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虚無王ザラビスは退屈している  作者: 釘宮・連
ザラビスの起源に関する注釈
12/101

第12話:崩壊した王座

黒き石の階段に、三人の足音が響く。


レイジ。ミジャルン。ヤイ。


その一歩一歩が重いのは、疲労からではない。


上から降り注ぐ圧倒的な気圧、彼らを待ち受ける何かのせいだった。


左右の壁には、泣き叫ぶ悪魔の顔の彫刻が無数に刻まれている。


そしてなぜか……そのすべての顔が、彼らの方を向いていた。


まるで知っているかのように。


今日……何かが終わることを。


巨大な扉が、ゆっくりと開いた。


ギィィィーーー……


深紅のオーラが、一気に部屋中を覆う。


玉座の上には、角を生やした長身の男が立っていた。


魔王ヴァウ。


その瞳は、決して消えることのない炭火のように赤く燃えている。


「……ようこそ、ついに来たか」


その声は低いが、部屋全体を揺るがすほどの重みを持っていた。


彼の視線がレイジに止まる。


「それとも……その名前で呼ぶべきか?」


レイジは足を止めた。


口角をわずかに上げ、静かに答える。


「その名は……この世界のためのものではない」


空気の温度が、一瞬で凍りつく。


「そして、その名を知る者は……もうこの世に存在しない」


ミジャルンは、兄の真の名を知らない。


なぜなら、それは単なる名前ではないからだ。


その名は……存在そのものを脅かす、禁忌の名なのだから。


合図などない。


ヴァウが手を掲げる。


玉座の上空の空間が裂け、


無数の業火の槍が現れ、一斉に降り注ぐ。


「始めようか」


レイジが一歩踏み出し、


ただの一撃。


ドォーーン!!


すべての槍が制御を失ったかのように軌道を逸らし、


壁に激突して爆発した。


ヤイが瞬時に動く。


その姿はほとんど見えない。


気づけばヴァウの横に現れ、


胸元へ渾身の蹴りを叩き込む。


「今だ!!」ミジャルンが叫ぶ。


「エテリオン・スパイラル!」


紫色の魔力の渦が空間を切り裂き、襲いかかる。


二人の攻撃は完璧に同調していた。


だが――


ヴァウは……笑っていた。


「小さな火花が……炎に挑むとはな」


地面が炸裂する。


黒き根が、生きた鎖のように地下から湧き出し、


ヤイとミジャルンの体を縛り上げた。


レイジの姿が消える。


次の瞬間、ヴァウの目前に現れ、


そのまま顔面へ蹴りを入れた。


バキッ!!


ヴァウの角にヒビが入る。


「チッ……反射神経が鈍ったな」レイジは涼しげに呟く。


ミジャルンが魔力で鎖を断ち切り、


ヤイも無理やりに立ち上がる。息は荒いが、


その瞳だけは……炎のように輝いている。


再び攻撃が始まった。


嵐のような連撃。


光が閃き、影が舞い、爆発が連続する。


だがその中心で、


レイジはただの体術で戦っていた。


オーラも魔力も纏わず、


それでいて、どんな魔法よりも精密で、


どんな技よりも無駄がない。


だが突然、


レイジの動きが止まった。


瞳が細まる。


「……奇妙だ」


ヴァウの体の奥底に……


何か別の存在がある。


「これはただの魔力を吸収しているだけじゃ……ない」


その時、


声が聞こえた。


「……レイジ……」


「……たすけて……」


アシアの声だ。


時間が……止まった。


レイジがゆっくりと顔を上げる。


初めて、彼のオーラがわずかに漏れ出す。


「……こういうのは、嫌いなんだがな」


「出力……0.000001%」


姿が消える。


ドォーーーン!!!


レイジの拳が、ヴァウの腹を貫いた。


破壊するのではない。


体の中から、何かを『引き剥がす』ための一撃だった。


爆風の中から、


一人の女性の体が弾き出される。


「アシア!!」


ミジャルンが慌てて駆け寄り、しっかりと抱きとめた。


アシアは弱々しく、傷だらけだったが……確かに生きていた。


ヴァウがよろめく。


その体は急速に干からび、力が失われていく。


「何……をした……」


レイジは冷ややかな目で彼を見下ろす。


「返してもらう……お前のものではないモノをな」


ヴァウの体内に蓄積されたすべての魔力が、


根こそぎ引き抜かれ、吸い上げられ、空っぽにされていく。


彼は今や、ただの抜け殻となった。


レイジはゆっくりとヤイの方を向く。


「さて……お前の番だ」


膨大なエネルギーが、


流れ込む。


ヤイの体の中へ。


オーラが爆発的に膨れ上がり、


髪が逆立ち、


瞳が眩いばかりに輝く。


ヤイの体が震えていた。


それは恐怖からではない。


長年空っぽだった器が、ついに満たされた感動からだった。


「私は……」


「……もう、空っぽじゃない」


彼女は一歩、前に踏み出す。


「ファイナルエッジ」


ただ一閃。


静寂。


ヴァウの体にヒビが走り……


そして、塵へと崩れ去った。


魔王は、ついに滅んだ。


――戦いの後――


部屋に静寂が戻る。


ミジャルンはアシアを抱きしめたまま、


一筋の涙が頬を伝う。


「……もう、ダメかと思った……」


アシアがゆっくりと目を開け、


弱々しく、だが確かに微笑んだ。


「レイジ……」


「いつものことだ」短く、だが確かな答え。


ヤイはその場にひざまずき、


溢れる涙を抑えることができなかった。


「私は……やっと……自由になれたんだ……」


――レイジの決断――


レイジは彼女を静かに見つめる。


その瞳は……珍しく、柔らかだった。


「ならば……これからの人生を生きろ」


ヤイはゆっくりと頷く。


「私は……もっと強くなりたい」


レイジは微かに笑みを浮かべた。


「良いだろう」


光がヤイを包み込む。


「この世界は、今のお前には狭すぎる」


瞬きの間に、


ヤイの姿は消えた。


――ニリオンの門――


ヤイが目を開けると、そこは巨大な門の前だった。


漆黒で、巨大で、まるで生きているかのようだ。


この場のオーラは……今までとは全く違う。


より広く、


より深く、


果てしない力が渦巻いている。


背後から足音が近づく。


黒き翼を持つ女戦士が舞い降りた。


「我が名はヴェルキラ」


その瞳は鋭く、ヤイを射抜く。


「第一門の守護者なり」


彼女はヤイを、頭の先からつま先まで眺め回した。


「貴様は何者だ?」


ヤイは深く息を吸い込む。


初めて……何の枷もなく、自分の名を告げる。


「……ヤイ」


「……ヤイ・ホムール」


――崩れ落ちた玉座の間――


レイジはただ一人、そこに立っていた。


「一つ、片がついたか……」


彼はゆっくりと空を仰ぐ。


「だが……これは始まりに過ぎん」


再び、あの自信に満ちた笑みが浮かぶ。


「この世界も……捨てたものではなくなってきたな」

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