きもちと接触
ふくさかわいいね。
それしか語彙がないのか作者は。
ひょこりとふくさが千賀のポケットから顔を出した。
「お前そんなところにいたのか」
「あっ」
俺はふくさを掴んで寝床のところに引っ掛けようとしたが、ふくさは俺の手から離れない。
俺は仕方ないなと思いながら、ふくさをソファの背の上に乗せた。
しかし、ふくさはそこでも落ち着かずにふわりと俺の背中に飛びついた。
「かわいいな」
俺がふくさを撫でてやると、ふくさは固まった。
俺は撫でやすくなったと思って、ふくさのふわふわを堪能した。
千賀はその様子を見てわたわたしている。
「お前、差し出せるものって言ったから、物理的にお前が持っている物品のことを考えていないか? そうじゃなくて、お前の俺に差し出せる気持ちとかでもいいんだぞ」
俺はふくさを撫でながら千賀にそう言った。
なかなかどうして触り心地がいい。
野生のコウモリなんて触れる機会がないから、こんな触り心地なのは全然知らなかった。
「気持ち……? 大事では駄目なのか?」
「どれくらい大事なんだ?」
「や、山村がふくさを大事にする気持ちよりももっと大きい」
「それは俺の気持ち。却下」
どうしてそれでいけると思ったんだ。
「俺の気持ちは俺の気持ち。お前の気持ちはお前の気持ち。俺は、お前のことを一番大事に思っている。お前は?」
「俺は……」
千賀はちらりと肩の上にいるふくさを見た。
「山村は、人間の中で一番大事」
「どれくらい大事なんだ?」
「いつも一緒にいたい。料理を食べさせたいし、山村が楽しそうにしていると、俺も嬉しい」
千賀は俺を真っ直ぐに見つめてそう言った。
俺は陥落してもいいかなという気持ちになった。
「そうか。まぁ及第点をやるよ。そんで、俺に何をしてほしいんだ?」
「ここに座って、俺のものになって」
千賀は自分の組んだ足の間を指した。
「お前のものにはならないが、少しだけ俺を貸してやるから、後でちゃんと返すんだぞ」
俺はそう言って、千賀の上に腰掛けた。
「どうして山村が許可を出してくれるのか、分からない」
千賀は俺に手を回してそう言った。
「山村はいつも最後には俺の欲しいものをくれる。だが、どうしていつもそんな回りくどいことをするのか、俺には分からない」
「本当にそう思うのか?」
「あぁ」
千賀は頷いた。
肩を何かが這う感覚があったので、ふくさは千賀の方に移ったのだろう。
「それは、普段はお前が回りくどい言い方をするからだよ」
「だが今回はちゃんと言えた……よな?」
「今回は俺が乗り気でなかったからな」
俺は回された千賀の腕をむにむにと揉んでみた。
肉は柔らかく、皮膚も特に厚いようには感じない。血色は頗る悪く、しかし肌にはハリがある。
「俺だって、お前が大事と言っても、いつまでもお前の相手をしているのは正直疲れる」
「えっ……」
千賀は今更俺が労力をかけて伝えてやってることに気づいたのか。
「俺は山村を疲れさせていたのか……?」
「そうだよ。だってお前自分の気持ちを言えないわ、頼み方がなってないわで散々だったからな」
「ぐっ!」
千賀はダメージを受けている。
事実は事実だからな。
「いいか、千賀よ。俺はお前が大事だから。お前が楽しいという気持ちを俺も分かち合いたい。そのための道具が言葉で、お前は本当に言葉の使い方がなってない。だから俺はお前に気づいてほしいんだよ」
「何に?」
「お前自身と、俺自身を大事にするってことの意味をな」
俺はそう、この哀れな千賀に言ってやった。
「山村!」
俺は千賀を焚き付けてしまったようで、千賀はガバッと上から掛け布団をかけて俺を閉じ込めてしまった。
「んー、山村の匂いがたくさん。良い匂い」
「舐めたり噛みついたりしたらこれ禁止だからな」
「気をつける……」
千賀は暫く俺を強く抱きしめて俺を堪能していた。
「ほら、ふくさも来いよ」
俺はよく見えないが、そう声をかけてやるとふくさはまた俺に乗り移ってきたようだった。
俺は千賀の腕を押し除けてふくさを手の中で温めてやった。
「山村は父さんも大事なのか?」
千賀から明らかに機嫌が悪そうな声が聞こえた。
