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ふくさと飼育

 次の朝、アラームが鳴ったのに、俺は身動きが取れなかった。

 千賀が遂に俺の臍くらいのところまで進出して抱きついている。

 ついでに腕も取られている。

 これもう抱き枕だろ。

 しかも、俺は横向きで寝ていて、千賀は俺の背中側からくっついており、俺の下半身の異変を知らない。

 何とか右腕を出してアラームは止められたものの、もう一つトイレで鎮めなければならないものができてしまった。


「千賀、千賀」


 千賀は幸せそうな表情で抱きついており、離れる気配がない。

 そろそろ俺の準備をしないと間に合わない時間なのだが、どうしたものか。


 机の上からチィチィと声がした。

 あの教授が置いて行ったコウモリだ。


「コウモリさん。すんませんが千賀を起こすことはできますか?」


 コウモリは「できらぁ!」とでも言うように、力強く頷いてくれた。

 そして、パタパタと飛んできて、千賀の首筋に止まると、そのまま思い切り噛みついた。


「いっ?!」


 千賀は突然の痛みなのか何なのか、首元に手をやって飛び起きた。

 俺はその隙に素早くトイレへと駆け込んだ。


「ごめんなさい」


「俺が起きろと言ったら起きろ。また日光当てるぞ」


「勘弁して下さい」


 俺はコウモリが乗っていた机をアルコール消毒してから熱湯消毒し、「後で紫外線に当てておくか」と言いながらタオルを出して食器を並べて食べ始めた。

 千賀とコウモリはドン引きしている。


「ん?」


「そんなに、綺麗にしなくても」


「あのな、コウモリが媒介する伝染病がどんだけ多いと思ってんだ。本当は昨日の内に風呂に入れてノミ取りの薬をつけて消毒してからじゃないと家には入れたくなかったんだぞ」


「確かにそうだが、確かにそうなんだが!」


 千賀とコウモリは息ぴったりに何か言葉にできなくてもどかしい思いを抱えているようだった。


「そういや、コウモリはどうしたんだ?」


「ここにいる」


 運転する千賀のポケットから、小さな哺乳類がちょこんと顔を出した。


「かわいいねぇ」


「可愛い……?」


 千賀は宇宙を背景にした猫のような顔をして理解を停止させた。


「今日は帰りにペット用品店に寄るぞ。ノミ取りの薬とかこいつのための寝床とか用意しなくちゃな」


「えっ」


 またもや千賀が驚いている。


「こいつは教授が置いてったんだろ、家で世話しないとな」


「い、いや、でも」


「あと帰ったら洗うからな、覚悟しておけよ」


 俺の声が怖かったのか、コウモリはピッとポケットに頭を引っ込めた。


「ところでコウモリって小動物だけど日に何度も食事をしなくて大丈夫なのか?」


「これは教授だから……そこは俺が責任を持って充電するから大丈夫」


「分かった、お前餌担当な。俺はその他を担当するから。あと名前どうすっかな」


「な、名前はなくて良いんじゃない……かな?」


 コウモリもそうだそうだと言っているが、俺としては呼び名がないと不便である。


「名前は色々考えておくわ」


「や、山村って、自分のスマホに名前をつける派の人……?」


 千賀がそんな変なことを聞くから、俺は、


「別にスマホには名前つけないが。それが何か関係あんのか?」


 とぶっきらぼうに答えると、千賀は、


「い、いやいいんだ。別に。聞いてみたかっただけだ」


 と取ってつけたように答えた。


 俺は罠の見回りをしながら、コウモリの名前を考えていた。

 確か、有名なカステラ屋がコウモリのシルエットを使っていた気がする。

 中国ではコウモリは福があるとか何とか、そんな話ではなかったか。

 そういえば、ご祝儀袋などにつけるのも、同じ『袱紗』と呼ばれる袋ではなかったか。

 あのコウモリの中身は教授という。

 ネットには、相手への敬意を示すのに、袱紗を用いると良いと書かれていた。


「いいか、お前の名前は今日から『ふくさ』だ」


「ええっ?!」


 実験室にいる千賀とコウモリは大層驚いていた。

 俺が自慢げに名前の由来を話すと「む……」と複雑な顔をして悩んでいる。


「良いらしい」


 千賀がコウモリの話を聞いてからそう言ったので、今日からコウモリはふくさちゃんだ。


「ちなみにオス? メス? まぁ後で見るからいいか」


「ええっ……」


「何だよ、一々驚いたり何だりして。何か問題あるのか?」


「いや、いや無いですが、無いんだが!」


「じゃ、俺仕事戻りますわ。また」


「その為だけに来たのか?!」


 千賀の驚いた声を背中に、俺は研究室へと帰って行った。


「やって来ましたペット用品店」


「……はい」


 千賀の声には疲れが滲んでいた。

 俺よりもはるかに体力があるはずなのに、である。

 後で甘やかして充電してやるか。


「お前の必要なものは大丈夫か?」


 そう声をかけてやると、千賀はハッとしていそいそと犬用のコーナーへと歩いて行った。


 俺はハムスター用品の前で立ち止まった。

 あのコウモリは千賀と同じで多分排泄はしない。

 するとしたら、机の上に何か出していたはずだ。

 大きさは少し大きなハムスター程度で、ケージは必要ない。

 部屋の中で自分の好きなところに行くだろう。

 ただ、夜寝るスペースは作ってやりたい。

 餌箱はいらないし、水もいらない。


 そう考えて、俺はいくつかのものを籠の中に入れた。


「千賀、何か買うものは?」


 千賀はゴムがみっちり詰まったような骨型の玩具を持っており、それを籠に入れて来た。


「よし、買おうか」


 無事購入し、その後俺の夕飯の材料も購入後、帰宅した。


 千賀が料理を作っている間、俺は早速飼育設備を組み立てた。

 まず、大きめの植木鉢の水受けに、ふわふわの綿を敷き詰める。

 コウモリだって、たまに落ちることはあるだろう、多分。

 そこに、棒を四つ立て、上にインシュロックで一面だけの金網をくっつける。

 更にその金網に、うまく分厚いしっかりした布をループ状にして洗濯バサミで留める。

 これを二枚十字に重ね、隙間から入れるようにする。

 これで完成だ。

良かったら、「サムズアップ」とかの反応を寄せていただくと作者が喜びます。

みんなで推していきましょう。

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