな破片を使い、カッ、カッと避けきれない銃弾をうまく弾いていく。
「人間業ではないな。反射角を計算して弾を弾き返すなど、並の人間では動体視力も筋力も何もかもが足らない」
千賀はそこで地面を蹴り、すごい速度で逃げ出した。
「何故逃げた?」
「わかんねっす」
そんなことを言っている内に、千賀は管制室にやってきた。
そして、何をするかと思えば、靴下を脱いで丁寧に靴を並べてから、ぺたぺたと音を立てて素足で去っていった。
「靴が壊れるのが嫌だったみたいですね」
「そ、そうか……」
俺がそう言うと、神保はそれしか言えないようだった。
「千賀。あんまり床とか破壊しないでやってくれ。持続可能な会場の利用を考えるんだ」
「分かった、もうしないよ」
千賀はまたマイクを見つけてこちらに話しかけてきた。
「ここはどういう施設なんだ?」
「ここは、うちの団体の日本支部で所有する、東京近郊で一番広大な戦闘訓練場所だ。よく海外の狩人が肩慣らしに使っている他、俺達も射撃訓練などで使わせてもらっている」
「ほぇー」
確かに氏家の射撃の腕にはいいものがあった。
こうして練習しているのか。
「どうして狩人は宗教法人がやってるんだ?」
「そこを俺に聞くのか」
神保は少し沈黙してから、「政府が魔女狩りをする訳にはいかないからだ」と答えた。
つまり、汚れ仕事も兼ねているらしい。
「政府直属の機関では、あなたの復讐は許されないのか」
「そうだ。だから俺は狩人となった」
神保のその言葉は、とても重かった。
「話してくれてありがとうございます」
「いいんだ。それより、ほら。戦闘が始まる」
神保の指先には、立ち尽くす千賀がいた。
「神保さんの解説が分かりやすくていいね」
会田もこちらに寄ってきた。
神保は「そうか」と言い、視線は画面に釘付けである。
俺も千賀が何をするか見逃さないように、画面を見続けた。
靴を揃えていくの大変草ですね。




