⑦-4
朝起きて寝ぼけた頭でスーツに着替える。
鏡に映ったのは、真面目そうなカッチリとした俺。
教師として働きはじめたら、こんな生活を、毎日送るのか…。
ちょっと絶望。
大学生は本当に気楽でいいなあと改めて思う。
好きなときに寝られて好きなことができる。
教育実習が終わったら、そういう日々をもっと大事に過ごそう…と思った。
その前に、試験だけどな!!
理想は、地元の公立高校で国語教師として働けたらと思っている。
俺を男手ひとつで育ててくれた親父に、恩返ししたい。
まあ、親父にしてみれば、そんなことしなくたって、
今は都さんもいてそこそこ幸せなんだろうけど。
リビングに行くと、杏奈はいなかった。
都さんが「まだ寝てるのよ~」と言いながら、朝食を作っている。
「瞬くんは今日も朝早く行くのね?」
「ハイ…予習もありますし…」
「静蘭は進学校でもあるんだけど、中にはな~んも勉強しないってかできない子もいるのよ。
行き場のないどこぞのお嬢様たちもいるわけだから」
「へえ」
「脳みそからっぽ。そういう奴らが杏奈を妬むのよね。
杏奈は中学から静蘭だから、それでもマシな方なんだけど」
だとしたら、杏奈は公立の小学校だったのか…。
あの写真の男とはそこで出会ったのか…。
写真にあった笑顔の杏奈の表情がフラッシュバックする。
あの笑顔を見るたびに、俺の心はモヤつく。
あんな、とびっきりの笑顔を俺は見たことがないのに…と。
はい、キモイですよ、そんなことは百も承知だが思ってしまうのは止められない。
「まりあちゃんは丸菱のお嬢様で、一番の金持ちだけど、気取ったとこないからね。
杏奈とも気が合うみたい。
まさか、2人してアイドルになっちゃうなんて、夢にも思わなかったけど
……あ、起きてきた♪」
親父が「おはよう」とやってくる。
都さんと抱き合って、朝のキスを何度もかわす。
どっかよそでやってくれ。目のやり場に困るぜ、オイ!
と俺はトーストを食べながらふてくされた。
杏奈にまりあに、猫村タミー。
「アカデミーコース」はなかなか濃ゆい。
とりあえず杏奈とは口を利かないようにしよう。
まりあとは視線を合わせない。
猫村タミーとは……まあ…「そこにいる」。その事実だけを認識しよう。
朝食を食べ終わり、歯磨きをして準備はカンペキ!
俺が玄関で靴を履いてると、頭上の階段からずるっぺたしずるっぺたし…と奇怪な音が聞こえてきた。
(たぶん)杏奈の起床である。
一歩ずつ階段を降りてくる。なんか怖ひっっ!と俺はブルつく。
そして長い髪が見えてきて……。
ヒイイ!これがホントの怪談や~!
とそのとき、階段を踏み外したのか杏奈がふらつくのが見えた。
俺は思わず靴のままで、杏奈を抱きとめにかかる。
ゴツンと頭を思い切り壁にぶつけてしまうが、なんとか杏奈を救出できた。
「にいに…?」
「あ、杏奈、大丈夫か?」
「あ、うん」
抱きとめた杏奈は相変わらず軽い。腕も細いし、顔も小さいし、で。
何食べてんだコイツ状態だ。
「…貧血っぽい」
「貧血?」
「たまに貧血になるの。にいにの血ちょうだい」
そういって、いきなり俺の首を舐めた。
柔らかい杏奈のピンクの舌が、首筋を這う。
おいいいいいいい~~~!!!
耳元ではハアハアと苦しそうな悩ましげな息遣いが聞こえてくる。
俺の息子がっ!起動戦士!
俺もハアハアと苦しげな声を出してしまいそうだ。って朝からなにやってんだよおおっ!
「あ、杏奈っ! しっかりしろっ! 目を覚ませえええっ!」
気を紛らわすように、声を張り上げる。
すると、都さんと親父がリビングからやってきた。
「「杏奈?!」」
俺からぺりっと引きはがして、リビングに連れていく親父。
都さんが瞬くん大丈夫だった?と心配してくれたのち、
「遅刻ってことで、室岡先生に言っておいてね」と告げていってしまった。
うむ…後頭部が痛い。
そして、大事なおれの息子さんがいまだザワついている。
もう…さ、俺の体は反応しやすいんだからねッ!と心で泣く。
いきなり首筋を舐められて、血をちょうだい、なんて。トマトちゃんもまっつぁおだぜ。
あいつ、一体なんなんだよ!
怒りやら情けないやらで俺は、玄関を勢いよく閉めた。
ああもうっ!不安しかねえっ!
朝のカッチリした俺を返してくれ~!!
頭を振り振りしながら、俺は駅に向かっていった。
そのとき、スマホが震える。
着信者は、ももてぃんからだった…。




