あさりと恋愛
「しんどい」
帰ってきて早々に千賀は実験室で干物になった。
俺もそれを見て、ふくさを千賀の上に置いた。
「千賀、ふくさは大丈夫か?」
千賀はふくさに目を向けると、「俺よりは大丈夫みたいだ」と言ったが、そのまま指を出して噛みつかせていた。
こまめな充電を心がけているようだ。
「俺、罠洗って置いてくるんで。一基だけ作動済みで置いておく、でいいんですよね」
「あぁ。そうすればクマはかからないし、俺はシカを襲った時の言い訳が立つ」
そう言うと、椅子を並べて寝ている千賀の顔にふくさが行き、ぺしぺしと飛膜で千賀の顔を叩き始めた。
「ぶっ、何ですか父さん」
ふくさは何も言わずに謎の行動に出たようだ。
千賀はふくさから何事かを聞き、「嫌です」と断った。
「何か言われたのか?」
「ちゃんと法定猟具を使ってシカを捕獲しろと怒られた」
「その通りだ。そこはちゃんとしろ。足がついたらどうすんだ。お前が自分で狩るのは、狩猟ではなく狩りだ」
「はい……」
千賀は俺と教授に怒られてぺそりとしている。
俺は千賀の元気を出してやろうと、いい情報を教えてやった。
「知ってるかもしれないが、鳥獣保護法で保護されているのは鳥獣のみ。つまり、両爬に魚類は対象ではない。だから、奄美大島でハブを狩りまくっても、印旛沼付近でカミツキガメを獲りまくっても、恐らく何も言われない。ただやり過ぎは良くないがな」
「山村……俺のために調べてくれてありがとう」
俺は千賀の顔を覗き込んだ。
千賀がこんなことを素直に言うはずがない。
熱でもあるのかと思って額に手を当てるも、冷たいまま。
「本物か」
「俺は本物だよ、山村」
千賀は微笑んで、俺の腕を掴んで寄せた。
ちなみにふくさは、千賀にどかされてそのまま机の上に乗せられていた。
「なぁ、神保さんに連絡した方がいいと思うか?」
俺は帰りの車で千賀にそう聞いてみた。
「何故?」
千賀はあまり分かっていなさそうだ。
「……神保さんは狩人だよ、父さん」
千賀は俺のポケットの中のふくさと会話しているのか。最近、途中で教授が口を挟んでくることが増えたな。
俺が聞こえないのが不便だ。
「この前の政府の一宮さんを呼び出すのに、神保さんの名前を使ったからな。後は最近連絡していないなと思って」
千賀は俺の言葉に「うーん」と悩んでいる。
「ただ、週末に教授に会いに行くことは言わない。それは多分教授に失礼だからな」
「それならば……いや、しかし」
「そんなに嫌か?」
俺が聞くと、「別に俺は良いんだが」と俺のポケットを見る。
「父さんが聞いてないって言ってる。いけ好かない政府の飼い犬に、よりによって野良犬にまで良い顔をしているのは馬鹿げていると、ずっと文句を言っている」
「まぁ、教授にとってはそうか」
俺は教授の言い分にも納得した。
嫌いな人を自宅に招きたくはないからな。
しかし、俺には腹案があった。
「教授。あんたさ、千賀とその餌者を招いたよな。つまり、全員が餌者なら文句ないんだな?」
少しの間、車内は沈黙に包まれた。
「約束は守ろう、父さんはそう言っている」
「そうか、あんたがちゃんと約束を守れる人でよかったよ。まぁ、政府の人間は契約があったはずだから、傷つけられはしないだろうが、他の奴らはちゃんと千賀に噛んでもらわないとな」
千賀は複雑な顔をした。
「山村はいいの? 俺が他の人間を餌としても」
「あの店でも許可したように、別に気にしないが」
「何故?」
千賀は本当に不思議そうだが、俺は別に千賀が誰を噛もうがちゃんと口腔ケアしてくれれば全く文句はない。
「俺は、山村が誰かに噛まれたら嫌だよ」
なるほど、千賀はそれを考えていたのか。
「それはお前の父さんでもか?」
