どようびと麻痺
目を覚ますが、身体が動かない。
今日は土曜日だから、もう少し寝てていいだろうと思い、スマホで時間を確認すらせずに寝た。
尿意で目を覚ました。
千賀のための分厚いカーテンは、陽光での時間を伝えてくれない。
俺はそろそろ起きないとと思い、スマホを見ると時刻は15:34。
「は、マジ?」
俺は実に16時間ほど寝ていたことになる。
それに、何だか手が痺れるようで手先の感覚が薄い。
千賀は俺を抱きしめながら寝てしまってそのままなのか、俺の身体は奴に捕獲されていた。
「せんが、起きろ」
俺は千賀の脛を蹴ろうとしたが、ふにゃふにゃでトンと足を当てただけになってしまった。
ここに来て、俺は身体の調子がおかしいことに気づいた。
「せんが、起きてくれ。用をたしたい」
しかし千賀は俺をホールドしたまま動かない。
俺はのろのろとスマホをつけ、適当に開いた動画の音量を爆音にして奴の耳に近づけた。
丁度前に俺が見てたのがゲームの解説動画だったからか、ゆっくりとした解説が部屋に響き渡った。
「山村、おはよう。俺は幸せだ」
千賀は一応起きたが、俺を離してはくれない。
「せんが、俺はここでもらしたくない」
俺がそう言うと、千賀はパッと手を離してくれた。俺は何とか立ちあがろうとして失敗し、そのままボテンと転がって床に落ちた。
「山村?」
千賀は立ち上がって、気遣わしげに俺を見ている。
「せんが、動けない。まひしている」
俺はそこまで言って、この麻痺の原因が分かった。
千賀の唾液か、牙の効果だろう。
獲物を逃さないために全身麻酔みたいにすることもできるってか、化け物め。
千賀は一つ頷いて、俺の脇に手を入れて持ち上げ、トイレまで連れて行って扉を閉めた。
俺はトイレの中から「ありがと」と言うと、千賀は「山村」と答えた。
俺がトイレの扉を開くと、千賀が立っていた。
俺は何も言わずに手を万歳にし、千賀に持ち上げてもらって水道の前に置かれた。
俺がのろのろと手を洗うと、千賀がタオルを渡してくれた。
千賀は俺に渡したタオルを回収すると、俺をお姫様抱っこにして先ほどまで寝ていた掛け布団の上に優しく置いた。
「お腹すいた。なんか食べれるもんたのんでいいか」
千賀は一つ頷くと、台所へと向かった。
俺は仰向けの姿勢で、またとろとろと寝てしまった。
「山村、山村」
千賀に揺り動かされて起きた。
千賀は動かない俺の身体を寄せて枕を背もたれとして壁に寄りかからせた。
俺はぼーっとして、またうとうとと寝そうになったが、何だか出汁のいい匂いがしたので反応した。
「おなかすいた」
俺がそう言うと、千賀は俺を支えながら、一口ずつお粥を口に運んできた。
咀嚼が難しくてそのまま飲み込みそうになるのを堪えて、何とか消化できるまで奥歯ですり潰す。
「あいだ、呼んで」
これはまずいと思った俺は、お粥よりも先に会田の助けを求めることとした。
一瞬気を失って、気がつくとまたお粥が目の前にあったのでスプーンに食いついた。
一口咀嚼して、飲み込んでから、千賀に尋ねる。
「あいだ呼んだ?」
「電話をしたら、すぐ来てくれると言っていた」
「そうか」
俺はそのまま黙々と千賀にお粥を食べさせられていた。
「ふくさは?」
そう言えば昨晩風呂の時にふくさを置いてから姿を見ていない。
千賀は自分のポケットからふくさを取り出した。
ふくさは踠いているから、今は教授と繋がっているのか、そうでないのか。
「父さんは俺に呆れていた。人間なんだからもっと大事に扱いなさいと小言を言われた」
「そのとおりじゃん」
「『恐らく明日には動ける様になるだろう。睦月は山村に直接触れるな』とも言っていた」
「とうぜんだわ」
