34話 兄妹
★主な登場人物★
・ベル (本名 ???)
現代人。鈍感な本の書き手/164cm
・来栖恭介
未来人。爽やかな医者/177cm
・百目鬼弓月
未来人。真面目な護衛兼リーダー/185cm
・七彩七海
未来人。チート級つよつよギャルの護衛/155cm
・服部半蔵
過去人。純粋な心の忍者。護衛/172cm
、若王子王子
未来人。七海の兄。自称天才・実際天才/167cm
無機質でなにもない拘置所は、白ばかりが飛び込んでくるシンプルな空間で、逆に恐怖も感じていた。
――雫の音がした。
王子くんは服部さんから降りて、世界を拒むように項垂れて、転ぶようにしゃがみ込んで、慟哭していた。
私はさっきの王子くんを否定したくて仕方がない。だから、忘れようとしたいけど、山神の体から吹き出た赤、忘れられない銃の重苦しい音が私の脳に忘れるなと命令してる。
私たちは知ってる。王子くんに理由があることを知ってるけれど――何より、人の命を奪わないと決めてるから、許すわけにもいかなくて、どうすればいいかわからなかった。
誰も名前を呼べなくて、王子くんの言葉を待ってたんだと思う。自分の気持ちすらわからないから……。
全員が呆然とする中、ナナだけが動いた。
何も言わず、おぶっている私をひょいっとキョウに預けると、
――王子くんに手錠をかけて拘束した。
「なに、してんスか……言い訳しろっス」
ナナが、泣いても怒ってもいない、呆れもしない、そんな顔をしてる。
王子くんは体が硬直しきってて、銃を握りっぱなしだったけど、それに気づかないナナが無理矢理引っ張る。
「こんなものッ! 離せっス……離せっス……離せっス……離せっスよ!」
見ていられなくて、キョウが私を降ろした後、私と手を繋いでくれてからゆっくり近くに行った。
「ナナ。王子くんは銃を握ったままじゃない。体が固まってしまったんだ。俺が外すから無理に力を入れるなよ?」
キョウが不安そうなまま、私を床に下ろす。
キョウだって、この状況が平気じゃないのに、なんとかしようとしてるんだ――。
「待っててな。ベル」
私が強く頷いたのを見て、キョウは笑って背中を軽く叩いて安心させてくれた。
私はナナの頭をそっと撫でるけど、何も反応がなくて、しばらくしてから拒むように拘置所の端――といっても個室だから距離がない場所に耳を塞いでうずくまった。
キョウは「王子くん、大丈夫だからな」と声を掛けながらゆっくり手をさすって、ほぐすようにすると、金属の音が響いた。
……拳銃が落ちたんだ。すぐに拾ってキョウはポケットに入れた。
――今、全員がこれを、銃を見たくないってキョウはわかっててすぐ見えないようにしてくれた。
「ユヅ先輩! 服部さん! 山神はまだ息があります! 壁を壊すのを手伝って下さい!」
「では拙者が。下がってほしいでござる」
キョウとユヅさんが距離を取ったのを確認してから、服部さんがすごい速さで、脇差で切り裂く。留置所の壁が綺麗に開かれた。服部さんは正方形に切った壁を外すと、キョウは走っていって、すぐに山神への治療を始めた。
私も手伝わないと……! 何とか立ち上がって、山神の所へ行こうとした瞬間、王子くんが懇願するようにスカートを掴んだ。
「べ、る……ちゃん……治療はだめ、だ……山神を………………して」
王子くんが呟くように、ぼそっと言った。声がいつものように出ないんだ……。
「――できないよ。王子くんの話、聞いてからじゃないと」
私はステッキを背中に隠して拒否すると、王子くんは諦めきれない表情で「てんそう、して」と言い続けた。
「ベルっ! 王子くんはなんて言ってたんだ?」
「治療を中止して二年後に山神を飛ばして、だって!」
「保留で頼む! ベルは無理するな、休憩が優先だ!」
「うん……わかった……」
キョウは……山神の治療中なのに、王子くんのことも、私のことも気にかけてくれてるんだ……。
私はキョウうさを手できゅっと包んだ。
「ユヅ先輩! ベルの警備と王子くんの聞き取り――ナナのことをお願いします!」
ユヅさんは自分の頬をパン! と叩いてから、王子くんに歩み寄って座り、向き合った。
ユヅさんが取り乱してる――? 誰だって信用してる人がいきなりこんな行動をしたら、普通じゃいられないよね。
「王子くん、頼むから話を聞かせてくれ」
王子くんは黙ったままだ。何回か話しかけるうちに、はっとしてナナに指示を出す。
「七海――ベルを守れるか? 任務を忘れるな」
ナナは、ユヅさんの声に反応して立ったけど――息が荒くて瞳孔が開いてた。
「七海っ大丈夫か⁈」
「ユヅ先輩! 叫ばないで下さい!」
「ナナ、迎えに行って良い……?」
私は数歩移動して、ナナのところに着く。
返事がなかったけど、私はナナをそっと、背中に手を回して、体も心も冷え切っているナナを温めようとした。すると、ナナが私の服をぎゅっと掴んできて、焦点が合わないまま私に向かって必死に話した。
「ベルっち……アニキが、アニキが。ウチ、どうすればいいかわからなくて、とにかく人を撃ったヤツは捕まえるっスって……思ったんス……うぅ……う……」
ナナは、声をあげて泣いてた。
兄妹揃って、泣いてた。
「こ……の、バカアニキ」
私はナナに山神も王子くんも見せないように、力を入れてナナの体を引き寄せ……あれっ?