自分に意識が向いていないのは面白くないのだろう。
「教授は正直よく分からないな。昨日も何しに来たかよく分からなかったし。ただな、正直教授が千賀の胸にナイフを刺すビジョンが全く思い浮かばないんだ。それが、同族にすることに必要であったとしても、きっと、教授はそこまではしない。だから、本当に分からないんだ」
「分からないのか」
「そうだ。ただ、お前が教授に懐いているのはかなり気に食わないな」
千賀はうーんと考えている。
ふくさは俺の手の中でじっとしている。
気持ちいいのだろうか。
「山村は、俺が父さんに撫でられているのは嫌なの?」
「嫌だというか……ずるいという感覚に近いかな。俺が時間をかけて少しずつ千賀との関係を深めていったのに、向こうはそんなの関係なく、親だから落ち着くんだろ。ズルじゃん」
「山村と父さんは別枠だから」
「俺にはそうじゃないの」
千賀にそう言ってやるも、何だかよく分かっていない様子だ。
唐突に千賀は「そうだ!」と声を上げた。
「山村は父さんに嫉妬しているんだ!」
俺は言葉に詰まった。
それは、否定できないからだ。
俺は別に、千賀に懐いてほしい訳ではない。
千賀が従順な犬のように俺を慕ってほしいとかは思っていない。
ただ、俺の手から離れて教授の元にいる時だけ、千賀は俺を一切見なくなる。
それが、堪らなく悔しいと思うのだ。
「どうだろうな」
俺は手の中のふくさを優しく撫でながらそう言った。
「で、そろそろ俺はいい加減息苦しいんだが」
「もう少し、もうちょっとだけ」
「えぇー、どうしよっかなぁ」
俺は手の中のふくさに意識を向けた。
ふくさは一向に温まらない。
「なぁ、ふくさはずっと冷たいままなんだが。温まらないのか?」
俺の問いに、少しした後千賀が答えた。
また教授の電波か何かを受信したのだろう。
「我々の身体はもう温まることはない。それと、山村は知らないかも知れないが、我々は接触している生命体から常に微量のエネルギーを吸い取っている、だそうだ」
「マジか、お前の存在が毒じゃん」
俺は半ば予想していた答えに、あまり驚かなかった。
明らかに疲れるからな。
「お前、俺からエナジードレインしたいからくっついていたがっていたってことなのか?」
「それは……分からない」
「じゃあ、他の人とくっついていたいと思うか? 例えば会田とか」
「それは……何となく嫌だな」
会田、ご愁傷様です。
「じゃ、お前は俺とくっつくのが純粋に好きなんだろ。まぁそれでいいや。という訳で俺のレンタル時間は終わり! 俺はもう寝る!」
「えぇー」
千賀は不満気だ。
「お前俺の体力まで吸っておいて、俺を長生きさせないつもりかよ。全く……俺には、お前の椅子を断る権利があることを忘れるなよ」
「分かった、今日はもう寝よう」
千賀はバッと布団を剥がして、俺を丁寧にベッドに寝かせた。
俺は即座に起き上がり、手の中のふくさを寝床に連れて行った。
しかし、ふくさは入ろうとしない。
「ふくさ、もう寝る時間だぞ」
俺が強引にふくさを網の上に置いて去るも、ふくさはパタパタと俺の背中にしがみついてきた。
「もう、かわいいなぁ」
仕方がないので、俺はそのままにして、歯を磨いたりしてからふくさを手で包んで枕の隣に置いた。
「俺が寝返り打ったら潰してしまうから、そこにいるんだぞ」
「父さん……?」
俺がそうふくさを大事にしている姿を見て、千賀は戦慄していた。
「こいつはふくさだ。教授が何と言おうとも、こいつを俺はコウモリとして扱う。実際そうだからな」
「そうだけれども……父さん?」
そんなことを言っている内にふくさは俺の首元によじ登ってきて、そこで落ち着こうとした。
「ここはダメだ。落ちるからな。そこで大人しくしていてくれ」
俺はすかさずふくさを掴んで枕の隣まで戻した。
「ずるい……」
「ふくさにズルいと言っても仕方ないだろ。ほら、お前も自分の布団で寝な。明日も仕事だからな」
千賀は俺をちらちらと見ながらも、渋々と布団の中に入っていった。
「電気消すぞ、ほらおやすみ。千賀」
「おやすみ山村」
父さん……俺、父さんにも甘えられたことなかったのにね。
そりゃそうだわ。




