びょうきと毛繕い
「山村、温かいよ。可愛いね」
「温かいのは可愛いのか……?」
俺は温かさと可愛さが繋がらなさすぎて困惑した。
「そうだよ。俺の手の中に命ある山村が怖がらずに収まってくれているのが、もう堪らないね」
「どう堪らないんだ?」
「その命にむしゃぶりつきたい気持ちと、この命を大事にしなくてはという気持ちがぶつかって、そこに心臓のリズムが心地良いとか、温もりでじんわり温まるのに喪った命を思い出すとか、全てがない混ぜになって、山村が愛おしい気持ちが常に高止まりを続けている」
「ヤバ、怖」
俺はそんなにヤバい場所にいたのかと改めて認識したが、ここから逃れようもないので口でそう言いつつも何もしなかった。
そこにパタパタとふくさが飛んできたが、途中で千賀に捕まった。
「はぁー? 父さんが勝手にやり始めたのに、どうして俺が……山村? 駄目ですよ。山村は、コウモリに噛みつかれるのは嫌だよな」
「ふくさだったらいいかもと思ったが、感染症が怖いな」
「ほら、父さん聞きましたか? 感染症は問題ない? それが問題ならばお前が一番不潔? 俺はいつも純エタノールで口を濯いでます。山村は俺の大事な人ですから」
「ふーん、感染症は大丈夫なのか」
俺は千賀の言葉から自分が必要な部分だけを拾った。
千賀はまだふくさとお話ししている。
今更だが、コウモリと喋れるなんてファンタジーだな。
「兎に角駄目です。俺にしといて下さい。山村も、ふくさが血を舐めているのを見たいんだよな?」
「そうだぞ。かわいいからな」
「ほら、はい」
千賀は自分の指の腹ををふくさの顔の前に突きつけた。
だが、ふくさはプイっと顔を背けて噛みつこうとしない。
「かわいいなぁ」
俺が指を出すと、ふくさはちろちろと舐めた。
それがくすぐったくて「ふふふ」と笑うと、千賀は嫉妬した。
「兎に角父さんは下がっていて下さい。今は俺の時間です」
千賀はふくさを握り締めると、そのまま俺を抱きしめた。
俺も、千賀がふくさに嫉妬しているのは分かったから、そのままにしておいた。
コウモリに嫉妬するとかどうかと思うが、実際に千賀はふくさを教授として扱うから仕方がない。
俺は冷たい千賀の腕を摩ってやって、少しでも温めようとしてやった。
「ん〜〜」
千賀はその様子に堪らなくなったのか、ふくさを置いて骨ガムを取り出して噛み始めた。
解放されたふくさは、俺の手の上まで飛んできたので、にぎにぎとしてやった。
「山村を俺のものにしたい。いいか?」
「仕方ないな、付き合ってやるよ」
「ありがとう、山村。大好きだ」
千賀は俺をそのままお姫様抱っこをして、俺のベッドに連れ込んだ。
「千賀、俺は」
俺は、千賀に告白させておいて自分の気持ちを晒さないのは卑怯だと思った。
だが、いざ口にしようとすると、なかなかまとまらないし憚られる。
「山村、どうしたんだ?」
千賀は俺の答えを待っている。
俺は「お前への気持ちを伝えたいから、少し待ってくれ」と伝えると、千賀は途端に俺を揺するのをやめて静かにした。
千賀は俺を待ってくれている。
ふくさも俺の手の中でじっとしている。
「俺にとって、お前は恋人ではない。性的な関係でもない。血縁のある家族でもない。共犯者かもしれないが、それよりは近い距離にいる。大事な人であることは間違いない。これを、何と呼ぶんだろうな」
俺は手慰みに空いている手で千賀の皮膚を摘んでみた。
無駄な肉がないからか、うまくつまめなかった。
触り心地はふくさの膜に似て、さらさらしている。
うっすらと毛が生えており、これは元々千賀自身があまり毛深い方ではないからだろうか。
「いつか海堂さんは『あったかい関係』と言っていた。気がつけば俺は千賀のことを考えているし、俺の生活の中心は今やお前にある。俺だって、お前なしで生きていくことはできても、それは、とても寂しいことだと思う」
俺はそのまま、千賀の頬を撫でた。
やはり触り心地は良く、そしてとても冷たく、下に頬骨があるのが分かる。
