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こくはくと海堂さん

告白回

「千賀さん。聞いてもいいですか?」


「はい」


「あなたは今、大丈夫ですか?」


「大丈夫……?」


 千賀は質問の意図が分からないのか、答えあぐねている。


「先ほどはまるで私を求めながら避けるように行かれたじゃないですか。今は大丈夫なんですか?」


 海堂女史もやはり研究者なので、よく観察している。


「それは……」


 千賀は俺に視線を向けてきた。

 俺は「お前が決めろ」と返した。

 千賀は覚悟を決めたように、小さく頷いた。


「海堂さん」


 千賀の声だけが車内に響く。


「俺はもう、人間ではないんです」


「そうかと思っていましたよ」


 千賀の懸命な告白は、海堂女史にあっさりと受け止められた。

 海堂女史は、滔々と今までの違和感を語り始めた。


「四月の末くらいからでしたよね。レバーとかを試したりしてから、何も食べなくなりましたよね。代わりに実験室からは使うはずもない注射針が産業廃棄物として捨てられている。次第に日光を嫌うように、実験室へと篭られるようになりましたね」


「はいぃ……」


 千賀はすっかり説教を受けている犬のようになっている。


「用途の分からないバケツと血液凝固阻害の粉薬……っと細かい点は多々ありますが、割愛して」


「はい」


「ゴールデンウィークの後、変な場所で散乱するシカの毛に、捕獲報告がなく適当に埋められたシカの死体を見た時、『あっ、やったな』と思いました。あとはもう貴志さんのこととかも枚挙に暇がないですが、この前も私が、あの……生理の時、新品のボールペンを粉砕していましたよね。見てましたよ」


「仰る通りです」


 千賀は虚空を見つめながら無心で運転を続けていた。


「だから多分、千賀さんは吸血鬼みたいなものになったんだろうなって、ずっと思っていました」


「間違いありません」


 千賀は裁判官から罪状を読み上げられた被告のようになっていた。

 検察の俺はうんうんと頷いている。

 側から見ててこいつは怪し過ぎたよな。


「そこはあんまり問題じゃないんです。本当に問題なのは、それに付き合わされている山村くんの方です!」


「俺?!」


 突然話がこちらに来たので俺はびっくりした。


「そうです! 大方、山村くんから血でももらってたんでしょう。山村くんは、ずっと貧血気味なのかフラフラしてたんですよ。しかも、一度入院したのも千賀さん絡みの事件でしょ?」


「そうですね」


「山村!」


 俺があっさり認めたので、千賀は抗議の声を上げるが、海堂女史に「あなたのせいですよ」と言われてすぐに黙った。


「その後もよくよく聞けば、入院すべきところを自宅療養にしただけで、最初の入院よりもっとひどかったと言うじゃないですか! 千賀さんは何やってるんですか。山村くんが大事なら、もっと大事にしなさいよ、この馬鹿!」


 俺もそうだそうだと思い、「そうだぞ、反省しろ」と千賀に言ってやると、小さく「ごめんなさい」と呟いた。


「今だから言いますが、私は千賀さんの、そんな部分も好きでした。私が支えてあげたい、そんな風に思っていました」


 俺と千賀は海堂女史の告白を黙って聞いていた。


「でも、千賀さんは私には荷が重かったんだなって、山村くんを見ていて思いました。私は多分、千賀さんを支えられるけど、それだけ。山村くんみたいにはできなかったと思います」


「俺っすか」


「はい、そうです。山村くんはすごいですよ。山村くんと関わってから、千賀さんはどんどん自分の内面を出しても大丈夫なんだって、マスクで見えなくても柔らかく微笑んでいるんだって、分かるようになりましたから」


 海堂さんは、「もし窮屈だったら、研究室でもマスクとサングラスを外してもいいんですからね」と付け加えた。


「海堂さん。俺は別に結果的にそうなっただけで、千賀を教育してやることが目的ではなかったんすよ。俺はただ、千賀と対等になりたい。そのためには、千賀が何を思っているのかを言葉にしてくれないとダメだったから、俺はそこから千賀を教育したんです。それを吸収して成長したのは千賀自身っすよ」


 俺は海堂女史にそう言った。


「それができる人は少ないんですよ、山村くん」


 海堂女史はそう言って「ふふふ」と笑った。


「後はタクシーでも何でも使って帰りますから」


「そういう訳にはいかねっす」


 病院についてすぐ、海堂女史は俺たちに自分を置いて帰れと言った。

 しかし海堂女史の踝は真紫に腫れており、歩ける状態ではない。


「でも、山村くんも顔が赤くなってる。あんまり体調良くないんじゃないの?」


 俺は咄嗟にスマホのインカメで自分の顔を映した。

 多血症の症状が出てきているのか。


「千賀」


 千賀は俺を見て、僅かに匂いを嗅いで頷いた。

 俺は食べ頃です。


「分かりました。無理せずに何か松葉杖的な支えを借りてきますから。帰る時になったら連絡下さい」


「ありがとう、山村くん。これ、私の連絡先ね」


 俺は海堂女史と連絡先を交換した。


「千賀、俺とお前の食事、どっちを先にする?」


 俺は近くの寿司屋に向かう千賀にそう聞いてみた。


「俺はまだ大丈夫。山村はふらふらする? 少し抜いておこうか?」


「いや、大丈夫だ。以前よりも全然マシだからな」


「その節はごめんなさい」


「ほんとだぞ。お前がいなくなって俺は大変だったんだからな」


 そんなことを言っている内に、近くの回転寿司にやって来た。


 千賀は相変わらず産地直送のシャリ抜きばかり食べるし、俺はコハダルートを進む。


「今日は腹減ったな」


 そう言って最後に追加でお稲荷さんを食べる自分は、大分千賀の唾液に毒されていると思った。


 その内に海堂女史から電話がかかってきた。


「靭帯損傷みたいです」


 海堂女史は何てことないように言うが、それは大分痛むはずだ。


「傷は俺が治しましょうか?」


 これは千賀の好意からの申し出だが、海堂女史は首を振った。


「やっぱり感染症が怖いので遠慮します」


 千賀は海堂女史に俺と同じ理由で断られていて、俺はついつい笑ってしまった。

 そうだよな、研究者はやっぱりそこだよな。


 海堂女史は、自宅の場所を教えてくれた。


「もし山村くんがダウンして、千賀さんが限界になったら、ちゃんとインターホンを鳴らしてくれれば出ますから」


 これは千賀の空腹のことを言っているんだな。

 俺は海堂女史に、


「ありがとうございます。千賀も、海堂さんなら大丈夫と思いますが、俺を見て分かる通りに副作用もあります。それに最近は公営のそういう店でも食事をするようになったので、大分安定してきました」


 と、今の状況を伝えた。

 海堂女史は「それは、よかったです」と言い、


「そんなお店もあるんですね。面白いですね」


 と付け加えた。

エスデージーズ

「限りある山村を大切にしよう」

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