幕間3 ミッシング・イン・アクション(5)
【Side:嶋原 隆】
やってしもうた。完全なやらかしじゃ。
これまで警備員やってきて、こがぁなやらかしは初めてじゃ。これじゃ高坂の奴を怒れん。
田方ダンジョンでのダンジョン警備業務、二回目の討伐巡回で降りんでもいい階層まで降りてしもうた。
以前、ボーッとしとった高坂にやられた事を、今度はワシがやらかした。
高坂の時は速度に特化しとらんナイトが突っ走っただけじゃったけぇ、ワシでも追いつけた。
じゃが、今のワシはアンチ・ヒーローとか言う訳の分からんジョブに変わったせいで、マーシャルアーティストよりも早い速度で魔物を殲滅出来る。行軍スピードも桁違いになっとった。
結果、相方の東山さんを完全に置いてけぼりにしたままズンズン進んで行き……気付いたら既に第十階層、フロアボスの居る部屋の手前じゃった。
普段はこがぁなミス、絶対にせんのじゃけど……どうしても、高坂の事が気になってしまう。
魔物が一切おらんとは言え、そこそこ広い田方ダンジョンを全速力で追いかけてきた東山さんには本当に悪い事をしたと思うとる。
業務終了後、少し話がしたいと言う東山さんと一緒に、すぐ近くのたこ焼き屋に向かった。
調理場と飲食スペースがしっかり分かれているユニットハウスで、塾や学校帰りの子供達で賑っとるようじゃった。
ここは作り置きをせず、注文を受けてから焼き始めるので大体十分少々時間がかかる。
その分、外はカリッとした出来立てのうまいたこ焼きを食えると、この辺りでは評判の店じゃ。
ワシらは店の前にバイクを停めて、店主のおっちゃんにそれぞれ一皿ずつ注文して、外の喫煙スペースでたこ焼きが焼けるのを待ちながら東山さんと話をする事にした。
「今日のオーバーランはもしかして、高坂君の事を考えてたんですか?」
東山さんがベルトに付けている革製のシガレットケースから金属製のオイルライターとタバコを一本抜き取って火を付ける。
最近は健康増進法の絡みでどこも敷地内禁煙じゃ。ダンジョンの中も禁煙で、東山さんのような喫煙者は肩身が狭い思いをさせられとる。
警備員の喫煙者率は高い。ワシは吸わんが、栄光警備の従業員にも喫煙者はかなりおる。
ワシが知っとる範囲じゃと、春川さん……は去年から禁煙しとるんじゃったか。お孫さんにタバコ臭いなんて言われりゃ、そりゃあ止めるじゃろう。
ここは吸い殻入れの缶が店から少し離れた所に置いてあるんで、東山さんみたいなタバコ呑みに取っては貴重な喫煙スペースとなっとる。
東山さんの咥えたタバコの先端が赤く輝き、細い煙が立ち上る。吐き出された煙も遅ればせながらようやく秋めいてきた夕闇の空へと溶けていく。
「いやあ、お恥ずかしい……実は、あの時何か出来たんじゃないかって考えてしもうて、毎晩あんま寝れとらんのんですよ。……ワシもアイツがおらんようになった現場におりましたから」
「さっきネットニュースで見ましたけど、高坂君生きてるらしいですから……嶋原さんも、あまり気に病まないように……」
東山さんの言うとるニュースはワシも見た。霧ヶ峰CEOの記者会見が二分くらいの動画にまとめられとった奴じゃった。
本来ありえんダンジョン最下層でのテレポータートラップの作動により、まるでバグったゲームのように別ダンジョンに転移させられた。
それがまさか国際探索者連盟が攻略中の複合ダンジョン群だとは、高坂もとことんツイとらん。
まあ、そうは言うてもピースレイドのAチームメンバーとして戦える程度には強いけぇ、そこまで心配はしとらん。
何なら来月くらいにケロッとした顔で帰って来て、そのまま交通警備に復帰するんじゃないかと思うとる。問題は……
「問題は……月ヶ瀬さんですよねぇ」
「そうですね……もう一週間も音信不通じゃって春川さんが言うとりましたわ」
「目の前で大切な人がいなくなったとあったら、そりゃあ傷付きますよね……こればっかりは時薬でしか治せませんから、ゆっくり復調して欲しいですねぇ」