とてもシャープな形の顎まで指を滑らせ、そのままその指は千賀に甘噛みされた。
反射的に食いついてしまったらしく、パッと指は離された。
俺は千賀の後頭部に手を回して、そのまま千賀の頭を俺の肩まで持ってきて、囁いた。
「俺はお前のことを、とても気に入っているんだ。だから、俺を置いてどこにも行かないでくれよな」
「山村、山村、山村」
千賀はとても嬉しくなってしまったからか、俺の頭に頬擦りし始めた。
俺も悪い気がしなかったので、暫くそのままにしておいた。
その結果、髪の毛がくしゃくしゃになった。
俺は千賀に「責任を取れ」と言って、あまり使っていない櫛を渡した。
千賀は櫛を持て余している。
「俺の髪をくしゃくしゃにしたなら元に戻せ。櫛で解け」
俺がそう言ってやると、千賀は恐る恐る髪に櫛を入れ始めた。
千賀にとっては、針に糸を通すような繊細な力捌きが必要な作業かもしれない。
一つ間違えば、俺の頭に櫛が刺さる。
だが、俺には千賀がきっとうまくやれるという確信があったから、千賀に櫛を渡した。
「山村の毛繕い、楽しい」
千賀はすっかり気に入ったのか、すっと櫛が入るようになった髪を何度も解かしている。
「もういいぞ、ありがとな」
俺はキリがなさそうだったので、千賀から櫛を取り上げた。
千賀は残念そうだが、今日はもう寝る時間だ。
「よし、寝るぞ」
「山村は、俺にはやってくれないのか?」
「何が?」
俺は聞いてみてから、千賀も髪を梳かしてほしかったのかと気づいた。
「お前はやる必要ないだろ」
千賀の髪は多くの人間が羨ましがるほどのストレートヘアーで、少し細めの柔らかな髪は全て真っ直ぐに伸びて重力に従って落ちている。
正直ずるい。
「俺は山村に毛繕いをして欲しい。頼む。大好き」
「んー」
俺は悩んだ。
別に梳ることは吝かではないのだが、このままでは、大好きと言えば何でもやってくれると千賀が誤った認識を得てしまわないかを危惧しているのだ。
「俺のことはその、どう、大好き……なんだ?」
俺は照れを隠せないままに千賀に聞き返した。
千賀は真剣に考えて、
「山村は衣食住と同じくらい大切なインフラだ」
と答えた。
「人をインフラ扱いするな」
俺は千賀にダメ出しをした。
千賀はまた考えて、答えを出した。
「食べちゃいたいくらい、誰にも見せたくないくらい、常にくっついていたい、山村の匂いに包まれたい、それと……俺の心をぽかぽかで満たしてくれる、山村が大好きだ」
「最後の以外はアウトだが、合格だ。ほら櫛を貸せ。梳いてやるから」
俺は千賀の後ろに回り込み、先ほど千賀の差し出した櫛を、整える必要のない髪に差し込んだ。
サラサラ過ぎて手応えが全くない。
「なんでこんな髪がサラサラなんだよ」
「分からないが、昔からそうだった」
判然とはしないが、これは千賀個人の特性のようだ。
「気持ちがいいな」
千賀はとてもリラックスして、俺に頭を預けている。
試しに髪をめくって頭皮を見てみたが、人間の頭皮と変わりはない。
俺はふーんと思いながら、暫く千賀の髪を梳いてやった。
夜寝る時間となり、ふくさがパタパタと枕元にやってきた。
「ふくさ用のコームみたいな櫛が売ってるかな」
「ふくさはたまに洗えば良いと思うよ」
千賀がそう言うと、ふくさはふるふると首を振った。
丸洗いは嫌らしい。
「結局洗った後に梳かすから、コームは一つあった方がいいな。ふくさ、お前も何かほしいものがあるかもしれないから、今度買い物に着いてきて千賀に翻訳させるんだぞ」
ふくさは「チィー」と鳴いた。
俺はふくさがかわいくなって指で顎の下を撫でてやった。
「父さんが山村に堕ちた……」
千賀はふくさを見て慄いている。
このかわいらしいふくさのどこが恐ろしいというのか。
俺は「お前はふくさだよなー」と指で頬を揉んでやると、もぞもぞと抵抗らしい抵抗もしない。
千賀もそのまま布団に潜り込んでいったので、俺も大人しく寝ることとした。
堕ちたな。
これは山村堕ちだな。
人外によくあるパターンですね、山村出しておきます。




