スポーツドリンクと指相撲
台湾楽しい!
台湾楽しい!
(なお投稿は六月中なのでこれは素振り)
「千賀。後で買い物に行ってきてくれないか。日が沈んでからでいいから」
「山村くん、もう七時過ぎだよ」
「マジか」
俺は慌てて時計を見ると、19時14分とあった。
まだ身体の麻痺は残っているが、少し腹も減っていた。
「千賀、会田と俺に夕飯を作ってくれないか」
「材料が足らない」
家の冷蔵庫は単身者用ということもあり、決して大きくない。
「分かった。千賀が何か買ってきてくれ。お前が食べないのに悪いが」
「勿論だ、何か食べたいものは?」
「レバーがいい」
俺の言葉に千賀は頷いて、早速出かける準備を始めた。
「むーちゃん、スポドリたくさん買ってきて。山村くんにしこたま飲ませるから」
「分かった」
千賀はひとつ頷くと、風になってスーパーへと向かった。
俺はまた会田と二人きりになった。
「そうだ、会田。明日のことなんだが。俺たちはまず店に寄って千賀に食事をさせてから、お土産を持って集合場所の駅に向かうこととなる。会田は……公営の血液とか提供する店には」
「絶対行く」
「分かった。店を嗅ぎ回ったりしないでくれ。中には千賀のように危険な人外もいるからな」
会田は強く頷いた。
千賀が危険であることはよく分かっているらしい。
俺はまた一つ、千賀の楔があるようで安心した。
「それと、俺たちの他に神保と氏家という奴らも来ることとなった。会田は会ったことがあるな」
「えっ、誰?」
会田は首を傾げている。
もしかしてあの時、名前を聞いていなかったのだろうか。
「千賀を追いかけて狭山の方に来ていた二人だよ」
「あぁー! 山村くんのボディガードみたいな人たちね。そんな名前だったんだ」
会田はそんなことを言い出した。
マジで神保たちは会田とどんな話をして千賀を迎えに来たんだよ。
俺は神保が狩人と名乗っていないのなら言う必要はないと思い、胸に仕舞っておくこととした。
「明日の持ち物はあるかな? バナナとか?」
会田は遠足に向かう子どものようなことを言い出した。
「バナナはおやつに入りますかじゃねーんだよ」
俺はついついツッコミをしてしまった。
「山村くんも元気になったようで良かったよ。じゃあ飲んで飲んで」
会田は俺にスポーツドリンクの残りを飲むように促した。
俺は一口飲んでみて、会田は実は千賀よりも俺の体調に詳しいのではと訝しんだ。
「ただいま」
「おかえり、ありがとな」
千賀が買い物から帰ってきた。
すぐさま俺のところにコップと2Lのスポーツドリンクのペットボトル、そしてバナナを置いた。
「お前も遠足にバナナ持ってく派なのかよ」
俺が聞くと、千賀はよく分からないという顔をし、
「母さんが、調子が悪い時はこうしてバナナを買ってきてくれていたんだ」
と懐かしそうに言った。
俺も入院している時にバナナを食っていたなと思って食べようとしたが、夕飯が控えていると思い出してやめた。
俺は千賀の作った夕飯を最大限に楽しみたい。
ふくさは、会田から隠れるために俺が作った巣に閉じこもっている。
会田が無理に引き出そうとしたので、俺は「だから動物に嫌われるんだよ」と言って止めた。
会田は悲しそうな顔をしていたが、動物たちの恐怖と比べれば大したものではない。
「会田はいつも一人なのか?」
「そうなんだよ。みんなね、僕と一緒にむーちゃんを推してくれはしないからね」
「なるほど、なるほど……」
俺は少し思いついたことがあり、それをどうしても話したくなった。
「会田、海堂さんという素敵な女性がいるんだが、今度一緒に会ってみないか?」
俺は会田にそんな提案をした。
「どんな人なの?」
「とても優しくて、大人で素敵な女性だよ」
「そうじゃなくて、むーちゃんとの関係としてはどんな人なの?」
会田はそんなことを言う。
こいつの行動原理はそこなのか。
そりゃ彼女さんができても、いつも友達の話ばかりをされたらつまらないだろう。
だが、海堂女史はそうならない。
「千賀の研究所の同室の方で、千賀の異変に気づいていたのに、千賀が話すまでずっと黙っていてくれた人だ」
「へーぇ? 気になるね」
会田は俄然興味が湧いたと身を乗り出した。
「千賀のことも、もちろん俺のことも大事に思ってくれている。本当に同室なのが彼女でよかったと感謝している」
俺は、海堂女史の気持ちの部分を伏せて会田にそう説明した。
