あそびと口説き
ふくさかわいいね。
「今日はどうする?」
千賀は悩んだ上で、「山村と遊びたい」と言ってきた。
「いいぞ。俺はどうすればいい?」
「これ、引っ張って。お願いします」
千賀は牛革の玩具を出してきた。
俺は大人しく渡された端を持った。
最近、千賀は自分の布団で寝ないため、布団は脇に片付けられているのでスペースがある。
「はいはい」
俺は風呂入る前がよかったと思いながらも、適当にギュ、ギュ、と引っ張ってやった。
その様子を、俺の肩に乗ったふくさはじっと見ていた。
最初は面倒だったのでベッドに腰掛けて適当に引いていたが、千賀の熱が入ってくると身体が浮くようになってきたため、仕方ないので本腰入れて引くようになっていった。
「千賀、手加減してくれ」
しかし千賀にはあまり聞こえていないのか、力は強まるばかりである。
「千賀。離すぞ。五、四、三、二、一、ほら離した」
千賀は最後に力を緩め、俺の脇に手を入れて持ち上げた。
「何だよ」
「山村を捕まえた」
「はいはい、捕まってますよ」
千賀は嬉しくて堪らない様子だったが、俺を抱き上げるばかりで振り回したり放り投げたりはしなかった。
いつぞやの言ったことを守っているらしい。
「お前にとって、この遊びは何なんだ」
「これは……」
千賀は落ちている革紐を見て考えている。
「最後の抵抗に打ち勝って、山村を捕まえるための遊び」
「は、はぁ。俺はお前から逃げる姫か何かなのか」
「戦う人兼獲物だね」
「さいですか」
理解できるような、そうでないような。
床から「チィー」という声がしたので、下を向くとふくさが革紐を咥えて待っていた。
「父さん? 何をしてるんですか?」
千賀は大変訝しげにふくさに聞いた。
「はぁー? いくら父さんでもそれは嫌です。今は、俺が山村にお願いして遊んでもらってるんです。父さんも山村の許可を得て下さい」
千賀はとても不満げにふくさにそう言った。
どうやらふくさは俺と遊びたいらしい。
「いいぞ」
「えぇっ?!」
俺は簡単にふくさに許可を出した。
千賀は大変驚いている。
「どうして山村は許可を出すんだ!?」
俺は千賀に詰め寄られた。
「いやだって、俺もふくさと遊びたいし……」
千賀はふくさをギロリと睨んだ。
「このコウモリの端末が悪い。こんな姿だから、山村は父さんを父さんとして扱わないんだ」
千賀はふくさの翼を広げて文句を言っている。
千賀は教授に何かしらを言われたらしく、俺の方をバッと振り返った。
「山村! 山村は、俺がコウモリの姿だったら、大事にしてくれるのか?」
「別に俺はお前がどんな姿でも大事だが」
「具体的にはどんなことをしてくれるんだ?」
「ふくさと同じように扱うよ。コウモリだからな」
千賀は俺のふくさの扱いを思い返して、身震いした。
「分かった。頑張るよ」
千賀はそう言って、床にふくさを置いた。
ふくさは革紐の端を咥えたまま飛び、金属製の棚に翼の爪を引っ掛けてスタンバイした。
「本当にやるのか?」
俺の問いにふくさは頷いた。
かわいいな。
俺はふくさの体重のことも考え、まずは優しく引っ張ってみた。
意外と大丈夫そうだ。
次はちょっと強めに引いてみた。
全然ふくさが動く気配はない。
俺は千賀がやりたいと言ったように、ふくさを空中で受け止めてみたくなった。
試しに少し強めに引いてみた。
棚が動いた。
俺はふふと笑って、「ここまでだ」とふくさの頭を撫でた。
すかさず千賀が棚の隣に正座をして頭を差し出してきた。
俺は特に撫でる理由がなかったのでスルーした。
「山村ぁ」
「お前を撫でるメリットがない」
「メリット……?」
千賀は思考の迷宮に迷い込んだ。
「ほら」
俺は千賀に手を差し伸べた。
千賀は俺の手を撫で始めた。
「違う! ほら掴まれよ」
千賀は何かを思いついた顔をして、俺の腕を引っ張って転けさせてから、自分が立ち上がって俺に手を差し伸べた。
「ほら捕まってくれ」