――ナナは、軽かった。
背中を撫でると、話す余裕もなく、ただ嗚咽が聞こえた。
この小さな背中に、今、どれだけ重いものが乗ってるんだろう。
撫でて追い払っても、追い払っても、ナナは泣き続けて取り除けない。
「おーい」キョウの声がする。
吉報が耳へ届いた。
「みんな! 大丈夫だ。山神は生きてるぞ。王子くんの銃の扱いが下手で良かったよ。全部急所を外してたからな。まあ……麻痺は残るだろうが」
でも――ひとまず良かった、とは言えない。
どうして? なんで? 人の命を奪わないって王子くんは言ってたのに……。
今度はキョウが走って王子くんのところに来た。あのユヅさんですら動揺して話しかけることも憚られてた中、二人の間に割って入る。
「王子くん、落ち着いてくれ。大丈夫、大丈夫だからな」
王子くんは首を振った。
「せめて注射を……」キョウが自分のバッグから取り出そうとする。
「オレ……オレ……どんなに計算してもダメだったんだ」
「うん……。うん….」
キョウは、優しく頷きながら王子くんの腕に駆血帯をさっと巻いて、注射をしてしまった。
きっと、必要だと判断したんだ。あんなに取り乱してたら、無理にでも落ち着かせないと王子くんの心は持たない。
王子くんは注射されてもびくともしなかった。今もうわごとを言ってる。
気づいてないのかもしれない。それどころじゃないくらい、取り乱してるのかも……。
「なあ、話してくれるか?」
王子くんはキョウの言葉に泣きながら頷いた。
私はナナを強く抱きしめながら耳を傾ける。
王子くんがゆっくり、区切りながら話すのをみんなが静かに聞いてた。
「今、みんなが助かっても意味が無かった……」
「オレ……誰も死なない方法を何度も探してた」
「なのに、どうしても……見つからなくて……」
「山神も、こいつにくっついてきた組織も……何回もオレもみんなも、何回も、何をしても狙ってきて、対処が、対処が、対処が、対処が対処が対処が対処が対処が対処が」
王子くんが顔を引っ掻く。血は出てないけど、傷になってしまって痛々しい。見ていられないほどに、傷ついて、自分を傷つけてる。
「王子くん、抱え込むな! 僕達にも背負わせてくれ!」
ユヅさんが叫んで肩を掴む。キョウが、叫ぶの禁止ですよ。ってユヅさんに和やかに、いつもの調子より優しく、そっと言う。
「ユヅ先輩の言う通り、王子くん一人で抱え込まないでくれな? 俺らは仲間だろ」
ナナは私に「あ、りが……とうっス……ベルっち……」と言って、私を突き放す。
よろよろと私の中からいなくなってしまう。流しっぱなしの涙がそのまま床に落ちていく。
引き止めようとしたけど、私はやめた。
だって、ナナが向かったのは――……。
「お、お兄ちゃんっ」
ナナは王子くんに抱きついた。勢いでナナの綺麗なピンクのツインテールはふわっと舞い上がって、今度は重力に引っ張られる。王子くんの体を包んでいるみたいだった。
「一人じゃないんだよ、ななも、お兄ちゃんも、もう一人じゃないっ」
これは……ナナの、本当の話し方なの……?
いつも元気に振る舞ってたのは、元気に見せる為、だったの? ナナ――!
