⑧-3
まりあと俺とで支えながら、杏奈を保健室に連れていく。
「杏奈…貧血かも」とまりあが小声で言う。
「学校でよくあるのか?」
「たまーにね」
「……」絶句する俺。
「杏奈ってもともとがそんなに丈夫な子じゃないんだよ。それより早く」
まりあに促されて、1階に降りる階段前で、杏奈を背中に負ぶさった。
前も思ったけど、軽すぎる…。
いったい何を食べてるんだ。
俺の首筋に、ふうっと軽い吐息が耳にかかる。
甘ったるい綿菓子のような…匂いがした。
俺が保護者だったら、アイドル活動なんて止めさせるぞ。
体が弱いのに…学業とアイドルなんて、負担がかかりすぎる!
俺は鼻息を荒く吐きだした。
まりあはあっ!と思いだしたように言う。
「あとは…ショックなことがあると、ふらっと倒れちゃう…かな?」
「ショック?」
まりあはぎろりと俺をにらみつける。
「さっきタミーからキスされてたじゃん。杏奈はショックで、後ろから教室飛び出したんだけど。気が付かなかった? もっさん? ああ?」
最後の「ああ?」はドスがきいてとても怖い(ぶるぶる…)。
「キスなんかされてんじゃねーよ。スキがありすぎなんじゃないの」
まりあはそういうと、ひらりと階段の中段から1階に降りた。
「というわけで、私はこれから5時間目の準備があるから、後はもっさんヨロシク!
確か何も授業入ってなくて、空きだったよね」
まりあはひらひらと右手で俺に手を振って、にこぉっと笑うと、そのまま廊下を駆けだしていった。
まりあの笑顔はそんなに見たことがなかったが……案外可愛い。
「なんだよ、笑うと可愛いじゃん」俺がぼそっとつぶやいた途端。
首に回された杏奈の腕がギリギリと俺を締めつけはじめた。
「イタタッ! なんだよ。起きてんのかよ!」
「起きて…ないもん…」
「さっさと降りろ!」
杏奈は締め付けをやめたが、俺の背中から下りる気配は一向にない。
仕方がないので、保健室のドアを開けて、近くにあったベッドに腰を下ろさせた。
ベッドに座った杏奈は、下を向いて俺と視線を合わせない。
「貧血かもしれないっていうから、今夜はレバーとかほうれんそうとか食べろよ。
アイドル活動も……ほどほどにな」
保健室は幸か不幸か、俺たち2人だけで誰もいない。
いや…誰もいないってシチュエーションはやばいだろ…ゴクリ。
ここは、ベ、ベッドだってあるわけだし!
と感じ、そそくさと立ち去ろうとした俺だったが…。
「ひっく……ひっく……」
聞こえてくるのは、杏奈の泣き声で……。
ぱっと俺を見た顔が、涙で濡れてて……。
俺は金縛りのように、その場から動けなくなってしまった。
「にいに……。キスなんかしないで……。杏奈の前でキスなんかやめて」
「あ、あれは…事故だったわけで! タミーだってノリだったんじゃないか」
「タミーとか言わないで!! 親しげに呼ばないで!!」
……ん? これって俗にいうヤキモチなのか…。
よくわからん。
それとも、杏奈特有のワガママダダッコなだけなのか…?
「キスなんて……あの夜…お前としかしてないよ」
「あの夜?」
杏奈がほえ?という感じで聞き返す。
しまったー!あの夜は杏奈は……熱でうなされて覚えてなかったかもしれない。
やっちゃったやっちゃったやっちゃった!
アタフタとする俺だったが。
「にいに…は、にいに、なんだもんね」
杏奈がため息交じりにつぶやいた。
「いつまでも、杏奈のそばにいてくれるわけじゃないもんね」
「……」
俺は何と言っていいかわからず、無言のまま杏奈を見つめていた。
杏奈は俺の顔をちらっと見て「そんな困った顔しないで」と言って微笑む。
「にいには杏奈のお兄ちゃん。大事なお兄ちゃんだもん。だから……」
俺の正面に立って「消毒させてね」そう言って…。
ちゅっ…と音を立てて、俺の頬にキスをした。
俺は何が起こったかわからず呆然と立ち尽くし。
そしてその瞬間、ドアから入ってきてそれを目撃していた飯村さんが、
持っていた書類を落とすのを、
スローモーションのように見ていたのだった。




