表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/130

コウモリと抱き枕

 コウモリがキィキィと高い声で鳴いた。

 今度は俺にも聞こえた。

 普段が超音波での会話だとしたら、俺の聞こえる範囲の音というのは……大分ドスが効いているのだろうか。


「分かり、ました……」


 千賀は感想を求められて、観念したようだ。

 一生懸命考えて、答えを出そうとしている。


「山村は、温かくて心地良いです。腕の中で山村の匂いがして嬉しいです。時々堪え難くなりますが、その時はい……他のものに噛みつきます。山村が怒るからです。はい。山村が俺に捕まらなくなるからです。はい。え? それは……良くない」


 恐らくコウモリと会話しながら千賀は話していたのだが、そこで言葉を切って俺をぎゅっと抱きしめた。

 あと地味に犬の玩具と言いかけてやめたのが面白かった。

 変なことをしている自覚はあるんだな。


「山村。俺が無理やり山村を捕まえたらどうする?」


「部屋から追い出す」


「それは困る。そういうことです」


 コウモリは頷いた。

 納得したらしい。


「俺達にとって、縄張りは重要だから。ちゃんとその主に許可を得るのは正当な方法だと褒めてくれた」


「よかったな。俺からも聞いていいか?」


 コウモリが小首を傾げている。

 俺からの質問を待っているのだろうが、可愛らしい。


「どうして千賀を戦場に連れて行った」


 俺はずっとそこが気になっていた。

 コウモリは下を向いて、それから顔を上げた。

 千賀はハッとした。


「教授は何だって?」


「私達の継承体? がまず殺されない為に必要な事だった。現代人の頭は緩いから、自身が何になったのかを知らしめるためにも、争いに身を置く快楽を教えたかった……そう言っている」


「それは大分……スパルタだな」


「はい……はい……。私が常に付いており、睦月に合わせた敵を見繕った上で、睦月の人間を襲いたくないという我儘にまで付き合って、私が手ずから給餌していたから問題はない。睦月、殺しは楽しかっただろう」


 コウモリは千賀の答えを待っている。


「ほら千賀、お前聞かれてるぞ」


「へっ? あっ! 楽しい……? 分からないが、心臓に鼓動が戻るような興奮や、もっと血を見たいという欲求、自分の手で肉を引き裂くのは、確かに楽しかったのかもしれない」


 千賀は少しずつ言葉を選びながらそんなことを言った。


「怖……」


 俺はドン引きした。


「今……今? 俺には山村がいます。シカを襲ったり、山村と遊んだりする方が、俺は心が……何と言うか、満たされるというのか、そんな感じがします。えっ? 電池切れ? あ、はい」


 千賀は躊躇いなくコウモリに手を伸ばすと、コウモリは千賀の指に噛みつき、血を啜り始めた。


「千賀、感染症とか大丈夫なのか?」


「ん? はい。大丈夫だそうだが、山村に噛みついたら握り潰そう」


 千賀の言葉に、コウモリがブルブルと震えた。


「コウモリが可哀想だから、追い出すくらいにしてやってくれ」


「山村、もしかしてコウモリにまで気持ちを向けているのか?」


 俺は千賀の血を小さな舌で舐めるコウモリを見た。

 正直、いじらしくて可愛らしい。


「こうなったら俺たちのペットみたいなもんだから、名前でもつけて大事にしてやろうよ」


「嫌だ。今すぐに追い出したくなってきた」


 千賀はすぐにそんなことを言う。


「お前……コウモリにまで嫉妬すんのか?」


「そうだ。俺は教授に嫉妬してる」


「そのコウモリは教授じゃないぞ?」


「山村は声が聞こえないからそんなことを言う。このコウモリは教授の端末で、まともな生命でもない。現に触っても冷たいはずだ」


 千賀がそんなことを言うので気になって触れようとしたら「めっ」と千賀に手を掴まれた。

 別にいいじゃないか、これくらい。


「千賀、で、そろそろ巣を作るのか? 今からじゃないと付き合ってやれないぞ」


「えっ」


 千賀はコウモリを見た。


「気にしなくていいんじゃないか? だってここは俺の家で、お前の家でもあるんだから。何やっても文句は言われないはずだ」


 コウモリもうんうんと頷いている。


「何か、父さんが来て気持ちが萎えた」


 コウモリの動きが止まった。


「じゃ、俺は寝るか」


「えっ」


 千賀は俺の手を掴んで止めた。


「何をする、お前が用事がないなら俺は寝る」


「用事、ある」


 あるらしい。

 俺はとりあえずベッドに腰掛けた。


「で?」


「山村、その……あの……」


 千賀はもじもじしている。

 俺は千賀の返事を待つこととした。


「父さんは黙ってて!」


 千賀はコウモリに向かってそう言った。

 お宅の息子さん、反抗期なんすかね?


