第6話:ムシャフギルドでの裁判
夕暮れが空を茜色に染める頃、三人の姿がムシャフ王国の大きな門をくぐった。
高くそびえる石造りの城壁。
ゆっくりと風になびく旗。
漂う空気は、先ほどの森とは比べものにならないほど濃密で、生気に満ちている。
人間の姿、レイジとして歩くザラビスは、
わずかに目を細めた。
言葉は発しない。
だが——
思考のリンクが繋がる。
ザラビス:
ミジャルン、ここは……一体何だ?
ミジャルン:
アシアちゃんが言ってた、ムシャフ王国だよ。
ザラビス:
ムシャフ……
一瞬の沈黙。
……悪くない。面白いかもしれんな。
ミジャルン:
私、まだ慣れないや……何もかもが変な感じ。
ザラビスは周囲の建造物を眺める。
(構造。機能。生態系のパターン……)
(……まるで、複雑に組まれたシミュレーションのようだな)
「ついたよ!」
アシアの声が、思考の世界を引き戻す。
彼らの前には——
ムシャフ冒険者ギルド が聳えていた。
ギルドの中へ
扉が開くと同時に、
熱気と喧騒が一気に押し寄せた。
数十の視線が一斉にこちらへ向く。
その中から、筋骨隆々の大男が立ち上がった。
モグ。
体からは、焼けるような熱い気配が立ち昇っている。
「そのエルフ……アシアか?」
彼は口端を歪め、嗤う。
「魔王ヴァウ様とやり合って、とっくに死んだかと思ってたぜ」
アシアは鋭い眼差しを向ける。
「生きてるわ」
彼女は、隣に立つレイジとミジャルンを指し示す。
「……彼らのおかげでね」
一瞬の沈黙。
そして——
哄笑が響く。
「このガキどものおかげだと?」
モグは腹を抱えて笑う。
「冗談も大概にしろ」
ミジャルンがむっとして眉をひそめる。
だが——
ザラビスはただ静かに佇んでいる。
無表情な瞳の奥で、彼は分析する。
(この展開……既知だ。)
(相手の反応……全て予測の範囲内。)
「お兄ちゃん、黙ってないで何か言ってよ!」
ミジャルンが彼の頬をつねる。
「……今、人間モードなんだ。痛いぞ」
「だったらもっと普通にしてて!」
「わかった、わかった。従う」
隣で見ていたアシアは、呆然と彼らを見つめる。
「あなたたち……一体……?」
「何でもない」
二人は声を揃えて答える。
モグが一歩、踏み出す。
「ならば……証明してみろ」
彼は自分のパーティを指し示す。
「俺たちの誰かと手合わせをしろ」
対戦相手の選択
ミジャルンがすかさず指をさす。
その先にいたのは、赤いショートカットの女性。
ズワ・フュートリー。
双剣を操る、俊敏な戦士だ。
ズワは薄く笑みを浮かべる。
「気をつけなさい、小さなお姫様」
——
だがザラビスは、それを遮るように一歩前に出た。
彼の視線は、真っ直ぐモグへと向けられる。
「俺は……貴様を選ぶ」
ギルド内がざわつく。
アシアが慌てて引き留めようとする。
「レイジ! 彼はただ者じゃ——」
「大丈夫だ」
ザラビスの声は静かで、
低いが、不思議と芯の通った響きがある。
「俺は……君の助け舟、だ」
——
横からミジャルンがチクリと。
「あーら、お兄ちゃん、カッコつけてるぅ~」
「黙れ。今、雰囲気作りの練習中だ」
賭け
モグが再び嗤う。
「勝負だ。もし貴様らが負けたら——アシアは俺が貰う」
沈黙。
アシアの体が強張る。
だが——
「……わかった」
ザラビスはあっさりと受け入れた。
決闘前夜
宿屋。
部屋が二つ。
「何で二つなの?」とミジャルン。
アシアは顔を背ける。
「……その方が、世間体がいいから」
ミジャルンが悪戯っぽく笑う。
「へぇ~、一緒の部屋の方が安く済むのにぃ~」
「黙りなさい!」
——
自室で。
ザラビスはベッドに横になり、目を閉じる。
