①-5
「きゃああああああああ……」
「うおっっ!!!」
一瞬ののち、闇がおとずれた。後頭部に鈍痛が走る。
特に意識はしていなかったのだが、俺は「それ」を両腕で受け止めていたらしい。
あれ?
「それ」は思ったより重くはなく、俺の腕のなかでビクンビクン震えていた。
昔飼っていた柴犬のりんたろうを抱きかかえているような…妙に懐かしい気持ちになる。俺は産まれてこのかた女の子を抱きしめたことはないのだが(自慢できることではないのかもしれないが)
案外こんな風に抱き心地が良かったりするものなのか。
俺の鼻のさきにある髪の毛からは、かすかに甘いチョコレートの匂いがする。
少しパーマがかった細毛のようで、俺の鼻息でふわんふわんとたなびいていた。
女の子って甘くてふわふわしてる綿菓子みたいだなあ……
いい気持ちだ♪しばらくこのままで……ゲヘヘ♪なんていう、
…至福の時間は長くは続かなかった……。
「こんのエロガキ! いつまでさわってんだよっ!」
ふわふわ女子は、どこから出したのか野太い低い声で、俺の腹にいきなりエルボーをかましてきたのだった。自分だってガキのくせに!と思う余裕すらなかった。
「ぐえぇっ」
俺はたまらず、お腹をかかえてその場で身悶える。
女の子は、長いパーマがかった髪をくるくる右手でいじりながら、
「もー超危険なんだけど。だから、あんな、一軒家やだってゆったのに、ママゆうこときいてくれないだもぉん」
さっきとはがらりと口調が変わり、今風のギャル(死語?)みたいに、だれに言ってんだか甘えたようにしゃべり始めた。
「あんな、もーやだ。アパートに帰りたいぃー」
両手をわざとらしく目に持って行って、くすんくすんと鳴きまねを始める。
こいつ……もしや、「なあに?」を「ナょ ぁ ιニ ? 」みたいに変換する、わけのわかんない人種か?!
俺がもっとも苦手とするギャル女子(死語?)なのか?!
「あらあらすごい音したけど、大丈夫なの?」
みやこさんが居間からしゃもじを持って、俺たちの方にやってきた。
「あらあ、瞬さん! 大丈夫?」
泣く(正確には泣きまねだが)自分の娘より、青白い顔で寝転ぶ俺を見て、まっさきに心配してくれるあたりが、いかにも義理のお母さんって感じだ。
俺は、笑ってんだかなんだか自分でもよくわかんない、又吉直樹のようなうっすらとした笑いをうかべる。
「瞬くんだいじょうぶかぁ?」
親父の間延びした声も、聞こえてきた。
それを聞いて女の子は吠えた。
「もおなんなの、みんな! あいつより、あんなのこと心配してよ!ひどいよぉ!」
自称あんなという女は、一向に泣きまねをやめない。
こいつ……マジで性格悪いな。。
「瞬さん、階段から落ちそうになったあんなのこと助けてくれたのよ。お礼言いなさい」
「イ・ヤ!」
「あんなったら……」
ふうっと悩ましげにため息をつくみやこさん。
いかにも思春期まっさかりの親に反抗する女子だ。大学で教育学を勉強している俺にはピンとくる。この時期は親子関係もいろいろ難しいんだよな。
「だってあんな、アイドルなんだよ! 顔に傷がついたりしたらどおしてくれるの?」
だから!そのしゃべり方やめろって!いい加減イライラしてきたぞ。
なにがアイドルだ!
どうせ 自称なんだろ!!
どうせ ブ○なんだろ!!
まだジンジン痛む後頭部を押えながら、俺はむっくりと起き上がる。
俺は一応、教師希望だ。昔から子どもが好きで、学校の先生になりたくて大学も教育学部に入った。
こういう躾のなってない子供を、一から教育したろか!!
そういった決意をもとに、自称あんなの方にギロリと目を向けた。
「なんだよ」と同じようににらみかえしてきた自称あんなの顔を見たとたん、
俺はマンガのように、口をあんぐり開けてしまった!




