⑥-4
「持田くん、持田くん」
誰かが俺の腕を揺さぶってくる。
「もも……てぃん…?」
俺はむにゃむにゃ…と寝言を言ったあと…。
って違うね! いま学校だね!
と、ハッと気づいて机から飛び起きた。
案の定、ここは熊谷教授のゼミ室だった。
飯村さんが右手をひっこめたまま、怯えるような目つきで俺を見ている。
「あ、ごめん……」
「べ、別に……、そろそろ赤西くんも来るから、そろそろ起きた方がいいかなって…」
ぷいっと横を向く飯村さん。
「そうだね」
口から出ていたよだれに気が付き、急いで袖口でぬぐう。
「ごめんね、今日休みだったのに……突然呼び出して」
「いや、別に暇してたから全然余裕」
「昨日の面接……どうだったかなって思って。もうほぼ内定とはいえ、ちょっと3人で話もしておきたいなって…」
飯村さんは、いつもモジモジと自信なさそうに話をする。
赤西軍団をばーんと叱ったあの迫力は一体?と思うところだが。
それも彼女の性格なのか。
メリハリがついてて、案外教師向きなのかもしれない。
「大石学長って、前からいるの?」
静蘭の出身者である飯村さんは、少し考えたのち
「そうだね。わたしのときからいたと思うけど…」と答える。
ふ~ん…あのバアさん、ダブルワークしてんのか。
どこまで金にがめついんだか。
と心の中で毒づく。
「良い人よね。あんな穏やかで優しい方、見たことない」
「……」
俺は固まる。
もしも~し。飯村さん、誰の話をしてるんですか~?
「私も将来、あんな上品な…おばあさんになりたいと思うけど…」
飯村さんはそう言って、俺の顔をちらっと見た。
口をあんぐり開けたままの俺。
いや…上品どころか。S○Xだの、下ネタめいたことだの、俺をねずみ男にするだの、
下品の極みみたいなババアなんだけど!
あいや~と、開いた口がふさがらない。
その時、ゼミ室のドアが開き、赤西が入ってきた。
うっ、まぶしい!!!
明らかにまばゆいほどの後光が、赤西を照らしている。
ひとめ見て、俺はびっくりした。
赤西は今まで長かった茶髪をザックリ切ったのか、短い黒髪になっていた。
それと、歩くたびにジャラジャラ鳴っていた腰の鎖はなくなって、
ブランドものと思われる腕時計をしている。
着ているファッションも、南青山系の落ち着いたグレーのカジュアルスーツだった!
てか、いくらするんだ?
悔しいくらいに、かっこいい。。
笑うと、キラーン☆と歯が光る。
ちきしょ~! ホワイトニングまでしてやがる!
ジャ○ーズにいてもおかしくないくらいの、好青年に成り変わっていた。
そんな赤西は、呆然とする俺たちに向かって
「はろ~。リカにもっち~。今日はこのまま一緒にランチしよーね」
……言動は変わっていなかった。(ちょっとホッ)
でも間違いなく赤西は静蘭でモテる!!!
ウブな娘さんたちが赤西に喰われてしまうっ!!
この予感に、ぶるぶると悪寒がするほどだ。
「赤西くん? ずいぶん変わったね」
「あ、リカ。気づいてくれた? サンキュウ♪」
リカって…飯村さんのことか。いつのまに下の名前で呼んでいることに、
内心ビックリした。
「俺、前も言ったと思うんだけど、落としたい女が静蘭にいるんだよな」
「……誰?」思わず聞く俺。
「へ? ……いや、もっち~待って。俺、今回本気だしててさ」
みるみるうちに、顔が赤くなっていく。
「その子のこと考えてると、マジでやばいっていうか。下半身も…コンニチワ状態でって、
ちょっと~言わせんなよ、もっち~。むっつりスケベなんだから~」
赤西が俺の背中をバンバン叩いてきた。
「いてえっ」
「あっはっは! 悪い悪い!」
飯村さんが「むっつり……」と言って、俺に顔を向けている。
え、待って。俺、何にも言ってないよね? 誤解だよ?
「昨日の面接は、どうだったの?」
飯村さんが赤西に聞く。モジモジすることもなく堂々と。
あれ、赤西には普通なんだな。
もしや?赤西のことが好きなんだろうか。
それならそれで応援してあげたい気持ちになる。
「あの……オバアチャン。あと50歳若かったら、おれ好きになってたな。
けっこうタイプだった」
「そういうことじゃなくって!」
「ああ…大いにやれって言われたよ。好きな子も積極的に落とせって」
ファッ?!
「お前、それ志望動機で言ったのかよ! 好きな子を落とすためって?!」
「ああ……人間、正直が一番だからな♪」
ロリコンだってわかってて、あえて教育実習させるなんて……
なんて…ことだ!! なんて…学校だ…!
「しかも……アイドル。今回は手ごわいぞ。どうやって落としてやろうかな」
小声でブツブツつぶやく赤西の言葉に、俺はビクっと反応した。
「ア、アイドル?」
「ああ……聞こえちゃってた? 俺の好きな子は、あっ、今はナイショだよ。
学校に行ったら教えるから。もっち~、横取りするなよ~」
赤西は上機嫌だった。ウィンクまでしてくる始末だ。
ま、まさか……そんなわけないよな。
きっと、まりあとか?
メガネを外したその素顔とのギャップがいいとか騒ぐタイプなんじゃないか、赤西は。
いや、奇をてらって…猫村タミーとか!
結構ゲテモノ喰いだったり……。
俺はいろいろ考えるのだが、一抹の不安が消し去らない。
まさか……杏奈?
まさかな…。
大石さんの高笑いが耳の奥から、聞こえてくるようだ。
親父の「人生にはマサカって坂があってだな」という教訓も……頭にワンワン響く。
今夜、杏奈にLINEで一応連絡しとこうか。
赤西の写真つきで気をつけろって。
「赤西、写真とってもいいか?」
「なんだよ、もっち~。俺みたいな顔に整形でもするわけ?
もっち~はそのままでも全然OKだと、俺的には思うよ?
きっと、1万人に1人はもっち~みたいな顔好きなんじゃね? よくわからんけど」
「ありがとう、赤西」
俺はニッコリ微笑んで、赤西を写メールにおさめた。
一応、まりあにも……伝えてもらおう。
というか、全校生徒に告知してもらおうか。この危険人物を…!
俺は本気で考えていた。
この日の夜…。
面接は無事合格し、教育実習は静蘭との連絡が大学から入ったので、
親父と都さんにようやく話をした。
2人とも「良かった~」と心から喜んでくれたようだ。
都さんは特に、杏奈の様子見てきてねと心配そうに俺に言ってきた。
そして……杏奈に送ったLINEは、まだ既読にならない。
というのは、スマホが2台あって仕事とプライベートでわけているらしい。
ずっと一緒にいて知らなかったなんて、俺としたことが…と、軽く落ち込む。
杏奈はいま、地方イベントをしていて泊りが続いている。持っているのは仕事スマホ。
帰ってくるのが明後日だ。
俺の教育実習初日に当たる。
仕事スマホにかけるほどの用件ではないのだけど……。
俺は、胸騒ぎで……心臓がバクバクしている。
そうこうしているうちに…ついに教育実習の日がやってきた!