だが、その思考は急速に回転していた。
(力の調整……しなければならんな。)
(あまりに本来の姿を見せすぎれば……この世界の面白みが半減する。)
彼はゆっくりと呼吸を整え、
人間の鼓動、人間の体温、その全てを模倣していく。
隣の部屋では——
アシアが窓の外を眺めていた。
「レイジ……あなたは一体、何者なの……?」
決闘の日
ギルドは人で埋め尽くされ、
張り詰めた空気が場を包んでいた。
ミジャルンはいつもの調子で佇み、
ザラビスはまるで彫像のように動かない。
ミジャルン(テレパシー):
お兄ちゃん……みんな、すごい目で見てくるよ。
ザラビス:
当然だろう。我々は異質なのだから。
ミジャルン:
哲学者みたいな答え方やめてよ……
「では、開始する!」
一戦目 ミジャルン VS ズワ
ズワが先制攻撃を仕掛ける。
速い。
鋭い。
その一撃一撃に、極限まで研ぎ澄まされた精度が宿っている。
——
だが、そこには誰もいない。
視線の先にいたミジャルンの姿が、
まるで最初から存在しなかったかのように消えている。
「……反射、だよ?」
いつの間にか背後に回っていたミジャルンが、無邪気に囁く。
ズワが驚き、慌てて体勢を立て直し更に速度を上げる。
だが——
結果は同じ。
刃は空を切るばかり。
——
ミジャルンはふわりと宙に浮き、
空中に腰掛けるような姿勢を取る。
「そろそろ、私の番だね」
彼女が手で空気を軽く押す。
——
ドンッ!!
衝撃音。
地面に亀裂が走り、
凄まじい圧力が場全体を押し潰す。
——
遠くからそれを見ていたザラビスが、ぽつりと呟く。
「……少し、やりすぎたか」
ミジャルンは攻撃を寸前で止める。
「ま、これ以上続けたら……お姉さん、しばらく起き上がれなくなっちゃうからね」
その一言で、圧力が解ける。
ズワは膝をつき、そのまま力なく倒れた。
「……怪物、だ……」
意識を手放す彼女。
ギルド全体が、凍りついた。
二戦目 ザラビス VS モグ
モグが怒りに任せて飛び出す。
纏う炎の気配が、異常なまでに膨れ上がる。
「焼き尽くせぇ! 『フレイムインパクト』!」
業火がアリーナ全体を呑み込む。
——
沈黙。
——
煙が引くと、そこには——
炎の真っ只中に佇むザラビスの姿があった。
傷一つなく、無傷。
「……次は、俺の番だ」
彼が指を鳴らす。
すると——
周囲の炎が形を変える。
熱さを失い、ただの赤い光へと変質する。
「何……だと……!?」
モグが凍る。
「単純な理屈だ」
ザラビスは彼を見据える。
「『感情』だ」
彼が手をかざすと、
変質した炎が一気にモグへと押し寄せる。
だがそれは物理的な攻撃ではない。
彼自身の怒り、焦り、恐怖
それらが具現化し、彼自身を押し潰す。
モグはその場に崩れ落ち、
気絶した。
戦いの後
場内は水を打ったように静まり返っていた。
歓声もなければ、罵声もない。
ただ、畏怖と驚きだけが漂っている。
アシアは口を覆い、呆然と立ち尽くす。
「レイジ……」
ミジャルンがぴょんぴょんと跳ねながら駆け寄る。
「お兄ちゃん! 勝ったね!」
ザラビスは肩を竦める。
「……あぁ」
だが心の中では、冷静な分析が走る。
(……少し、目立ちすぎたか。)
(これは……色々な意味で、面倒なことになりそうだ)
結末
アリーナの外。
アシアが二人の前に立ち、真剣な眼差しで問いかける。
「あなたたち……一体、何なの?」
ザラビスはゆっくりと空を仰ぐ。
「……生き物、だ」
単純で、
だがどこか空虚な答え。
そして彼らは気づいていない。
既にどこかで——
複数の視線が、彼らの存在を捉え始めていることに。
彼らの旅は、
これから更に——
その色を変えていく。




