⑧-6
「おいっ、まりあ待て!」
校門前の真っ黒なベンツに乗り込もうとしていたまりあを、
呼びとめる俺。
まりあは長い三つ編みをふる…ん、とゆらしてこちらを向く。
「あれ。持田センセ。違った! にいに…♪じゃないですかー。
もしかして杏奈に何かあった?」
思いがけず真剣な表情で、俺は一瞬怒りを忘れる。
(こいつは杏奈を本気で心配してるんだよな…。
だけどだけど…。どう考えたって砂かけババアはないだろ?!)
「あの…闇闇ガールズのオーディションのこと…だけど」
まりあはそれを聞いて、表情を和らげた。
「あっそうそう!そうなのよー。 杏奈と2人で申し込みしちゃった」
「申し込み…しちゃった? もう? すでに」
「うん!明日の放課後、オーディションなんだよね。観に来る?」
まりあは天真爛漫といった様子で、首をかしげて俺に尋ねる。
うっ、可愛いな。
ぽぉっとなりかけていた俺だったが、ピシッと鋭い視線を感じて、背筋が伸びる。
(だ、誰?)きょろきょろと首を振りながら、その場を見渡していたが…。
「マリアンヌもそろそろ限界なんだよね。私たちって、可愛いだけで
これといった芸もないし。テレビには出るけど有名になりきれなくてさ。
次の仕事につながらないっていうか」
「……」
「そんなとき、杏奈が闇闇ガールズっていう得体のしれない地下アイドルの存在を教えてくれたの。
なんか…色々やばいらしいよって」
まりあは俺の顔を見て、くすっと笑った。
「まあ…にいには、リーダーのももてぃんと付き合ってるっていう話だし。
気持ちが落ち着かないだろうけど」
「そ、そうだ! 辞めてくれ」
「でもねえ、杏奈が決めたことだし。あの子頑固だし。もう乗りかかっちゃった船だからね」
「うそだっ!大石のばあさんはお前がノリノリって言ってだぞ!」
まりあは「ウソ~そんなことないのにぃ~」とわざとらしく言う。
「お、お前…まりあ……。あの子たちは変な魔法にかけられて、稼がないと一生魔法が解けないんだぞ。だから借金して、それでも払えなくて…」
まりあが右手でさえぎって、
「あっ私の貯金でまかなうから大丈夫!1千万くらい用意しとけばいいでしょ。
いざとなればそれ渡せばいい話だし」
「いっ、いっせんまん?」
俺は口をあんぐりと開けて、まりあを凝視する。
「若いうちにやらなきゃいけないことに全力投球するのが、私のモットー。
お金よりも時間の方が大事でしょ?」
このお嬢さん…ズレてる。
「お金なんて、別に私いらないし。稼ぎたくて、アイドルなんかやってるわけじゃないし」
「…」
「私、丸菱財閥のお嬢様だもの。お金が腐るほどあるから」
俺はふらっとまりあのそばに寄って、パチンとまりあの頬を叩いた。
「な、なにすんのよっ」
まりあが右手で俺の頬を叩く。
ベンツの運転席から、長身のイケメンが降りてきて、まりあのそばに寄る。
「どうかなさいましたか」
「見てたでしょ。滝沢! いま叩かれたのよ!」
滝沢と呼ばれた運転手は俺を見て、深く頭を下げる。
「不愉快な思いをさせてしまったようで申し訳ありません」
「滝沢っ!」
「お嬢様だって叩いたではありませんか。やられたからやりかえすのは、みっともないですね」
「さいあくっ」
まりあは、俺と滝沢をにらみつけて、その場を足早に立ち去る。
「あっ。まりあが…」
「いいんですよ。たまにはお灸をすえてやらなきゃ」
メガネ越しの目が意地悪く笑っている。
こ、こいつ…もしかして…ドS?
しかもよく見ると、けっこう若いような…。
「砂かけばばあでもなんでもなってみたら気づくことも、あるのでは?
まあ…杏奈さんがかわいそうではありますが」
「そうです! 付き合わされる杏奈のこと考えてやってください。
うちはお宅と違って…そんな金がないんで。一生働かなきゃならなくなるかも。
滝沢さんっ! なんとかとめてもらえませんか?!」
「……」
滝沢は、まりあの立ち去った方向を見てから。
「いくら払う?」とぼそっとつぶやいた。
「へ?」
「アンタが俺に払う分だよ。いくら払ってくれるの?」
スーツを着てりりしい執事は、そう言ってメガネをくいっと上げた。
「まあ…あのじゃじゃ馬を止められるのは俺ぐらいしかいないからな。
弾んで5万ってとこかな。でもまあ…初回だから特別に1万でいいよ」
滝沢は片手を出してお金を要求する。
よくわからん。よくわからんが止めてくれるのか……?
俺は操られ人形のように、財布をポケットから取り出し、1万円札を差し出した。
滝沢はサッとそれをとって胸ポケットにしまうと
「かしこまりました。持田様」そう言って、ぴしっと45度でお辞儀を決めると、
ベンツの運転席へと戻った。
そのまま何事もなかったように、車は出発して、俺はその場に取り残された。