東山さんはやるせない顔付きで短くなったタバコを吸い殻缶の穴に落として、シガレットケースから二本目を取り出している。
……いやペースが早いんよ、もうちーとゆっくり吸いんさいや。
今時タバコも高いんじゃけぇ、そがぁにスパスパ吸いよったら破産するでホンマに。体にも良うないし。
「そういや一つ気になったんですけど、嶋原さんめちゃくちゃ強くなってないですか? 僕、嶋原さんに置いてけぼり食らった時全力で追いかけてたんですけど、全然追いつけなかったですよ」
「あー……うん、それに関しては霧ヶ峰CEOから喋るなって言われとるけぇ詳しい事は言えんのんですけど……まぁ、そうですね。大分強うなっとります」
「まあ、言うなと言われてる事を無理矢理聞く気はないですけど……そしたらアレですか? 高坂君達みたいに霧ヶ峰ホールディングスのチームに入ったりするんですか?」
東山さんが言うように、ワシもそうなるモンじゃと思っとった。丙種探索者の試験にも受かったし、よう分からんアンチ・ヒーローとか言うジョブにもなった。
じゃけど、向こうは今それどころではない。何せチームリーダーが行方不明……軍隊で言うたらミッシング・イン・アクションの状態じゃ。
原爆ドームダンジョン攻略の後始末もまだついとらん上に、高坂ロストのドタバタで忙しい時にチームの方針やリクルートなんて考える余裕もないじゃろう。
「いや……まあ、しばらくは無いでしょう。何せ肝心のチームリーダーが不在、メンバーが音信不通、監督は記者の矢面、応援団長は新しい番組のレギュラーが決まったと来とりますし」
「ああ、幸村灯里ね……今度横川駅の方でロケがあるらしくて、うちの雑踏隊員が駆り出されるらしいですよ」
「てことはベテランを持ってくはずじゃけぇ、西本さんとか楠井さん、あと滝川さんとかじゃろうか……? ワシらはダンジョン警備があるけぇ、声はかからんでしょうね。五号隊員も二枚減っとる訳じゃし」
「そうそう、五号警備員増員の話は聞きました? 今のままだと手が回らないからって——」
それから、東山さんとは栄光警備内の色んな話をした。
あつあつのたこ焼きが出来上がるまでに東山さんはタバコを三本消費しとった。ホンマに早死にするぞ?
§ § §
たこ焼きを平らげた後もしばらくお喋りは続き、たこ焼き屋が店じまいを始めた頃に解散する事になった。
維持費のかかりそうなレーサーレプリカのバイクのエンジン音を響かせながら帰っていく東山さんを見送って、ワシも帰ろうかとヘルメットを被ったその時。
「……?」
ふと、視線を感じた。
ステータスを取得した後もこんなに強い視線を感じた事はなかった。ワシのジョブにもある程度の察知系のスキルはあるが……いや、じゃが何か妙じゃ。
ねばつくような、観察されているような……何じゃろうか、このまとわりつくような粘着質な視線は……?
もしかして、霧ヶ峰CEOがワシにアンチ・ヒーローのジョブの事を黙っておくように言ったのは、何者かの監視に気をつけろって事なんじゃろうか?
ワシは原爆ドームでのあれやこれやが終わった翌日、念の為「アンチ・ヒーロー」で検索したが、漫画やゲームの悪役ばっかり出て来て、ジョブのことは全く出て来んかった。つまり前例のないジョブって事じゃろう。
CIAのような諜報機関があって、早速ワシのジョブを嗅ぎつけ、秘密裏に監視を行っている……そう考えれば、この奇妙な視線にも説明が付く。
「……帰るか」
ワシは急いでスクーターに跨り、エンジンをかけて発進させた。
ワシには守るべき家族がおる。愛するジャンガリアンハムスターのトトちゃん、そしてその子供のみっぴー、きゅるちゃん、ごましおちゃん、最近また増えたけど名前を付けてない三匹の仔ハムちゃんの平和を守れるのはワシしかおらん。
ワシは胸騒ぎを覚えつつ、帰宅の途に着いた。
……あ、エサ買い足しとかんとな。ペットショップ寄ろうか。