こんな搾り滓になってまでエナジードレインしてくるとか鬼畜だからな。
まぁ鬼なんだが。
「千賀。あとで、覚悟しとけ」
俺はそのまま意識を手放した。
「山村くん、起きて起きて」
薬臭さに目を覚ますと、会田が見下ろしていた。
俺は手をついて起き上がろうとして姿勢を崩した。
「無理しないで」
会田はそう言うと、ベッドから離れていった。
後ろの方でごそごそとビニール袋の音がする。
俺はやっと少し動けるようになってきたので、そのまま身体をずらして枕を背もたれに壁に凭れる形となった。
「今ね、山村くんの身体は、麻酔の麻痺が抜けないのと、失った血液を急ピッチで作っていると思われる」
会田はそう言って、少量の血液の入った容器を振った。
そして、自分のスマホを取り出すと、ライトをつけて血液を透かした。
「ほらね、大分薄い」
俺も見るが、比較対象がないので分からなかった。
千賀は物欲しそうに俺の血液を見ているから、「お前は少しは我慢を覚えろ」と言ってやった。
「むーちゃん。これは僕でも擁護できない。山村くんに無理をさせすぎだよ。麻酔って怖くてね。一歩間違えばずっと麻痺が残ったり、脳に障害ができたり、死んじゃうこともある。山村くんはむーちゃんの大事な人なんでしょ?」
千賀は会田の言葉に頷いた。
「じゃあ、いくら食事でもこんなになるまでやっちゃダメ。しばらくは山村くんとの食事を禁止と言いたいところだけど」
会田はそう言って俺を見た。
「むーちゃんの唾液には増血作用もあるんだよね。だから、本当はここで輸血とかしたかったけど、下手すると今度は増血作用で苦しむことになる。今の山村くんの瀉血をしてから、輸血をするのも手だけど、きっと今君はそんな体力はない。麻痺もしているしね」
「はい」
俺は素直に頷いた。
やはり持つのは医者のフレンズだな。
「千賀には、色々と、言いたいことがあるが、まずは持続可能な俺について考えてくれ。こんなんが毎度続くと死ぬわ」
「はい……」
さすがの千賀も俺の言葉に素直に反省した。
ただ、千賀が反省したからといって、俺の体調がよくなる訳ではない。
「ふくさは何か言ってるか?」
「ふくさ? ふくさってなに?」
会田は俺に聞いてきたので、「教授の端末のコウモリだよ」と教えてやった。
「父さん?」
千賀はポケットに話しかけ、うんうんと返事をしている。
「父さんが、『会田は危ないから何も話さない、遠くに離れている』と言っている」
それ、言っちゃダメな奴じゃないか?
俺はそう思ったが、口には出さなかった。
「むーちゃん? ふくさをちょうだい?」
「でも、父さんが……」
「山村くんを何とかしたいんじゃないの?」
千賀はあっさりとポケットのふくさを会田に渡した。
ふくさは死んだふりなのか、全く動かない。
「ふーん、これが使い魔? なのかな。可愛いねぇ。どうしたら壊れるのかな? この子なら僕に付き合ってくれそうだよね」
会田は平然とそんな恐ろしいことを言ってのける。聞いている俺まで少し怖くなった。
ふくさは嫌だと身体を捩って逃げようとするも、がっちり掴まれているので身動きが取れない。
「吸血鬼の、唾液の麻酔成分はなにかな?」
ふくさは千賀の方を向いて口を開けた。
「『拮抗薬は僅かにあるが、特殊なものだ』と言っている。『分かったから、明日まで麻痺が残っていたのなら山村葉一に使うと約束する』とも言ってくれた。ありがとう、父さん」
千賀はふくさに頭を下げた。
俺もふくさに何かお礼をしたくなって、
「いつか俺の血を舐めてみたいと言っていたよな。いいぞ」
そう許可を出してやった。
ふくさは「キュイキュイ」と鳴いた。
かわいいな。
っぱこうなるわな。




