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虚無王ザラビスは退屈している  作者: 釘宮・連
ザラビスの起源に関する注釈
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第2話:人間は奇妙な生き物だ

東京の夜空はネオンの光に包まれていた。


街の灯りが絶え間なく瞬き、路地裏からは温かい食べ物の匂いが漂ってくる。


ザラビス——

あるいは今は、レイジ・レン——

彼はゆっくりと歩道を歩いていた。


落ち着いた足取りで、周囲のすべてに目を配る。


信号機の前で足を止める。


赤。


黄。


青。


人々は止まり。


人々は進む。


迷うことなく。抗うことなく。


「……面白いな」


レイジは低く呟いた。


「こいつらは、ただの信号で動きを決めているのか……本来なら、そんな制限など無視できるというのに」


だが、誰一人としてそうしない。


誰一人として疑問を持たない。


皆……ただ従っているだけだ。


彼は視線を巡らせる。


何人かの視線がこちらに向いているのに気づいた。


奇妙な目だ。


まあ、無理もないだろう。


少し乱れた黒髪。


抑えてもなお淡く輝く紅い瞳。


そして、彼が着ているTシャツには——


『I AM HUMAN, TRUST ME』


これは数分前、彼自身が作り出したものだ。


「……これくらいあれば、十分に偽装できているだろう」


彼は小さく頷き、満足げな表情を浮かべる。


その時突然——


「お兄さん! コスプレ、すごくカッコいいです!」


背後から声がした。


レイジはゆっくりと振り返る。


「コスプレ……?」


彼は真剣に答えようとして——

ふと動きを止めた。


(……俺は今、姿を隠しているんだった)


「……プロだ」


彼は無表情に答える。


「プロのコスプレイヤーだ」


少年は目を輝かせた。


「わぁ! さすがプロ! カッコいい!」


そう言って、元気に走り去っていく。


レイジはしばし呆然と立ち尽くし、やがて空を見上げた。


(……あと一歩で、幾多の世界に轟く俺の威厳が、たった一言で崩れ落ちるところだった)


彼は再び歩き出す。


だが——

またしても足が止まった。


何かがいる。


気配。


それは明らかに、普通の人間とは違うものだった。


彼の視線は一人の少女に定まる。


腰まで伸びる金髪。


月明かりを反射する蒼い鎧。


腰には一振りの剣が帯びられている。


だが——

その両手は忙しなくスマートフォンを操作していた。


「んー……また今回もランクBかぁ……システム、マジでケチくさいんだけど……」


レイジは数秒間、言葉を失っていた。


「……貴様、なかなか強力な存在だな」


彼は近づき、直接話しかけた。


少女はスマホを持ったまま顔を上げる。


「はぁ?」


彼女はレイジをじっと見つめ、やがて目を細めた。


「……あれ? お前、どっかで見たことあるな」


沈黙が流れる。


そして——


「あっ」


彼女はハッとしたようにスマホを掲げる。


「ゴミ箱に挟まってた人だ!」


レイジの動きが完全に凍る。


「……なに?」


少女が画面を見せる。


そこには動画が表示されていた。


タイトルは——


『変なコスプレイヤー、ゴミ箱にハマる』


再生数は数百万回を超えている。


レイジ:「…………」


少女はくすくすと笑い出す。


「結構バズってるよ? みんなお前のこと『トラッシュ・デーモン』って呼んでる」


沈黙。


夜風が静かに吹き抜ける。


(世界を創りし者が……『トラッシュ・デーモン』だと……)


レイジはゆっくりと目を閉じる。


「……その話はするな」


「えー、だって面白いんだもん」


悪意のない、軽やかな声だ。


彼女は手を差し出す。


「ナイチ・ユウカ。ランクBのヒーローやってる」


レイジはその手を見つめる。


数秒の時が流れ。


彼はゆっくりと、その手を取った。


「……レイジ・レンだ」


握手は一瞬だけのものだった。


だが——

その瞬間、何かが違った。


ほんの僅かな、微かな感覚。


だが確かに、そこには何かが存在した。


レイジは少しだけ視線を上げる。


「……人間というのは……本当に、奇妙な生き物だな」


ユウカが眉をひそめる。


「はぁ?」


「なんでもない」


短く答える。


再び夜風が吹き、街の喧騒が絶え間なく響いている。


レイジは空を仰ぐ。


(この世界の理屈はすべて理解できる……)


(だが、理解するだけでは……何も意味がないのだ)


自ら体験し。


感じること。


それが今、彼に必要なことだった。


「……ここから、始めるとしようか」


小さく、だが確かな決意が込められた呟き。


しかしその時——


彼の全身に悪寒が走った。


視線。


あまりにも巧妙で、ほとんど感知できないほどの鋭い視線。


彼の瞳が一瞬にして上空へと移る。


「……?」


そこには何もない。


ただの闇が広がっているだけだ。


「どうかした?」とユウカが問う。


「……いや、なんでもない」


レイジは答える。


「だが……」


言葉を途中で切る。


それ以上は、何も語らなかった。


——その頃。


街の一角、超高層ビルの屋上。


一人の少女が風に吹かれながら佇んでいた。


夜風になびく銀色の長い髪。


彼女の視線は、真っ直ぐにレイジの方へと向けられている。


唇の端に、小さな笑みが浮かぶ。


「やっと、見つけた……」


声は風に消されるほど、小さく。


まるで囁くように。


「……お兄様」


彼女はビルの淵に腰掛け、興味深そうに下界を眺めていた。


「ふぅん……これが、今のあなたなの」


少しだけ目を細める。


「……人間の姿をした、お兄様」


笑みがさらに深まる。


そこには、久しぶりの再会への懐かしさと

底知れない好奇心が入り混じっていた。


「なかなか、面白いことになりそうね」


頬杖をつき、彼女は静かに告げる。


「今はまだ……このまま、見ているとしましょうか」


風が舞う。


街は変わらずの喧騒に包まれたまま。


誰もが気づかないうちに


この世界の運命を揺るがす、大きな歯車が、ゆっくりと、確かに回り始めていた。

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