よると海堂さん
少し短めです。
この先が本番ですね。
「やっと着いた……」
研究所の明かりが見えてきて、俺は心底ほっとした。
夜の森はとても恐ろしかった。
俺がガサガサという音に一々反応すると、千賀は「あれはアナグマだ」とか、「あれはシカだ」とか言ってくれるからよかったものの、一人で行っていたらと思うと身震いしてしまう。
対する千賀は元気そうだ。
いや、少し元気過ぎるようにも見える。
海堂女史は、「もう歩けますから」と言って千賀から降りようとするが、千賀は「駄目です」と降ろす気はなさそうだ。
千賀の縄張りである実験室に入り、海堂女史は丁寧に椅子に降ろされた。
「ありがとうございます。お二人とも」
「あのままだったら、もしかしたらクマも出たかもしれないです。迎えに行けてよかった」
俺は海堂女史にそう返事をした。
千賀は海堂女史を見つめて動かない。
「どうした?」
「病院に行った方がいい。先に車を回してやってる病院を探す」
千賀はそう早口で言うとパッと実験室から出て行った。
俺は少し遅れて、奴は我慢が効かなくなったのだと気づいた。
後で褒めてやりたい。
「ごめんなさい、ご心配をおかけしました。今度はなるべく日の高い時に行くようにします。あとは、携帯は不携帯にならないように。そうします」
海堂女史は座ったままぺこりと俺に頭を下げた。
「そうですね。俺たちにも……俺、海堂さんと連絡先交換してないですね? ただその前に」
俺は海堂女史の足を見た。
足首が紫色に腫れ上がっており、服は所々裂けて血が出ている。
これは、千賀には目に毒だっただろう。
「まずは消毒、水で洗い流しましょう」
俺は海堂女史に肩を貸して、水道にまで連れて行った。
海堂女史は俺を支えにしながら、一つ一つの傷を洗っていく。
「山村さん。聞いてもいいですか? 千賀さんのこと」
「はい」
海堂女史には、もう千賀の変化は隠しきれないだろう。
「私、手にも怪我をしていたはずなんです。でも」
そう言って海堂女史は手の甲を見る。
洗い流したそこにはもう傷はなかった。
あの野郎、海堂女史をおぶった時に我慢が効かずに傷を舐めたな。
だから我慢が効かなくなるんだ、後で叱る。
「それと、千賀さんはとても力持ちで、それと……とても、冷たいですね」
「そうですね」
「山村さんが話せる範囲でいいです。千賀さんは、一体どうなってしまったんですか?」
海堂女史が言うことも尤もである。
彼女は別に、俺たちのことを詮索したい訳ではなく、この後どうなってしまうかが不安なのだろう。
俺は少し迷ってから、
「千賀は……少し変わってしまいましたが、危険な存在……ではありますが、千賀は千賀です」
何とも要領を得ない返事となってしまい、海堂女史はぽかんとした後に「そうですか」と微笑んだ。
「後は、奴のことは奴に直接聞いて下さい。プライバシーの問題がありますから」
「そうですね、そうさせてもらいます」
千賀、俺との特訓で鍛えたお前のコミュニケーション能力を披露する場がやってきたぞ。
「病院まで送ります」
千賀は海堂女史にそう言って、そのままお姫様抱っこをした。
海堂女史は少し頬を赤らめたまま「よろしくお願いします」と大人しくしていた。
研究室で荷物をまとめてから、千賀は後部座席の背もたれを可能な限り倒し海堂女史を座らせた。
俺は何も言わずにいつもの助手席に座った。
千賀は眩しそうにスマホを弄っているので、俺が「どこだ」と聞くと、「◯◯病院」と言うので、スマホを借りてナビにして奴が見やすい位置に設置してやった。




