タイマーと頬擦り
「千賀、このままでいいから今後の話をするぞ」
俺は話を切り出した。
千賀は俺の耳元で「何?」と囁くので、こそばゆくなって身を震わせた。
「くすぐったいからそれやめろ。お前の今後の運用の話だ」
「運用?」
千賀はよく分からないといった様子だ。
「そうだ。お前、昨日俺からの食事に歯止めが効かなくなっただろ。あれを防ぐための方法を考えたい。そうじゃないと俺が死ぬ」
「山村は死なせないよ?」
「お前が俺を死なせないようにするんだよ。なんだよ、お前はセーブしたとか言うけど、俺は丸一日使いものにならなかったぞ。これは無事とは言えないわ。あー、言えないわ」
千賀は俺の言葉に俺をギュッと抱きしめた。
俺は一気に肺の中の空気が抜けて呻いた。
「一つ考えているのは、タイマーだ」
「時間を測るのか? それは……」
「そうだよ、千賀。今までは俺の塩梅でやっていたこの接触行為も、食事も、これからは時間制限付きだ。だが、どのくらいが丁度いいのかは分からないので、最初は短めに設定して少しずつ伸ばしていきたいと思っている」
「嫌だ」
千賀は俺の意見に断固反対のようだ。
俺を捕まえて離そうともしない。
「千賀。これはお前の行動の結果だ。口で言えないのなら、モノに頼るのも一つの手なんだよ」
「俺とかにもね」
すかさず会田が口を挟んだ。
「会田には感謝している。千賀も俺ばっかにひっついてないで、会田のとこにも行って来いよ」
俺はそう言うも、千賀は嫌々と首を振って俺から離れようとしない。
「なんだ、口で言わないと分からないぞ」
「会田は俺の友達だから、そういうことをする相手じゃない」
千賀はきっぱりとそう言った。
会田はショックを受けた。
「どういうことだよ。お前の中の俺の立ち位置が迷子なんだが」
「山村は大事な人だよ、山村」
千賀は俺のうなじに顔を近づけてふんふんと匂いを嗅ぎ始めた。
もうよく分かったもので、俺の視線を受けた会田が千賀のお気に入りの骨ガムを俺の枕の下から取ってきてくれた。
「助かるわ」
「いいってことよ」
会田は千賀に骨ガムを見せると、千賀は犬のように頭でそれを追った。
「ほいっ」
会田が骨ガムを千賀の上に落とすと、千賀はしゅぱっと咥えてはむはむと噛んでいる。
字面にするとかわいいが、実際はおじさんが年下の男性を抱え込むおじさんと骨ガムで遊んでいるシュールな絵面となる。
これに慣れてきてしまっている自分が一番恐ろしい。
だが、これに気づいているのは、この中で俺だけのようである。
会田は声を上げて笑っているし、千賀はもう俺と骨ガムに夢中だ。
「会田はタイマーの件、どう思う?」
「いいと思うよ。音が鳴ったら終わりってとても分かりやすいからね」
「だよな。という訳で、機会を見つけてタイマーを買いに行くぞ、分かったな」
「嫌だ……」
千賀はやはり俺の言葉を受け入れようとしない。
「千賀。俺もお前の食事をやめてもいいんだぞ」
「えっ、な、なんで?!」
千賀は狼狽えている。
「そりゃそうだろ、死ぬかもしれなくて怖いってな。お前の嫌よりもよっぽど分かりやすい気持ちだろ、なぁ?」
千賀は俺が逃げ出さないように固く腕を結んでいる。その身体は微妙に震えているのが伝わってきた。
「別に俺は逃げないから落ち着けよ」
俺は千賀の腕をぽんぽんと叩き続けていると、少しずつ震えが収まってきた。
「山村がいなくなったら、俺はどうやって生きていけばいい」
「お前な、食事からその話になるの現金過ぎるだろ。普通にその辺の人間誑かしてワンナイトでもしとけよ」
千賀は食事の話から、俺がいなくなった後を考えていたらしい。
なんか食糧扱いされているようで嫌だな。
「そんなの嫌だ……」
「だったらな、ちゃんと稼いで店に通えばいいだろ」
「それも嫌だ。味気ない」
千賀はそれでも首を振る。
「会田は」
「論外」
「ぐはっ!」
千賀の舌は予想以上に肥えてしまったらしい。
俺が肥えさせたとも言えた。
会田に流れ弾が当たったのはご愛嬌である。
「まぁ、俺はお前の食事を止める気はないんだが」
「山村!」
千賀は俺にひしっとしがみついた。
冷たくて少し寒くなってくる。
もう少しでやめさせたいと会田にアイコンタクトを取ると、会田はサムズアップをしてくれた。
「話は最後まで聞け。状況によっては止めざるを得ない場合もある。そうならないための、タイマーの導入なんだ。分かってくれるか」
「分かった」
「よし」
千賀は今度こそちゃんと頷いたので、俺は千賀の腕を退かさせ、頭を俺に近づけて顔に頬擦りしてやった。
千賀はあまりの事態に固まり、その隙に俺は千賀から抜け出した。
会田は「むーちゃん!」と牛革のおもちゃを持って振っていた。
千賀は頭を使わずに本能のまま、目の前の革紐に食いついた。
ぎゅうぎゅうと引っ張り合いを続ける内に、引っ張っているのが俺ではないと気づいたようで、信じられないという顔で俺をチラチラと見てくる。
「別に友達なんだから一緒に遊ぶくらいいいだろ」
俺がそう声をかけてやると、千賀は頷いてから、ぐいっと引っ張って会田を宙に浮かせ、その下に自分が入り込んだ。
ちょうど、人間跳び箱にもう一人上から乗せられた形だ。
千賀は服を脱ぐように会田を自然に立たせると、会田に「もう一回やってくれ」とお願いして、快諾されていた。
俺はその様子を見て、別に部屋の中でやる分には世間体まで気にしなくてもいいかなと、この光景を説明することを諦めつつあった。
山村の天才的な千賀の扱い方




