第1話:楽しみを求めて ―虚無観測編 ―
ザラビスが目を覚ました。
それは、人間のように眠りから覚める感覚ではない。
ただ――再び“存在した”。
十メートルを超える巨大な玉座の上。
そこに座るのは、身長四・七メートルの存在。
ザラビスはゆっくりと瞼を開いた。
紅い光が、静寂に満ちた空間を照らす。
ニリオン王国。
すべては、変わっていなかった。
静かすぎるほどに静かで、
完成されすぎたまま――止まっている。
誰も動かない。
何も起こらない。
ザラビスは違和感を覚えなかった。
どれほどの時間が経過したのかも、知らない。
三十億年という歳月が流れていたことも。
外の世界が、すでに現代という時代に変わっていることも――
彼は知らない。
ただ、次の瞬間が訪れただけ。
しかし――
わずかな“ズレ”があった。
ザラビスは自らの手を見下ろす。
変化はない。
異常もない。
だが、内側に――
“何か”がある。
「……これは」
それは脅威ではない。
異質な力でもない。
もっと単純で――
そして、未知のもの。
ザラビスはそれを観測し、解析する。
だが――
理解が、即座に完了しなかった。
わずかな沈黙。
そして。
「……退屈?」
その言葉は、静かに零れた。
まるで、自分のものではないかのように。
だが同時に――理解する。
これが“感情”。
存在して以来、初めて得たもの。
怒りでもない。
悲しみでもない。
ただ――退屈。
ザラビスは無言のまま、空間を見渡した。
何も変わらない。
何も起きない。
すべては完成されている。
だからこそ――
何も残っていない。
ゆっくりと、玉座から立ち上がる。
音はない。
視線の先――
アーマゲドンの門。
その一つが、わずかに開いている。
そこに立つ守護者は――
眠っていた。
動かない。
だが、消えてはいない。
他も同じ。
多層宇宙ニリオンの守護者たちも、
すべてが眠りについている。
戦いはない。
侵略もない。
すべては終わっている。
完璧に。
そして――空虚に。
「……そうか」
ザラビスは目を閉じる。
その時――
別の“欠落”に気づいた。
「……何かが、足りない」
世界ではない。
法則でもない。
“誰か”。
ぼんやりとした像。
女性の輪郭。
近いはずなのに――思い出せない。
「……誰だ」
答えはない。
ただ、静寂だけがある。
一瞬だけ――
すべてを解析する存在の影がよぎる。
だが、それも消えた。
ザラビスは再び目を開く。
退屈は、消えない。
それどころか――広がっていく。
思考する。
もしこれが“退屈”ならば。
他にも、あるはずだ。
もっと多くの感情が。
だが彼は知っている。
すべてを理解することは可能だ。
一瞬で。
経験すら必要とせず。
これまでのように。
ザラビスは静かに否定した。
「……違う」
「理解するだけでは――意味がない」
その言葉は、自然に出た。
結論だった。
もし知るならば――
体験しなければならない。
そのために。
彼は自らを“制限する”。
存在が、わずかに縮小する。
ほとんどの力が、奥へと沈む。
残されたのは――
感じるための最低限。
「……これでいい」
一歩、踏み出す。
ニリオンを離れ、
既知の現実を越え、
さらに外へ。
そして――感じた。
生命。
無数に。
混ざり合い。
不安定で。
奇妙なほどに――生きている。
ザラビスはその中の一つへ向かう。
最も強く、最も複雑な反応。
到達する。
青と緑の惑星。
薄い大気。
人工の光。
秩序と混沌が混在する構造。
「……興味深い」
小さな存在たちが動いている。
弱い。
非効率。
不完全。
それでも――
彼らは“生きている”。
ザラビスはゆっくりと降下する。
さらに存在を抑えながら。
この世界に――入るために。
だが。
着地の瞬間――
わずかな誤差。
「――ゴンッ」
鈍い音。
ザラビスの身体は、
金属製の容器に突き刺さっていた。
沈黙。
「……何だ、これは」
動こうとする。
角が引っかかる。
「……」
止まる。
考える。
真剣に。
「……呼べば、来るか」
口を開く。
「は……は……」
不自然な音。
通行人が足を止める。
「ママ、ゴミ箱がしゃべってる」
「見ちゃダメ!」
去っていく。
沈黙。
「……拒絶された」
ようやく抜け出す。
容器が転がる。
ザラビスは自分の手を見る。
「……偽装」
身体が変化する。
縮小し、人間の姿へ。
黒髪。
普通の外見。
力は抑制。
名前が浮かぶ。
レイジ・レン。
彼は歩き出す。
光。音。人の流れ。
すべてが新しい。
その中で――
一つ、異質な存在。
少女。
周囲とは違う気配。
「……何だ、それは」
ザラビスは見つめる。
初めて――興味を持った。
「……これは、退屈ではないかもしれない」
そして――
彼が気づかない場所で。
何かが、
彼を見ていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この物語は、圧倒的な存在であるザラビスが、
「力」ではなく「日常」や「繋がり」を求めて歩む物語です。
更新はできる限り丁寧に進めていきますので、
気に入っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。
どうか、最後まで見守ってください。