彼女の告白は、俺たちだから聞いてもよかったものだからだ。
それに、と俺はチラリと思う。
恐らく、千賀は今の状態では研究所にずっと勤めるのは無理だろう。
だが、海堂女史という理解者が元同僚としての繋がりだけになるのは勿体ない。
海堂女史のためになるかは分からないが、彼女も千賀の一つの楔として、会田と共に居てくれたらいいなと思うのだ。
もちろん、当人同士の気持ちが一番大事であるのは大前提であるから、これは俺の勝手な希望であるのだが。
「会田。俺はな、一人で千賀を支えてやれるとは全く思っていない」
会田はおっという顔で俺を見た。
「だから、会田も、海堂さんも、他の面々にも。俺とは違う関わり方で千賀と関わっていてほしいと望んでしまうんだ。これは完全に俺のお節介で、千賀が望むことではないかもしれない。それでも、俺と千賀がこのまま暮らしていくには、皆の力が必要なんだと今では思っている」
会田は俺の話をうんうんと聞き、
「もちろんさ。僕は箱推し派だからね。何でもじゃないけど、できることはするさ」
胸を張ってそう言ってくれた。
「ありがとう、会田。これからもよろしく頼む」
俺は手を差し出して、会田と握手を交わした。
「まだまだ麻痺は残っているみたいだね。明日の夜には歩けるまでは回復してるといいけど。手先の痺れは少し残るかもしれないから、むーちゃんを頼るといいよ」
「そうさせてもらうわ」
俺はいつの間にか寄ってきていた千賀にも握手をしてやった。
千賀は一頻り握手をして満足すると、台所へと戻っていった。
「会田、ちょっとトイレまで連れて行ってくれないか?」
「俺が行く」
すかさず千賀が立候補をしてきたが、俺は千賀に掌を向けて止まれと合図をした。
「お前は食品触ってるからダメ、料理が早くできる方が嬉しいから、そっちに集中してくれ」
「分かった。後で俺も山村をトイレに連れて行きたい」
「なんでだよ、別にいいけど」
俺は意味は分からないが、千賀がそうしたいと言うなら、後で頼ってやろうと思った。
やりたいことを後回しにして要求できるようになったのも成長だからだ。
もっと他のことじゃなくていいのかという思いは拭えないが。
俺はまずベッドに腰掛けてから立ち上がると少しふらついた。
「おっと」と会田が肩を支えてくれた。
俺は「助かる」と言い、覚束ない足取りでトイレへと向かった。
会田は「ここにいるからね」とソファに座り、俺は問題なく一連の動作を終えた。
「意外と立って歩けるな」
「今回は唾液が多かったから、既に増血作用が働いているんだろうね。ただそれって、山村くんの体力とかを食い潰す形で働いていると思うから、今日は早めに寝なよね」
会田がソファから所感を伝えてきた。
「そうだな」
俺はお医者様の言うことには素直に従って、今日は早めに寝ようと思った。
手を洗ってから、どれだけ手に痺れが残っているか確認するために少しゲームをしようとして、ゲーム機を掴もうとして取り落とした。
「山村くん。これ飲んでから、俺と指相撲でもする?」
「は?」
会田のよく分からない誘いに、俺は理解できずに間抜けな声を出した。
「実際さ、ある程度尿として唾液の成分を排出してしまった方が後で楽になると思うんだよね。ただ今の山村くんでは、激しい運動はできないから、ご飯ができるまでこうやって遊ぶのもいいかなって」
「なるほど、理に適ってはいる」
俺は合理的と判断し、会田をソファから連れ出して部屋の広めな場所で会田と指を合わせた。
「ずるい」
また千賀が来たので、俺は「ハウス」と言ったが、
千賀は「ここが俺たちの家だよ」と賢しらに言う。
「お前とやったら俺は指が折れる。今度また紐引っ張ってやるから。何なら会田に引っ張ってもらうか?」
「えっ? なになに?」
俺はそう提案し、会田に犬の玩具と千賀の遊びの詳細について教えてやった。
「え、僕むーちゃんと遊べるの?」
「後でな。まずはこっちだ」
今度は会田にもステイをし、俺と会田は指相撲を始めた。
千賀は諦めて帰っていき、渋々と料理を作っていた。
俺の指にはまだ痺れがあり、会田は大分手加減をしてくれているが、勝てる気がしない。
なんでこんな冴えないおっさんに勝てないのかと苛ついてくるものの、この痺れは千賀のせいなので、後で千賀にぶつけるべきだと思い直した。
「山村くん、水分補給だ」
俺は会田の指示に従い、スポーツドリンクを飲んだ。
おじさんとおじさんとおじさんになりかけの人。




