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虚無王ザラビスは退屈している  作者: 釘宮・連
ザラビスの起源に関する注釈
18/101

第18話:言葉にされないこと

夜・寮の部屋


狭い部屋は静まり返っている。


照明はぼんやりと灯ったまま。


美邪流が入浴を済ませ、髪は半乾きのままベッドに座り、枕を抱えていた。くつろいだ様子だが、その瞳はいつものように生き生きと輝いている。


ドアが開く。


怜治がコンビニの袋を手に、部屋に入ってきた。


いつも通りの足取り。

あまりにも、いつも通り。


美邪流がチラリと視線を向ける。


「お兄様、夜食? 珍しいじゃない」


怜治はテーブルにおにぎりを置く。


その動作は……実に丁寧だ。


少し、丁寧すぎるくらいに。


「腹減った」


短い返事。


美邪流は少しだけ目を細め、


小さな笑みを浮かべる。


「……誰かに会ってきたんでしょ?」


怜治は黙ったまま。


目を逸らすわけでもなく、

かといって肯定するわけでもない。


美邪流はベッドから降り、彼の近くに腰を下ろす。詮索するのではなく、ただそこにいる、というように。


「邪魔なんてしないよ。ただね……お兄様が他の人といる時、ちゃんと自然にできてるのかなって、思っただけ」


怜治はビニール袋をゆっくりと閉じる。


「……あいつは、ただの人間だ」


「ふーん……でも、お兄様はあの人の前で足を止めたじゃない」


沈黙が少し流れ、


怜治はようやく口を開いた。


「……あいつは、俺を見たんだ」


美邪流は続きを待つ。


「……脅威として、じゃない。恐れるべき存在としてでも、ない」


言葉を探すように、一瞬間を置く。


「……ただ、真っ直ぐに、見ていた」


美邪流は柔らかく微笑む。


「だったら……もしかしたら、お兄様が思ってるほど、一人じゃないのかもよ?」


怜治はすぐには答えない。


「……それとも、ただ探りを入れられてるだけかもな」


怜治は静かにため息をつく。


「……まあな」


再びの沈黙。


「……どっちでも、いいけど」


そして、少し間を置いて——


「……だが、もし本当にそうなら……これは、案外……悪くないかもな」


美邪流がはっと顔を上げる。


驚いたのは、言葉の内容じゃない。


その声のトーンだった。


「わかった」と彼女は小さく言う。「私、先に寝るね。明日は体力測定だもん。あんまり無茶しちゃだめだよ」


「……ああ」


照明が落とされる。


部屋は闇に包まれる。


だが暗闇の中で——

怜治はまだ目を閉じていなかった。


(心の中:

……悪くない、か。)


その言葉が、どこか自分のものではないように感じる。


朝・桜神学園


新しい一日。


空は晴れ渡り、

生徒たちの熱気も高まっている。


怜治のクラス


隣には帝我が、いつものように座っていた。


「蓮! 今日は体力測定だぞ! 俺がしっかりサポートしてやるから! 怪我すんなよ!」


怜治は彼を一瞥する。


(心の中:

この生物は……なぜ、物を殴るという行為だけで、そこまで誇らしげになれるのだ?)


「……あ」


適当な相槌。


だが帝我はそれで満足し、

「よし! まずは基本のフォームからだ!」


(心の中:

人間の喜びというものは、実に単純で安価だな。)


だが不思議なことに——

怜治は彼から離れようとはしなかった。


美邪流のクラス


こちらは全く雰囲気が違う。


彼女が教室に入るなり、

わっと周りが騒がしくなる。


「みじゃるんちゃん! 髪型、超かわいい!」


「この後の昼休み、一緒に食べようよ!」


「好きな音楽とかある?」


美邪流は穏やかに微笑みながら応える。


落ち着いていて、

決して嫌味がない。


やがて彼女は、奈羅と圭という二人の女子生徒の元に腰を下ろした。


大人しく、騒がしくない。

とても、似合っている。


会話は軽やかで、

自然に流れていく。


生まれて初めて——

美邪流が本当の意味で「居場所」を見つけたように見えた。


体力測定会場


広いグラウンド。


三つの打撃用人形が並んでいる。


1.赤い人形

2.黒い人形

3.鉄製人形


いよいよ怜治の順番が来た。


彼は赤い人形の前に立つ。


(心の中:

力を抑えろ。

制御しろ。

破壊するな。)


拳が振り下ろされる。


バゴォンッ!!


