むぎちゃと視野
ちなみに今日から私は台湾にいます。
同窓会には行けません。
家に着いた瞬間、千賀は風呂を入れ始めた。
「予め朝の内に洗っておいた」
「おぉ」
俺は千賀が先のことを考えられて偉いと思ったので頭に手を伸ばすと、千賀は少し頭を下げて撫でやすくしてくれた。
「偉いぞ。ちゃんと夜のことを考えていたんだな」
「早く食事がしたいからな」
千賀は私利私欲を自慢げに言い始めた。
俺は褒めるべきか何をするべきか迷って、スンと撫で撫でを終えてソファに座った。
「山村、今のは何なんだ? 山村、どうして撫でるのをやめてしまったんだ?!」
「そういう気分じゃなくなったから」
俺はスマホをポチポチして、料理のバズレシピを検索した。
今度俺が食べたいと思った料理を一緒に作ることでチャラにしよう。
「山村、教えてくれよ。俺には分からないことだらけなんだ」
「なっさけない声出すなよ。お前の方がいい歳こいたおっさんなんだからシャキッとしろよ、恥ずかしい」
縋るような声を出してきた千賀を俺は一喝した。
全く、海堂女史もこの男のどこがいいって言うのか。
顔か?
「お前が俺の立場で、純然たる好意で差し出している血を早くほしいって言われたらどうよ。普通に失礼だし気分悪いわ」
「あっ」
千賀はやっと気づいたらしい。
仕方ないので、俺は今日はサービスしてやることにした。
「そういう時はな、俺も気分よくなることを言ってくれ。例えば『山村が疲れてると思って』とか『ゆっくりあったまってきてね』とか、そんなんでいいんだよ」
「成程、山村は賢いな」
「これは賢さじゃなくて視野の広さ。お前はやっと見つけた自分の欲求で今視野が一杯なんだよ。言葉に意味を持たせろ。自分の行動の布石を打て。分かったな」
「分かりません!」
「はい元気で宜しい! じゃ、俺は風呂入ってくるからどっかの紙にでもお前の欲求と気持ち、俺の気持ちを分けて書き出してみろ」
俺はそう捨て台詞を残して、追い縋る千賀の手を叩き落として風呂に入った。
「あれ?」
服を脱ぐ時にポケットを探したら、ふくさが出できた。
全く動かなくて死んでいるようにしか見えない。
しかし、匂いを嗅いでみてもほのかに甘い匂いがして死臭はしないので、もしかしたら教授の方が忙しくて回線を切っているのだと思うことにした。
ふくさは落とすと怖いので、洗面器の中に入れて風呂の外に置いておいた。
千賀は今頃悩んでいるだろうから、少し長めに風呂に入ろうと思ったところでくらりときた。
これは、俺の体調からしても長風呂は禁物だ。
「千賀ー」
俺は風呂から声をかけた。
「どうした?!」
千賀は慌てて飛んできた。
「別に大したことじゃないんだが、冷えた麦茶を出しといてくんないか? その分採点で加点してやるから」
「勿論だ。加点はいらない」
千賀が珍しく男気を見せたので、俺は「じゃ、手加減してやんねー」と嬉しそうに言ってやった。
千賀は、何も言わずに凄い勢いでお茶を用意しているようだ。
偉いぞ、大方俺に抱きつきたくなったんだろうが、それを行動に向けて昇華しようとしている。
千賀も少しずつ成長しているんだ。
そう思った俺が馬鹿でした。
「何コレ」
千賀は頑張って気持ちを書き出そうとしたのだと思う。
それは褒めてやるべき点だが、内容があまりにひどい。
「俺の気持ち……です」
ちょっとどころじゃなくて短かったのですが、明日から本気を出すので信じて下さい。