「あのね、山村。俺、山村とくっつきたい」


 千賀は俺の真隣に来て、そう囁いた。


「いつもくっついているが」


「そ、そうじゃなくてだな、こう、細長い枕を布団に入れて寝る人がいるだろう? それだ」


「抱き枕のことか?」


「あっ……はい」


 千賀は抱くという言葉に反応してもじもじした。

 思春期かよ。

 いつももっとアブノーマルなことをやっている自覚を持て。


「山村」


 千賀は覚悟を決めたようだ。

 そんなところで覚悟を決めんでも宜しい。


「俺は、山村を抱き枕にしたい」


 俺はいいぞと言うかとても迷った。

 千賀は正当なお願いをしてきた。

 だが、俺は千賀にそこまでの領域を明け渡すのは抵抗がある。

 結局俺は迷った挙句、


「それは、お前の頼みでも聞いてやれないな」


 千賀のお願いを断った。


 千賀はすごくショックを受けている。

 そりゃそうだろう、これまでちゃんとお願いができれば、俺は断って来なかったのだから。

 だから、千賀は理解できないという気持ちで一杯なはずだ。


「どうして、山村、どうして?」


「いいか、俺はお前が大事だ。だが、前も言ったように、俺が一番大事なのは俺自身だ。お前の頼みでも、俺自身の気持ちの方が俺には大事なんだ」


「山村は嫌だったのか……?」


 千賀は恐る恐る俺に聞いてきた。

 自分が傷つくかもしれない覚悟を持ちながらも、そうして俺の気持ちを尋ねられるようになったのは、素直に成長したなと思える。


「お前が嫌になった訳じゃない。俺は、抱き枕として扱われたくないと思っただけだ。それはきっと、俺に恋人ができても俺は許さないと思う。分かるか?」


「うーん……?」


 千賀はよく分かっていない様子だ。

 俺も頭を捻って、先ほどの教授の実験について思い出した。


「もし教授が俺の血を直接噛みついて飲みたいと言ったら、お前はどう思う?」


「いくら父さんでも許せない」


 コウモリがビクリと動いた。


「それだ。お前にとって教授は本能的に安心できて心地良い大事な存在なのだろう。だがその教授相手でも、許せることと許せないことがある。そういうことだ」


「何となく分かった気がする。抱き枕は、山村の大事とぶつかるから、山村は許可しないんだね」


「そうだ」


 俺は千賀の言葉に頷いた。


「ならば、山村が許可できる範囲で、俺がやりたいことをやるにはどうしたら良い?」


 そう来たか。

 なるほど、千賀もよく成長しているな。


「それにはまず、お前自身がやりたいことを説明しろ。抱き枕にしたいというのは、お前の何の欲求を満たしたいからなのか、お前の言葉で説明してみろ」


 千賀はうーんうーんと悩み始めた。

 俺は急かさないし、今度はコウモリも静かに待っている。


「俺は多分、山村の温かさを感じたいのと、山村の匂いを嗅ぎたいのと、山村を捕まえていたいのだと思う。なるべくくっついて身体全体で温かさを感じたい、首筋の匂いが気になる、よりちゃんと捕獲しているという気持ちがあるから、抱き枕になったのかと思っている」


「そうか、偉いぞ。よく言葉にできたな」


 俺はつい千賀の頭を撫でてしまった。

 千賀は照れ照れとして、視線を横に逃した。


「だけど、今日はもう遅いから明日な」


 俺はひどい奴だと自覚しながら、遠慮なく布団の中に入った。


「えっ」


 千賀は、これ何かしてくれる流れじゃなかったのという顔をしている。

 俺もそう思っていたんだが、時間は時間だ。

 よく見るとコウモリも驚いているようにも見える。

 色々反応があって可愛いな。


「じゃ、千賀、おやすみ」


「山村、おやすみ……?」


 俺は容赦なく電気を消した。

鬼!

山村!

吸血鬼より鬼!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