赤い人形は……見事に木端微塵に砕け散った。


沈黙。


先生が瞬きをする。


「……天性の才能?」


怜治:


「……あ」


鉄製人形


さすがにまずいと思い、

彼は深く息を吸う。


力を……限界まで落とす。


そして一撃。


バンッ!


次の瞬間——


「いてっ!! めっちゃ痛いんだけどー!!」


大げさなまでのリアクション。


周囲の生徒たちはどっと笑う。


「おいおい、さっきのはただの運だったのかよ!」

「ハハ! 一瞬でバレたな!」

「見た目だけかよ!」


怜治はうなだれ、

痛がるフリを続ける。


(心の中:

……なんという疲労感だ。)


遠くの方で——


美邪流がおにぎりを頬張りながら、ため息をついていた。


「はあ……お兄様、楽しんでるわね……」


怜治は一刻も早くこの場から消え去りたかった。


能登木高校・澪


静かな教室。


先生の説明を聞いてはいるが、

黒崎澪はノートを取る手を止めていた。


彼女の思考は——

別の場所にあった。


コンビニ。


あの短い会話が、頭の中でリピートされる。


「……遺伝だ」


彼女はノートを見つめる。


(心の中:

嘘だ。)


それは憶測なんかじゃない。

観察の結果だ。


「……また会ったら……」


手が止まる。


「……何を聞けばいい?」


ふと、別の顔が浮かんだ。


あの女の子。

(美邪流)


「……あの人は、誰?」


友達?

家族?

それとも——


澪はパタリとノートを閉じる。


「……どうでもいい」


だが、心の奥底にはしっかりと、その存在を刻み込んでいた。


上級生エリア・Bクラス


測定が終わり、

怜治と美邪流が通りかかった。


アリーナの中央には——

由香がいた。


手にした木剣が、淡く光を帯びている。


動きは滑らかで、

無駄がなく、

研ぎ澄まされている。


発動・技:《光の精心》


一閃。


カァンッ!!


相手の剣が弾き飛ばされる。


沈黙。


勝負あり。


美邪流が目を輝かせる。


「わぁ……すっごくカッコいい!!」


怜治もゆっくりと拍手を送る。


表情は相変わらず淡々としているが——

その実、認めている。


由香が二人に気づき、

少しだけ頬を赤らめ、

柔らかく微笑んだ。


その瞬間だけは——

何もかもが、ありふれた日常に思えた。


全ての外側


遥か彼方。


空間を超え、

時間を超え、

概念という概念すらも超えた先。


何もない空間に、二つの存在が佇んでいた。


静かに、

この世界を見下ろしながら。


オメガ・アルファ。

ウルミナ=フェロン。


「《原初の虚無》……消滅したか」


沈黙。


「……好機到来」


彼らの視線が変わる。


「——開始する」


音もなく。

痕跡もなく。


人間の世界など比べ物にならない、

途方もない何かが——

動き始めていた。


エピローグ


同じ空の下。


怜治は人々の間に立ち、

学び、

真似をし、

観察し続けている。


だが彼自身、気づいていない事実があった。


彼を見つめているのは、

澪一人だけではないこと。


彼の存在が影響を与えているのは、

この世界だけではないこと。


そして今——

「好奇心」という名の種が芽吹き始めた。


それは澪だけのものではなく。


さらに奥深く、

遥かに危険な存在の心にも——

確かに根を張り始めていた。

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