まるあらいとお願い
ふくさかわいいね。
「ふくさ、ふくさ」
俺は千賀のポケットに向かって話しかけた。
もぞもぞとコウモリが出て来た。
「風呂の時間だ」
「あっ」
俺はふくさを掻っ攫って風呂場に連れて行った。
ふくさは震えているが、決して無体なことはしないと約束する。
先ほど購入した犬用のシャンプーを置き、シャワーが温水になるまで待ってから、洗面器にお湯を入れる。
確かに千賀の言う通り、ふくさは冷たいが、確かに身動きをするのでこれは生き物であると判断した。
「ふくさ、お湯かけるぞ」
俺はふくさに少しずつお湯をかけてやると、最初は嫌がるような素振りを見せていたが、暫くすると観念したように動かなくなった。
俺はふくさの顔以外を濡らし終わると、
「ふくさ、泡立てるぞ」
とふくさを風呂の椅子に置いて犬用シャンプーの蓋を開けて中身を手に出し、泡立ててからふくさに優しく触れた。
「皮膜傷つけないようにな」
俺はしっかり泡塗れにしてやると、またお湯をかけて泡を洗い流した。
その後、入念にタオルドライをすると、ふくさはピカピカのふわふわになった。
ちなみに、ふくさはオスだった。
「よし、じゃ、薬つけるからな」
俺は先ほど買ったノミ取りの薬を、もがくふくさの首の後ろに垂らした。
「はい、これで終わりなんだが、試しに家を作ったから入ってみてくれ」
俺はそう言ってふくさをがっしり掴んだまま、俺が作った巣に近づけた。
ふくさはまるで災難に遭ったと言わんばかりに、俺の作った巣に入って落ち着いたようだ。
「父さん……」
千賀がいつの間にか後ろにいて見ていた。
コウモリが話しているのか、千賀はうんうんと相槌を打っている。
途中で「おいたわしや……」とか言っているが、俺は俺の家に入れる生き物にも最低限のルールを敷くのだ。
「山村、あまり父さんをいじめないでやってくれ」
「父さんじゃなくてふくさな」
「ふ、ふくさ……は、住み心地が良いと言っている」
「そりゃよかった、作った甲斐があったわ」
俺は満足して巣に閉じこもったふくさを見た。
俺はもさもさと千賀の作った夕飯を食べ、いつものように千賀は風呂を洗いに行った。
ふくさも巣から出てきてパタパタと千賀を見に行った。
「かわいいな」
ペットがいるのは心が豊かになるなと思いながら、俺はいそいそと弁当を詰めていた。
「千賀は今日どうしたい?」
「山村を巣に連れ込みたい。山村、ここに座ってくれ」
千賀は胡座をかいて、俺にそこに座れと言う。
しかし、その当たり前に来てくれるだろうという態度が気に食わなくなって、俺は意地悪をしてやりたくなった。
「えー、どうしよっかなぁ?」
「えぁっ?!」
千賀は俺がニヤニヤしながら千賀を眺め始めたことに思考停止したが、すぐに本気ではないのかもしれないと疑心暗鬼になりながら、俺の顔を見てきた。
「お前が俺を口説き落とせ」
俺は一瞬だけ真顔に戻ってから、「どうしよっかなぁ」と布団の周りを歩くことを再開した。
チラリと見るが、ふくさは見当たらない。
巣の中にいるのかもしれない。
千賀は一生懸命考えて、そして答えを出した。
「山村は俺のものだ」
「やり直し!」
「えっ」
千賀は戸惑っている。
「お前は何でと思っているだろうが、俺は一度でもお前を所有物扱いしたことはあったか?」
千賀は俺の今までの発言を思い出して、「あったかも知れない」と答えた。
内心そう思ったことはあるから、これは否定しきれないか。
「だが、俺がお前のものだと正式に認めたことはないだろ」
「それはないな。いつも俺のところに来ないか期待しているが、山村はウナギのように言質を取らせない」
「そうだぞ、俺がお前の教育に悪かったら良くないから、これでも気をつけているんだ」
「おぉー」
千賀は感心している。
お前が教育されている側ということをもっと意識した方がいいのでは?
「ならば、俺は山村を手中に収めたい」
「お前は魔王かよ、やり直し」
どうしてそれでいいと思ったんだお前はと言ってやりたかったが、そこは堪える。
「俺は山村の温かさを楽しみたい」
「そうだな、それはお前だけの気持ちだろ? 俺の気持ちを入れろ。もう一回だ」
「うーん……」
千賀は一生懸命考えている。
そして俺の顔を見た。
「山村は何て言ったら良いと思う?」
「おっ、成長したな。だが残念、教えてやんねー」
「山村……」
千賀は泣きそうな顔になった。
俺は仕方がないので、ヒントを出してやることとした。
「わーったよ。あのな。お前は俺に対する気持ちを口に出せばいいんだよ。お前自身の欲求じゃなくて、俺に対する気持ちな。ここを分けて考えてみろ」
「山村に対する気持ち……?」
千賀は考え始めた。
俺は千賀の前に座って答えが出るのを待った。
「山村は俺の大事な人だ」
「そうだな。その大事な人に対して何と言えばいいんだ?」
「大事な人なら、俺に付き合ってくれないか?」
俺は千賀の頭を引っ叩いた。
「違う! お前が俺を大事なのと、俺がお前を大事なのは違うものだ。お前は、俺の気持ちを人質に取って俺に言うことを聞かせたいのか? あ? そうじゃないよな? 却下!」
「そんな……」
千賀はまた迷子になった。
こいつ立派な大人なのにすぐ迷子になるのなと思ったところで、あの実家には居場所がなさ過ぎて家の場所が分からなくなるのも当然かと思い直した。
「分かったよ。もっとヒントを出してやる。お前は、俺に対して何を差し出せる?」
「うーん?」
「もう少し詳しく言おう。お前は俺を大事に思っている。それは、お前の何と同じくらい大切なんだ」
「俺の……?」
千賀は思考の迷宮に迷い込んだ。
そしてまた、俺に助けを求めた。
「山村。山村だったら、俺のために何を差し出せるの?」
「俺だったらか? お前の答えを一つ潰していいなら言うけど」
「駄目だ、待ってくれ」
千賀は頑張って考えている。
本当に山村は千賀を「俺の千賀」とは呼んでいないはずです、そのはずです。




