ごはんと愛
ごほうび。
「そんでだな、俺の気持ちの方なんだが……」
俺は千賀をちらりと見て、「ちょっと見るぞ」と頬を引っ張った。
気持ち人間とは言い切れない程度の牙が見える。
「千賀。お前は今日よく頑張った。褒められないことも多かったが、今の欲求の書き出しはとても根気がいる大事なことだった。これは素晴らしいことだ。だから、今日は千賀のお願いを聞く領域を拡大してやる。いつもより無理言っても少しは聞いてやれるから、何か言ってみろ」
「良いのか? 抱き枕では怒らないか?」
千賀はあの時からずっと抱き枕をしたかったらしい。
俺はやれやれとため息を吐いて、
「それは言い方も悪い。抱き枕はモノだ。俺はモノ扱いされたくない。別の言い方を考えてみろ」
千賀にダメ出しをした。
「それと、そこに書いてあるお前の欲求入れるの禁止な」
「えっ」
千賀は本気で困ったような声を出した。
そして手元の紙をじっと見ている。
「分かった」
「なんだ?」
「山村、ベッドに横になってくれ。俺がその後ろから抱きしめて、食事をするのを許して欲しい」
「おぉ、やればできるんだな。今日だけだぞ」
俺は自分にかかっていた掛け布団を敷き直し、「ちょっと待ってくれ」と首の辺りにタオルを数枚敷いてから据え膳(直接的表現)となった。
「おぉ〜」
千賀は俺を見て感心している。
「何なんだお前は」
「山村が俺のお願いを素直に聞いてくれて、目標が叶うというのは兎角気持ちが良いものだな」
「お前な、何でもかんでも自分の気持ちを口に出せばいいってもんじゃないことは覚えような。そう言われると素直に従いたくなくなるのが人間だからな」
千賀はよく分かっていなさそうであったが、据え膳のあまりの魅力にやられてベッドに飛び込んできた。
「山村、いただきます」
「どうぞごゆっくり」
千賀はまず、俺を抱きしめることから始めた。
そしてふんふんと頭皮の匂いを嗅いで喜んでいる。
その後、唾液で俺の首がカピカピになるんじゃないかというくらい舐め回した。
俺は虚無の時間と、段々と薄れゆく感覚に恐怖しながら耐えた。
これも、千賀の愛情表現の一つだからだ。
その後、皮膚が破られる感覚はほとんどなかった。
単純に舐められ過ぎた結果だろう。
千賀は俺が全く反応しないので、試しに何度か噛みついて皮膚を破り、血が出る箇所を増やしたようだが俺には頭が微妙に動いていること以外はよく分からなかった。
やはり多血症に陥っていたからか、少しずつ頭がクリアになっていく。
この瞬間が快感といえばそうだが、あまり慣れたくはないタイプのものだ。
俺はいつもこの間、やることがないし千賀の口も塞がって会話もできないので、様々なことを考えている。
今回はそうだな、千賀に先ほどの海堂女史とのやり取りについてどう伝えるかというのと、千賀の成長を素直に喜ぶことがいいだろう。
海堂女史は、本当にできた大人だ。
俺なんか逆立ちしても敵わないくらいに、千賀には勿体なさ過ぎた女性だ。
もし、千賀がこんな吸血鬼になっていなかったら。
海堂女史とうまくやれていたのだろうか。
いや、海堂女史が静かに千賀との軋轢でヒビが入っていったように思える。
千賀のこの言葉の足りなさや感情表現の未熟さは、今に始まったことではないからな。
ただ、男性の俺が千賀とこんな仲になることもあり得ない。
俺は異性愛者だから、単なる男の上司である千賀に長々と人生の時間を割いている余裕はない。
普通に女性とお付き合いして所帯を持ちたいわ。
その前にここ以外の仕事を探さないとだけどな。
「山村、他の人のこと考えてる」
千賀が突然、俺の首元から頭を離してそう言った。
唇についた薄い血をせっせと舐めているのが扇状的だ。
元はと言えば俺のものだけどな。
「だから何だ。さっさと食事を終えちまえよ」
「山村はもっと美味しくなれる」
千賀がまた何かよく分からないことを言い出した。
「美味しくなれるって何だよ。別に俺が何考えてようが俺の勝手だろ」
「山村は十分美味しい。だが、俺のことを思ってくれている時が一番燃え上がるような好きを感じる。その味にしたい。俺はどうしたらいい?」
正直知るかと思うが、他ならぬ千賀の望みなら最後まで付き合ってやらないこともない。
「はぁ? どうしたらって……お前が俺に忘れられないような鮮烈な言葉掛けをすれば、俺はお前のことを考えざるを得なくなるが」
「例えば?」
そこで俺は、俺が千賀に一番言ってもらいたい言葉を考えたが、恥ずかしくなって口に出せずに「自分で考えるんだな」と千賀の頭を首元に寄せて食事の続きを促した。
「山村、愛って何だろうな」
千賀は俺の耳元でそう囁いてから、垂れてきていた血を舐めにかかった。
愛、愛か……。
俺は千賀にある種の愛情を抱いている。
大事にしたい、慈しみたい、幸せに過ごしてほしい。
日の下を歩けなくても、俺がお前の気が済むまでお前の温めてやりたいとも思う。
首にかかる千賀の息が荒くなり、千賀が顔を上げた。
「美味し過ぎる……最高だよ、山村」
千賀はふんふんと鼻息荒く、俺の首を夢中になって舐めている。
これでは風情も何もない。
俺は千賀がこういう奴だから、大抵何をされても千賀を憎めないし、許してしまいそうになる。
俺はお前の餌だが、それだけじゃないと言いたくなってしまう。きっと千賀はそんなことはよく分かっているのだろう。
俺も、千賀の気持ちが分かったら、どんな気持ちになるんだろうな。
俺の目標、千賀と対等に話すというのはどこまで叶ったのだろうか。
千賀は最初から比べると随分と成長した。
だが、まだまだだ。
今のままでは、精々が中高生の恋愛レベルである。
「好き」と告白するのが目的になってるあのイベントだ。
俺の目標としては、千賀の感情表現を海堂さんレベルまで育て上げることだ。
そうすれば社交界だろうがどこにお出ししても恥ずかしくない仕上がりになるだろう。
それに、俺にとって一番正しい方法で、俺に自分がしたいことを気持ちよくさせるようになるだろう。
そうしたら、俺はお前を他の人に自慢したくなってしまうかもしれない。
俺と千賀はここまで共に歩んできたんだぞ、と。
だから、ここで俺は千賀に求められる悦びに浸ってはいけない。
これはきっと、千賀がそうしたくて俺を操っているというよりは、種族的な特性だからだろう。
ほんと、つくづく吸血鬼ってのは人をダメにして搾取する種族で、俺とお前の関係をとことん邪魔してくるように思えてくる。
俺は千賀の後頭部を優しく撫でながらそう思った。
麻酔が効いているからか、俺は次第に眠くなってきた。
「千賀、そろそろ眠い」
「いいよ、山村。そのまま寝てしまおう」
「そうだな」
俺は歯を磨かないとと思ったが、身体の訴える睡眠欲には抗えずにそのまま寝てしまった。
山村の思考は少し汚染されています。




