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でんわと神保

「お前、海堂さんにまで嫉妬していたら日が暮れるぞ?」


 俺は箸を置いて千賀の頬を引っ張った。

 牙は少しだけ伸びている。

 今日は日中頑張ったし、小腹が空いてきたのだろう。


「明日は金曜で、土曜を過ぎたら日曜だな」


「そうだな」


「お前は食事、どうする?」


 千賀は顎に手を当てて悩み始めた。

 色々あったが、一昨日食事したばかりだからな。

 料理中は巣に戻っていたふくさがパタパタと千賀の肩に止まった。


「父さんが食事を用意してくれるそうだ」


「それなら、明日でいいか?」


 千賀は考えている。

 今まで、こんなに余裕を持って食事について考えられる環境ではなかったからな。

 あの店のお陰である。


 その時、電話がかかってきた。


「神保からだ」


 俺はスッとスピーカーホンに切り替え、スマホを空になった茶碗の隣に置いた。


「もしもし、山村です」


「神保だ。何かあったか?」


 神保は早速、俺たちの安否を確認してくれた。


「最近は……っと、あの店に通っていて、千賀がやっと飢餓状態から脱しました。後は、千賀の実家に行ったり、千賀が散歩でシカ狩ったり、俺がグールにならないかと誘いを受けたりしましたね」


「今何と言った? いや待ってくれ、情報が多い」


 俺は少しの間神保からの返事を待った。

 千賀とふくさはスマホを見下ろしていた。


「まずはな、千賀さんはずっと飢餓状態だったのか? あれから、ずっと、今まで」


「はい、そうだったみたいですね」


 画面の奥からは長いため息が聞こえた。


「街中に満腹のライオンを放つのは、百歩譲って許そう。ライオンは満腹ならシマウマも寄るほどであり、千賀さんは理性がある。だがな、空腹のライオンを街中に放つのはやめてくれ。あぁ、一宮には良い仕事をしたと後で連絡しておくか」


「そうですね、それで、その一宮さんなんですが」


「どうした?」


 俺は少し考えてから答えた。


「少し政府の方の手が必要なことがあって、神保さんの名前を出して協力を仰ぎました」


「どうした、何があった」


 俺はそこで千賀とふくさを見ると、首を振っている。ダメだそうだ。

 じゃあお前考えろよと視線を向けるも、思いつかないとお手上げのポーズを取る。

 地味にムカつくな。


「あー、えぇとですね。千賀のー、あの、友達! 氏家が駐禁取られた時あったじゃないすか、あの時車で追いかけてきていた会田という男が、千賀を研究対象にして政府を脅して自分のポストを用意させようとしてるって聞いたんですよ。それで、千賀も政府の仕事を勧められて、会田のことも含めてどうかなと思いまして」


「成程な。俺が役に立てる時があれば呼んでくれ」


 神保には嘘がバレているようで、その上で気遣われてしまい、俺は小さく「ありがとうございます」と答えることしかできなかった。


「それで、こちらからも聞きたいことがある。千賀さんはいるか?」


 俺が視線を向けると、千賀は「ここにいる」と答えた。


「昨日辺りから、うちの犬飼の姿が見えない。何か知らないか?」


「犬飼?」


 俺と千賀は知らない名前に首を傾げた。


「あなたたちの職場に、貴志の荷物を取りに行った男だ。一度会っているはずだが」


 俺は先月の記憶を掘り起こし、俺たちが宗教施設に赴く原因を作った、いけすかない男のことを思い出した。


「あの男、名乗りませんでしたからねぇ?」


 俺が嫌味ったらしくそう言うと、電話の向こうからは「あの野郎……ッ!」と悪態を吐いていたのが聞こえた。

 あちらでも人柄は良くないらしい。


「そちらの生活圏で、あいつの匂いがしたら教えてくれないだろうか」


 俺は千賀を見た。

 千賀はなぜかまずいという顔をしている。


「どうした? 千賀」


 俺が聞いても、千賀は答えない。

 代わりに千賀が神保に聞いた。


「その犬飼という男は、どんな男なのか聞きたい」


「何が知りたい」


「狩人なのか、そうではないのか」


 神保は少し考えた後に、「見習いだ」と答えた。


「しかも、奴は何故か知らんが吸血鬼を追っていた。教授の資料も集めていた様だな。それがどうした」


 千賀は言葉を失い、肩のふくさを見た。

 ふくさの表情は分からない。

 コウモリだからな。


「……いや、何でもない」


 千賀は苦々しくそう吐き捨てた。

 神保も何か引っかかるところがあったようだが、何も言わない。


「では、何か手掛かりがあったら教えて欲しい」


「分かりました」


「待ってくれ」


 千賀が電話を切るのを止めた。


「神保さん、父さんからの伝言だ。『日曜日、睦月に同行する許可をやろう。詳細はそこの山村葉一から聞け』だ、そうだ」


 ガタリと椅子が動く音がした。


「今、千賀さんは父さんと言ったか。それは、『教授』で間違いないか」


「はい、そうですね」


 俺は何のことはないという様子で言った。


「山村君は何故落ち着いていられる?! そこに教授がおり、この電話さえも聞いていたんだろ?!」


 神保は慌てており、語尾も乱れている。

 俺はそこで、教授がいるという異常性に気づいたが、もう遅い。


「あー、あの、教授がこの前家に来て、コウモリを置いて帰ったんですね。今は千賀がそのコウモリを通じて教授と話しているって感じですね。はい」


「使い魔……ッ! 厄介な」


 神保が戦闘モードに入りそうなので、俺は何とか和ませようと思ってふくさの話を始めた。


「あぁ、可愛いですよ。名前もつけたんです。ふくさって言います」


「は?」


 神保から声が届かなくなった。

 俺は「電話が切れたかな?」と思ってスマホを見るも、何事もなく通話時間は一秒ずつ進んでいる。


「あぁ、教授が言うならそうですね。俺たち、日曜日の夜八時に◯◯駅に集合、そこから◯◯公園まで歩いていき、教授に会いに行く予定なんです」


「は……はぁ」


 神保の歯切れが悪い。


「ちゃんと聞こえたでしょうか、もう一度」


「いや大丈夫だ。聞こえている」


 落ち着いた神保が戻ってきた。

 よかった。


「これは教授から口止めされてたんですが、なんで突然招こうとしたんですかね?」


「宣戦布告か、それとも、尻拭いか。どちらにしろ碌でもないな」


 神保は吐き捨てるようにそう言った。


「教授から、『お前と、あのまずい餌くらいなら同行を許可する。精々塵紙として役立ってくれ』だそうだ」


「分かった」


 今度は神保が苦々しくそう言った。


「何か近況報告のつもりが、そんな感じではなくなって申し訳ないです」


「いやいい。手掛かりが手に入っただけ収穫だ。日曜日、宜しく頼む」


「こちらこそよろしくお願いします。では」


「山村君も気をつけてくれ。また日曜にな」


 そうして電話は切れた。

神保 普通の狩人の感覚

千賀 普通の吸血鬼の感覚

山村 普通の人間の感覚じゃねぇよ。

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