俺は千賀の言葉のニュアンスに危ない匂いを感じて、一人で立ち上がった。
千賀は「ああっ」と狼狽えている。
「お前はもう……人の好意まで無碍にして。もう手出してやらなくてもいいんだからな」
俺は膝をパンパンと叩きながら、呆れてそう言った。
「それは嫌だ」
「だったら正面から頼め。それを聞くかは俺の気分次第だがな」
「ひどい……」
千賀はしゅぱっとソファで丸まった。
俺はまだ革紐をガジガジと噛むふくさに、「それは千賀のものだぞ」と声をかけると、ふくさはハッとしてぽとりと牛革の紐を落とした。
「山村は温かいね」
「はぁ」
「山村は丁度良い大きさだね」
「そっすか」
千賀は、いつぞやか俺が言ったように、俺を口説こうとしているらしい。
だが悉く失敗している。
「別に俺はそれを言われても何とも思わないぞ。お前は一体何がしたいんだ」
「山村が俺の膝に自動的に乗るように仕向けたい」
「自動的ってなぁ……俺は人間だから。マイナス十点」
「ぐっ」
千賀は頭を抱えている。
俺は仕方なく助け舟を出してやることとした。
「ほら、お前には文明の利器があるだろうが。その板で口説く例文でも調べてみりゃいいんだよ」
「成程な」
千賀は早速スマホで調べ始めた。
「山村、分かったぞ」
千賀が画面から顔を上げた。
俺は「何が分かったんだ?」と聞く姿勢となった。
「まず、俺は今まで単に頼むことしかしてこなかった。山村の好意に甘えていたのかもしれない」
「おぉそうだな。お前は自分の欲求を口にすることすら難しかったからな」
「そうだ。だが、今の俺は違う。成長した」
千賀はそこで胸を張った。
俺は「おー」と乾いた拍手をした。
「口説く方法は、ストレートに気持ちを伝える、内面や魅力を褒める、未来を連想させる方法があるそうだ。俺はそれを今から山村に試す」
「ほぉ、やってみろ。採点してやる」
千賀は少し考えてから、こう言った。
「山村は俺の話を聞いてくれる。いつも俺の答えを待ってくれる。だから、俺は安心して自分を曝け出せる」
「そうか。それは俺の前にいるお前の話だな」
「くっ!」
千賀にとっては、今まで無視し続けてきた自分が感じていることが大き過ぎて、他の人の気持ちのことまではなかなか考え辛いのかもしれない。
「山村は優しい。とても優しい」
「そんなことはないぞ」
俺が即否定したことに何かを感じたのか、千賀が畳み掛けてくる。
「山村は心の底では俺が大事なのに、俺のために、俺を甘やかさない。俺は甘やかして欲しいから、俺も甘やかしたいのに、山村はそれをさせてはくれない。ちゃんと言葉にしろといつも言う。それが、俺を一人の千賀睦月として見てくれているのだと思うだけで、俺は、俺は……」
千賀はそこで言葉に詰まった。
俺は優しく、「お前はそれをどう思ってるんだ?」と聞いてやった。
「俺はね、山村。例えようもなく嬉しいんだ」
千賀は俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「で、お前は何をしてほしいんだ?」
俺は千賀にそう切り返した。
千賀は、「えっ、えっ」と言葉に詰まった。
大方、口説くのに一生懸命でその先まで考えていたのを忘れたのだろう。
愛おしいな。
俺は無言で千賀の頭を撫でた。
千賀は誇らしそうに、嬉しそうにそれを受け入れた。
「俺を椅子として使って下さい」
「お前は椅子じゃない、却下だ」
だから人をモノ扱いするなと。
「えっ……俺の上に座って、山村の温かさを楽しみたい」
「分かった。いいぞ」
俺はシュタっとソファに座った千賀の上に腰を下ろした。
「山村、温かいよ。可愛いね」
「温かいのは可愛いのか……?」
俺は温かさと可愛さが繋がらなさすぎて困惑した。
ちなみに私、くすまも大好き人間です。
千賀のこの調子、少しあの方を思い出しますよね。
今でも、彼の方は橋を渡って、あの世界で過ごしているのだと信じています。