「お兄ちゃん……。ここにいるみんなはね、ななのことも、お兄ちゃんのこと、嫌いにならないよ。だから、どうしたか教えてよっ……うう…っ、うっ……」
「ナナちゃん……ごめんね。ごめんね……」
「お兄ちゃん、違うよ……ごめんねじゃないの。ごめんねじゃないんだよ……ななね、わかったの。今はね、みんな、『助けて』って言ってほしいんだよ……ななも、お兄ちゃんも一人じゃないんだよ……」
王子くんは、小さく声を発した。それは声じゃなくて、切ない音が、鳴るように、ゆっくり、言葉を、心から出した。
「お願い」
「みんな――助けて」
「当たり前だろ? 今度は俺達が王子くんを助ける番だ」
「王子くん、七海。僕達を忘れないでくれ」
「ナナ、王子くん、力になるよ、力にならせてっ」
服部さんが王子くんとナナに飛び込むと、全員が続いた。
「ユヅ先輩重いですよ、王子くんとナナの負担になります」
「五月蝿い。今は空気を読め」
「ナナ、あったかいね」
「っス……」
「はは……オレ、一人じゃ無かったんだ……」
「そうだよ」「当たり前だ」「心外だよ、全く」
私と、キョウと、ユヅさんが言うと、王子くんは泣いたぐちゃぐちゃのまま、安心したように笑った。
***
キョウがした注射が効いて落ち着いた頃、やっと冷静に王子くんは話し始めた。
「山神と佐山は、ベルちゃんの"引き手"の能力で輝く過去の思い出を引き出しても心は変わらないんだ……。そして、この大規模な作戦――ベルちゃんとみんなの命を奪うことをずっとやめない。だけど、その、オレの計算では山神を……消すことでみんなが唯一の生きることができるんだ」
まだ気分が沈んでいるナナに、王子くんは一生懸命お菓子を渡していた。ナナは何も話さず、とにかく口に放り込んでた。でも、いつものように勢いがなくて、ナナの横にお菓子は積み上がっていく。
「王子くん、再計算してくれ。山神は体を使えなくなった。未来でもそうだ。だから変わったんじゃないか……? 命は助かったが、深い傷で後遺症も一生残る」
――後遺症が、一生残るんだ……。そんな……。
「残念ながら……後遺症の場合も計算済みだよ……」
「治してもらえるのは良いとしても、打開策は難しそうだな……」
「みんなで考えよう、ね。キョウ。現代人の私だって頑張るんだから」
「疲れてるのに無理するな」
おでこをとん、とされた。きゃ。
服部さんがぼそりと言った。
「こんな時でござるが……都合良く時が戻って平和になってほしいって思ってしまったでござる」
……それだ!
「じゃあ、私が山神の時間を巻き戻せば――」
キョウは残念そうに答えた。
「ベル……山神には忘却防止装置がつけられてる」
「それって……キョウのオペで取れない?」
「いや、脳内に埋め込まれてるから代わりの材料を作る為に準備が必要だ……体が弱っている今、体にメスを入れたらかえって悪くなるかもしれないしな」
「『忘却防止装置』を体外から破壊できないか?」
ユヅさんが案を出すけど、キョウは首を振った。
私は諦められなくて、考える。どうしたら、どうしたら良いんだろう……? 考えろっ! んで、思いついたことをとにかく言ってみよう!
「『忘却防止装置』をつける前まで戻したらいいんじゃない?」
「それは……個人では前例が無いんだ」
ユヅさんが申し訳なさそうに答えて、キョウが話し始める。
「『忘却防止装置』をつける前まで戻せるのは上だけだ。ベルの能力は未知数だが――」
――やるか?
キョウが問う。
「やる! やらせてっ!」
ステッキをキョウと二人で持つ。ナナがよろよろとしながらも一番に来てくれて、背中を支えてくれた。ユヅさんと服部さん、王子くんも背中を押すように触れてくれた。
「お願い! 力を貸してっ! 対象は――山神っ! 『忘却防止装置』をつける前まで時間よ戻って!」
山神の体が光に包まれて、ステッキの時計がチクタク、と鳴った。
ナナは、文武両道でしたがお兄ちゃんである王子くんはスポーツはてんで苦手でした。王子くんはそれが原因で、いつもからかわれてました。未来人は出来が良い人が比較的多い社会なのです。
そんな中、ナナは王子くんを必死に守ろうと戦い方を身につけて、自分を強く見せるために「〜っス!」口調で話し始めたのです。しかし、そんなナナに王子くんは引け目を感じてしまい、溝ができてしまいます。
そして今回、ようやくまた昔のように久しぶりに話したのでした。




