あたたかさと介護
風呂から出てきた会田は、何も言わずにサムズアップし、台所へと向かった。
そのまま麦茶片手に俺たちの対面に座り、ニコニコと眺めている。
「千賀、俺風呂入ってきたいんだが」
「まだだ」
「まだだ、じゃねーんだわ。どいてくれ」
「山村は風呂に入っても大丈夫なのか?」
千賀はごろりと頭を会田に向けてそう聞いた。
「普通にこの距離だし、すぐに助けに行けるから大丈夫じゃないかな。お風呂が長くなったら確認した方が無難だけど」
「分かった」
俺の体調のことなのに、千賀は会田と話をする。
俺は少し気に食わなかったが、実際会田の方が俺の体調を把握している節があるから仕方がない。
俺は千賀をどけてふくさを持たせると、準備をして風呂へと向かった。
千賀も後からついてきた。
「なんだよ」
「見張る」
千賀は端的に言い、俺は困惑した。
「大丈夫だから。人の風呂覗く趣味でもあんのか」
「山村が視界から減るのが寂しい」
千賀は会田から許可を得たからか、俺のためという名目で、自分の欲望を最大限に満たしに来ている。
俺は少し考えた。
俺は見られているという感覚が嫌なだけであり、千賀は俺の様子を見ていたいという望みを持っている。
俺は妥協案を考えた。
「分かった。風呂の扉を少し開けといてやるから、お前は遠くから覗いてくれ。俺が分からないように。お前視力いいんだろ?」
「分かった」
千賀は玄関の方に向かった。
洗面所の鏡越しに、風呂の様子が見えるらしい。
俺もここが妥協点かと思い、風呂場で服を脱いだ。
会田が言うように、確かに俺の身体にはまだ痺れが残っている。
ここで他の人の手を借りたいと甘えてしまいそうな心を叱咤する。
俺のことはできるだけ俺が何とかすべきだからだ。
痺れる指先で短い髪を洗い、適当に泡立てた石鹸で不器用に顔を撫で回してから、お湯で流して風呂に浸かった。
「山村、風呂」
「そうだ」
千賀はちゃんと俺の風呂を見ているらしい。
これ他の人にやったら普通にストーカーで訴えられる案件と思いつつも、自分の身体がどうにもならない時のセーフティネットがあるというのは、悪くない気分だ。
方法が覗きということは置いておき。
「山村、温かい?」
千賀は風呂ながら俺と話できるのが嬉しかったらしく、また話しかけてきた。
「寧ろ熱いよ。43度設定になってる。会田だな」
「熱い方が好みなんだよねー」
微かな氷の音と共に、会田の声も聞こえてきた。
「私の身体はもう温まらないからな」
「俺が温めてやるよ」
俺は反射的にそう答えてしまって、しまったと思った。
千賀は「えっ?!」と驚いていた。
「ありがとう。楽しみにしておくよ」
千賀の声は明らかに弾んでいた。
恐らく今のは久々にマリアの言葉であったのだろうが、マリアは既に千賀なのかもしれない。
千賀の接触は微量なエナジードレインを伴うが、目の前に会田を置いておけば様子は見てくれるだろう。
それに、会田にも手伝わせてもいい。
俺はそう思って風呂から立ち上がろうとして、くらりと倒れそうになった。
「千賀」
俺が一言呼ぶだけで、千賀は風呂に入ってきて俺の手を取って引き上げてくれた。
千賀は何も言わずにタオルで俺の身体を拭いてくれる。
「ありがとう、後はやるから」
俺は千賀からタオルを受け取り、千賀を支えにして足の先までしっかり水気を拭き取った。
千賀がぽんぽんと渡してくる服を次々に身につけている時、はたと気づいた。
これは、最早介護ではないか、と。
ただ、俺が要介護になっているのは千賀のせいなので、千賀に頼るのは当然の話だと頭を納得させた。
実際に身体が動かないのだから、決して、甘えとかではない。
千賀は俺を堪能するために、俺の世話をしてくれていたのか。
俺は少しがっかりした。
無言で会田を見ると、やれやれという顔をしている。
「むーちゃん、もっとこうさ、ロマンチックになれないの?」
「ロマンチック?」
「こうさ、俺がむーちゃんだったらさ……」
会田は少し考えてから、俺に向かって言った。
「『山村を大事にしたいのは、俺の気持ちだから』とか。わー、照れちゃうな」
「俺も会田にそんなこと言われても困惑するばかりだわ」
「そうだよねぇ」
俺と会田はうんうんと頷き合い、その様子を千賀は首を傾げて見ている。
「お前のことだぞ。分かったか」
「えっ?」
突然自分に話が来たと、千賀は驚いている。
「お前、試しに会田が言ったこと、俺に言ってみろよ」
「えっ、えっ? 山村は大事だから……俺は大事にしたい?」
「それじゃ及第点もやれんな。全くもう」
俺は千賀を手で呼び、ちょいちょいと頭を下げさせてサラサラの髪の感触を堪能した。
「千賀。俺の愛しい千賀。お前のことが大事だから、俺はお前に付き合ってやっているんだぞ」
千賀は無言で俺を捕獲し、自分の膝の上に俺を乗せて上からのしかかってきた。
会田は「わーぉ」と言って、まるでいけないものを見るかのように指の隙間からその様子を眺めていた。
「千賀、俺を捕まえる許可はやってない」
「山村はさっき温めてくれるって言ったから」
千賀は自分を棚に上げて、俺に言葉を守れという。
俺もそう言ったのは事実だが、言葉というのはお互いで守るものだ。
ただ、この後は千賀に俺が麻痺するまで舐めまくらないような対策を考えていかねばならないので、この程度の甘やかしは必要かと思って何かを言うのはやめた。
「会田にも山村はあげない」
「僕は見ているだけでお腹いっぱいだよ」
会田は俺たちをゆるく笑って見ている。
山村は俺のもの
俺のものは俺のもの