「山村も、自分の分の肉を横から一口齧られたら嫌ではないのか?」
「別に気にしないが」
「えぇ……」
千賀とは価値観が合わないようだ。
餌者はシェアすることもあると言うから、吸血鬼の世界は俺派の方が多いのかもしれないな。
俺はメールで神保に[後で電話していいですか]と連絡した。
今日の夕飯は、アクアパッツァだった。
スーパーで売られていた安いニシンに塩を振り、油を入れたフライパンにイン、両面が焼けたらミニトマト、パプリカ、アサリ、白ワインを入れて酒蒸しにする。
「お前さ、以前俺が氏家にやられた時に貝毒だとか当ててたよな。あれって、やっぱ貝みたいな味がしたからか?」
俺は活あさりの殻をこじ開けて中身を摘む千賀に聞いてみた。
「そうだ。貝の痺れるような風味と似ていたからな。これもまた悪くないのだが」
「確かにアサリとかは生きているまま売ってるもんな。おいしいの?」
「まずくはないが、大して栄養にはならなさそうだな」
「小さいからな」
俺は空になったアサリの殻を見ながらそう言った。
「じゃあ、ゾウやクジラの血を飲んで生きてはいけないのか?」
「……なるほど。やはり人間が必須アミノ酸を求めるように、我々も人間でないと駄目らしい」
千賀は教授の言葉を聞いてそう言った。
「それは、グールとかでもか?」
千賀は「父さん」と話しかけ、ふんふんと相槌を打っている。
「ものによるそうだ。人間要素のある人外ならば、例外的に栄養になる場合もあるが、我々がそのままでいたければ、そうした者には手を出さぬ方が吉だ、と仰っている」
「なるほどな」
人外はこいつらのように生命体とは思えない奴らもいるからな。人間であるか、命があるか、この辺りが問題になるのかもしれない。
実際には試してみないと分からないのだろうが、安易にアンナさんの誘いに乗らなくてよかったのかもしれない。
「じゃあ、ふくさは俺の血を」
「許さない」
「へいへい、分かりました」
千賀は食い気味に俺のふくさへの餌付けを禁じた。
一度あの小さな舌でぺろぺろされたらどんな感触なのか試してみたかったのだが。
よく考えたら、コウモリに噛みつかれるって感染症の恐れがあるのでは?
いくら教授が大丈夫といっても、俺が感染症にかかる可能性は拭えない。
俺は千賀と作った飯を食べながらそう思った。
いや、しかしと千賀を見る。
千賀は俺が見つめると、照れながら微笑んで「山村」と声をかけてきた。
乙女ゲームのスチルでありそうだ。
しかも、好感度が大分高い奴。
乙女ゲームは二番目の彼女が俺に無理やりやらせてきたのでプレイしたことはあるのだ。
逆に現実離れしていすぎていちいち展開に爆笑していた思い出がある。
俺は千賀を見ながら、俺が乙女ゲームの主人公として海堂女史を相手に選んだ場合はどうなったのかと想像してみた。
きっと順当に大人の恋愛をして、付き合えたかどうかは彼女次第だっただろう。
断られる理由は、年齢か、性格か、それともお互いの家庭の事情か。
きっと、それをオブラートに包んで伝えてくれるか、しっかりと伝えてくれるかは、好感度次第だろう。
翻って、今の俺はと思い、千賀を見やる。
こいつは、中身が幼過ぎて恋愛までいかないなと一瞬で結論づけて終わった。
「山村、何を考えているんだ?」
「お前は恋愛対象としては幼過ぎるってことをかな」
「山村……もしかして、歳上好き?」
千賀はショックを受けていた。
少し考えて、そうか、こいつはもう少なくとも見た目で歳を重ねることはないのだと気づいた。
「違うぞ」
「だが、海堂さんに向ける態度は、俺のものと全然違うんだが」
「お前、海堂さんにまで嫉妬していたら日が暮れるぞ?」
どっかの彼◯島ばりの作中の「そこ引っ張ってタイトルにする?!」をやっている自覚は少しある。




